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拷問部屋
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「大丈夫?」
「うん…」
「もうちょっとだから、頑張って」
狭い金属板の間が更に狭くなり、しかも蒸し風呂みたいになってる空間を何とか通り抜けようと、蓮は凛の手を引きました。横歩きでさえ呼吸もままならない空間を、ふたりは必死に進みました。
突然強い光が目の前に現れ、凛は咄嗟に目をぎゅっと瞑りました。
ふっと抜けていった空気は、少し森に似た匂いがします。凛はその匂いに肩の力が抜けていきました。
「油断はダメだよ。安全な場所に来たわけじゃない」
蓮は低い声で言いました。ここに安全な場所などないのです。
ただ、ずっと緊張していろとは言っていません。肩の力を抜いた凛の手をぎゅっと握り直し、光の元へと歩みを進めました。
てっきり外に出たとばかり思っていた凛ですが、そうではありませんでした。光が強く感じられたのは、もう随分お日様を見ていなかったせいだと分かったのです。
蓮が先に降り立ち、続いて凛も煉瓦造りの床に足を着けました。
とても小さな部屋です。土埃臭く、あちこちに蜘蛛の巣が張られ、長い年月ずっと空っぽだったことをありありと物語っています。お日様の光は、蓮の頭ひとつぶんほど上にぽっかりと開いた、──おそらく窓の役割を果たしている──隙間でした。そこだけ煉瓦をくり抜いた、或いは窓のつもりで作らなかったから分かりませんが、随分お粗末です。
しかし、凛の肩の力を抜くにはこれで十分でした。外から見られる心配なく、恋しかった青い空を見ることができるのです。
「なんのお部屋なの?」
言った後で、凛は激しく後悔しました。
煉瓦に穴を開け、錆びてボロボロになった大小さまざまな金属がいくつもぶらさがっています。取っ手なのか、何かを括りつけるものなのか、もうその姿からでは分かりませんが、平和なものではないでしょう。錆びだらけの糸車、天井には滑車のようなもの、ぼろぼろに擦り切れた鞭…の、ようなもの。明らかに快適に座るようには作られていないいくつかの椅子、倒れて放置された脚立。大きな酒樽は転がされ、これでもかと土埃を被っています。
背中がぞっと寒くなり、凛はそれ以上口を開くことを辞めました。
同時に、とろりと熱い蜜が垂れました。
「っ…ふふ」
蓮は思わず笑ってしまいます。恐怖でしかないはずのものを見て、明らかに凛が反応しているのです。凛はすぐさま何か言い訳をしましたが、うまく言葉にできないようです。要するに、誤魔化せないのです。
「もうやだこの匂い…」
「どうして。僕は嬉しいよ」
くすくす笑って、蓮が凛の頬に指を添わせました。蒸し風呂みたいな空間を切り抜けてすっかり汗びっしょりになった凛の頬は、林檎のように真っ赤に染まっています。羞恥によって目を潤ませ、うまい言い訳がなくて震わせる唇も、血のように真っ赤です。
「凛、さっき油断するなって言ったけどね。あまり大きな声でなければ多分大丈夫だ。…ここは昔の拷問部屋だったんだよ。何が言いたいか分かる?」
「…っ」
拷問部屋。その単語だけで、ふっと甘い匂いが強くなります。蓮は、目を細めました。
「内鍵なんだ。外からは絶対に開けられない。窓から入るのも無理」
「…あっ…」
「遠回りしてきて良かったな。ここは城の二階部分に当たるんだよ。空を飛んだって、あんな小さな窓からじゃ誰も入ってこれない」
凛の背後は、丁度ドアでした。蓮の長い腕が凛を追い越し、かちゃんと金属音を響かせました。残響が煉瓦づくりの部屋を埋め尽くし、凛はごくりと喉を鳴らしました。
「何をされていたかって、聞きたいかな」
ポケットから白いハンカチを取り出した蓮は、わざと大袈裟な音を立てて大きく開きました。凛が森で初めて出会った時、貸してくれた白いハンカチです。
ごくり。凛はもう一度喉を鳴らしました。聞きたいような、聞いてはいけないような。
悪いことの片棒を担がされるような、そんな気分です。真面目な凛は、一度だけ首を横に振りました。
「そう?楽しい話と思うけど。あと、凛。結構限界なんでしょう」
蓮は広げたハンカチを、汚れ切った酒樽にふわりと乗せました。そうしてテーブルクロス引きのように一気にハンカチを取ると、不思議なことに、土埃は微塵も残らず、ぴかぴかに光った酒樽に生まれ変わったのです。
不思議な光景にもかかわらず、凛はそのことについて触れませんでした。蓮は道具をつかわず空を飛ぶことができるのですから、最早何が起こっても不思議ではないのです。それに、この不思議な国──と呼ぶべきか、不思議な世界と呼ぶべきか──では、凛の普通は通用しないことなど実証済みなのです。
ピカピカになった酒樽の次は、椅子も同じく綺麗にしました。薄い木の板をただ合わせたような背もたれは、快適さを全く追及していないように見えます。背もたれの一番上は、金属でまるく加工してありました。
蓮は凛の返事を待たず、2脚の椅子を持って、背もたれを合わせるように並べます。
「アリス…昔はね、もっと質のいいアリスがたくさんいたんだよ。国ももっと賑わってたし、森にもちゃんと専用のアリスがいたんだ。動物たちは空腹に喘ぐことはなかったし、傭兵も今より倍はいたかな。強い国だった」
「……」
「だからね、逃げるアリスがたくさんいたんだよ」
「…蓮、」
「拷問部屋、というよりは、お仕置き部屋、かな」
凛、おいで。蓮は腕を伸ばしました。熱に浮かされたようにふらふらと自分の元へ歩いてくる凛を、そっと胸に抱きました。ふわふわと香る甘い匂いに、蓮も思わず肺いっぱいに息を吸いこみます。
「でも、凛ほどおいしい蜜の子はいなかったな。凛が一番おいしいよ」
ひゅっと息を飲む音を聞いて、蓮は真っ赤になった凛の耳を甘噛みします。途端、噎せ返るような甘い匂いが立ちこめました。
「お仕置き、って単語に、感じちゃったんでしょ」
耳の奥深くに届けるような、甘ったるい声で凛を誘います。ついでに舐めてやれば、凛は素直に頷いてみせました。
「いい子…一回だけイかせてあげる」
ちゅ、と可愛らしいリップ音は、凛の鼓膜を直接犯しました。
「うん…」
「もうちょっとだから、頑張って」
狭い金属板の間が更に狭くなり、しかも蒸し風呂みたいになってる空間を何とか通り抜けようと、蓮は凛の手を引きました。横歩きでさえ呼吸もままならない空間を、ふたりは必死に進みました。
突然強い光が目の前に現れ、凛は咄嗟に目をぎゅっと瞑りました。
ふっと抜けていった空気は、少し森に似た匂いがします。凛はその匂いに肩の力が抜けていきました。
「油断はダメだよ。安全な場所に来たわけじゃない」
蓮は低い声で言いました。ここに安全な場所などないのです。
ただ、ずっと緊張していろとは言っていません。肩の力を抜いた凛の手をぎゅっと握り直し、光の元へと歩みを進めました。
てっきり外に出たとばかり思っていた凛ですが、そうではありませんでした。光が強く感じられたのは、もう随分お日様を見ていなかったせいだと分かったのです。
蓮が先に降り立ち、続いて凛も煉瓦造りの床に足を着けました。
とても小さな部屋です。土埃臭く、あちこちに蜘蛛の巣が張られ、長い年月ずっと空っぽだったことをありありと物語っています。お日様の光は、蓮の頭ひとつぶんほど上にぽっかりと開いた、──おそらく窓の役割を果たしている──隙間でした。そこだけ煉瓦をくり抜いた、或いは窓のつもりで作らなかったから分かりませんが、随分お粗末です。
しかし、凛の肩の力を抜くにはこれで十分でした。外から見られる心配なく、恋しかった青い空を見ることができるのです。
「なんのお部屋なの?」
言った後で、凛は激しく後悔しました。
煉瓦に穴を開け、錆びてボロボロになった大小さまざまな金属がいくつもぶらさがっています。取っ手なのか、何かを括りつけるものなのか、もうその姿からでは分かりませんが、平和なものではないでしょう。錆びだらけの糸車、天井には滑車のようなもの、ぼろぼろに擦り切れた鞭…の、ようなもの。明らかに快適に座るようには作られていないいくつかの椅子、倒れて放置された脚立。大きな酒樽は転がされ、これでもかと土埃を被っています。
背中がぞっと寒くなり、凛はそれ以上口を開くことを辞めました。
同時に、とろりと熱い蜜が垂れました。
「っ…ふふ」
蓮は思わず笑ってしまいます。恐怖でしかないはずのものを見て、明らかに凛が反応しているのです。凛はすぐさま何か言い訳をしましたが、うまく言葉にできないようです。要するに、誤魔化せないのです。
「もうやだこの匂い…」
「どうして。僕は嬉しいよ」
くすくす笑って、蓮が凛の頬に指を添わせました。蒸し風呂みたいな空間を切り抜けてすっかり汗びっしょりになった凛の頬は、林檎のように真っ赤に染まっています。羞恥によって目を潤ませ、うまい言い訳がなくて震わせる唇も、血のように真っ赤です。
「凛、さっき油断するなって言ったけどね。あまり大きな声でなければ多分大丈夫だ。…ここは昔の拷問部屋だったんだよ。何が言いたいか分かる?」
「…っ」
拷問部屋。その単語だけで、ふっと甘い匂いが強くなります。蓮は、目を細めました。
「内鍵なんだ。外からは絶対に開けられない。窓から入るのも無理」
「…あっ…」
「遠回りしてきて良かったな。ここは城の二階部分に当たるんだよ。空を飛んだって、あんな小さな窓からじゃ誰も入ってこれない」
凛の背後は、丁度ドアでした。蓮の長い腕が凛を追い越し、かちゃんと金属音を響かせました。残響が煉瓦づくりの部屋を埋め尽くし、凛はごくりと喉を鳴らしました。
「何をされていたかって、聞きたいかな」
ポケットから白いハンカチを取り出した蓮は、わざと大袈裟な音を立てて大きく開きました。凛が森で初めて出会った時、貸してくれた白いハンカチです。
ごくり。凛はもう一度喉を鳴らしました。聞きたいような、聞いてはいけないような。
悪いことの片棒を担がされるような、そんな気分です。真面目な凛は、一度だけ首を横に振りました。
「そう?楽しい話と思うけど。あと、凛。結構限界なんでしょう」
蓮は広げたハンカチを、汚れ切った酒樽にふわりと乗せました。そうしてテーブルクロス引きのように一気にハンカチを取ると、不思議なことに、土埃は微塵も残らず、ぴかぴかに光った酒樽に生まれ変わったのです。
不思議な光景にもかかわらず、凛はそのことについて触れませんでした。蓮は道具をつかわず空を飛ぶことができるのですから、最早何が起こっても不思議ではないのです。それに、この不思議な国──と呼ぶべきか、不思議な世界と呼ぶべきか──では、凛の普通は通用しないことなど実証済みなのです。
ピカピカになった酒樽の次は、椅子も同じく綺麗にしました。薄い木の板をただ合わせたような背もたれは、快適さを全く追及していないように見えます。背もたれの一番上は、金属でまるく加工してありました。
蓮は凛の返事を待たず、2脚の椅子を持って、背もたれを合わせるように並べます。
「アリス…昔はね、もっと質のいいアリスがたくさんいたんだよ。国ももっと賑わってたし、森にもちゃんと専用のアリスがいたんだ。動物たちは空腹に喘ぐことはなかったし、傭兵も今より倍はいたかな。強い国だった」
「……」
「だからね、逃げるアリスがたくさんいたんだよ」
「…蓮、」
「拷問部屋、というよりは、お仕置き部屋、かな」
凛、おいで。蓮は腕を伸ばしました。熱に浮かされたようにふらふらと自分の元へ歩いてくる凛を、そっと胸に抱きました。ふわふわと香る甘い匂いに、蓮も思わず肺いっぱいに息を吸いこみます。
「でも、凛ほどおいしい蜜の子はいなかったな。凛が一番おいしいよ」
ひゅっと息を飲む音を聞いて、蓮は真っ赤になった凛の耳を甘噛みします。途端、噎せ返るような甘い匂いが立ちこめました。
「お仕置き、って単語に、感じちゃったんでしょ」
耳の奥深くに届けるような、甘ったるい声で凛を誘います。ついでに舐めてやれば、凛は素直に頷いてみせました。
「いい子…一回だけイかせてあげる」
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