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柔らかな微睡み
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凛が目覚めた時、べたべたと張り付いていた樹液は一筋も残さず綺麗にされ、スパイダーに編んでもらったと思しき白いワンピースを纏っていました。半端な覚醒に目が半分しか開きませんでしたが、何とか目を瞬かせます。
頭の中に鉛でも入っているような感覚に、凛はしばらく状況を理解することができませんでした。
柔らかな草を積み上げられたベッドが、凛の体をやさしく支えているようです。痛みはありませんでしたが、指の一本も動かす気力はありません。
そうして気が付いたのです。じりじりと焦がすような太陽の光が遮られているのです。
「……ん…?」
よく見ると、天井がありました。しかしそれは、初めて蓮にあったときに連れられた小屋のようでも、おかしな双子に誘拐されたときのあばら家のような天井ではありません。穴を掘って作ったような、土でした。
「…っ!蓮…!」
凛は慌てて飛び起きました。蓮がそばにいないだけで、押しつぶされてしまいそうに不安なのです。もしまた誘拐でもされてしまっては堪りません。じわりと滲む視界と、ばくばくと暴れ出す心臓を押さえることもせず、立ち上がりました。
「蓮!」
あたりは静かで、自分の声が反響します。よく見ると、そこは小さな穴蔵のようでした。
入口を垂らした草で遮り、すこしひんやりします。
しかしそんなことを考えている場合ではありません。
「蓮!蓮!どこ!」
この穴蔵から出る勇気はありません。ここがどこかも分からないのです。遠くで鳥のさえずりが聞こえましたが、全く癒されませんでした。
「れっ…」
「ん…」
足元から声がしました。
はっとして下を見ると、そこにいたのは。
「蓮…?」
草を敷き、横になる蓮でした。
きれいな目はどちらもぴったりと閉じられ、自分の腕を枕に眠っているようです。
凛は別の意味で心臓が飛び跳ねそうでした。
いつもは余裕たっぷりに微笑み、うっとりするテノールを響かせる蓮ですが、眠っている姿は驚くほど穏やかで、少し幼くも見えました。
「…蓮、」
そばにそっと座り込み、解れた前髪にそっと触れてみました。思えば蓮の髪を触ったことなどないのです。
驚くほど柔らかな細い金の髪は、凛の指をするりと滑っていきました。風を絡ませて空を飛び立ったこともありましたが、そういえばあの時はそんな余裕はありませんでした。
「…きれい」
薄い光を頬に浴び、少年とも青年とも付かないあどけなさを残した寝顔に、凛は息をするのも忘れてしまうほどです。
ああ、この人のことが好きなんだ…。そう思った途端、ぼんと音がしそうなほど頬に熱が集まりました。
この艶やかな唇がかわいい、大好きだよと囁き、今は閉じられているきれいな目に、どれだけ恥ずかしい姿を晒したことか。
誰も見ていないというのに、凛は慌てて顔を覆いました。顔が熱くなっているのがよくわかり、余計に恥ずかしくなってしまったのです。
「何してるのかな」
目を瞑ったままの蓮が、くすくす笑いながら凛に話し掛けました。思わず叫び出しそうになった凛は寸でのところで口の中で噛み、代わりとばかりに心臓を跳ねさせました。
「起きてたのっ…」
「うん。ねぇ凛、疲れたでしょ。横になりなよ。僕もちょっと疲れちゃった」
自分の横をポンポンと叩き、凛を促します。少し考えた凛は、蓮の言う通りにしました。
正直に言って体はとても疲れていたし、無理矢理目を開いたのでまだ寝足りない気もします。お邪魔します、なんて挨拶をするものですから、蓮は思わず笑ってしまいました。
「おいで」
自分の枕にしていた腕を広げ、おずおずと横になる凛を迎え入れました。
「ふふっ。凛ってあったかいね」
胸にぎゅっと抱き寄せると、凛も恥ずかしそうに、嬉しそうに頬を上げました。蓮の匂いが胸いっぱいに広がっていくようで、そう、月並みに言えば、幸せなのです。
「蓮、だいすきよ」
言わずにはいられませんでした。蓮のジャケットを掴み、男性にしては随分細い腰に手を回します。そういえば蓮はいつジャケットなんて着たのだろうと不思議に思いましたが、考えることは放棄しました。ここでは不思議なことが起こって当たり前なのです。凛にとっての"普通"は通用しないと身をもってしったのでした。
頭の中に鉛でも入っているような感覚に、凛はしばらく状況を理解することができませんでした。
柔らかな草を積み上げられたベッドが、凛の体をやさしく支えているようです。痛みはありませんでしたが、指の一本も動かす気力はありません。
そうして気が付いたのです。じりじりと焦がすような太陽の光が遮られているのです。
「……ん…?」
よく見ると、天井がありました。しかしそれは、初めて蓮にあったときに連れられた小屋のようでも、おかしな双子に誘拐されたときのあばら家のような天井ではありません。穴を掘って作ったような、土でした。
「…っ!蓮…!」
凛は慌てて飛び起きました。蓮がそばにいないだけで、押しつぶされてしまいそうに不安なのです。もしまた誘拐でもされてしまっては堪りません。じわりと滲む視界と、ばくばくと暴れ出す心臓を押さえることもせず、立ち上がりました。
「蓮!」
あたりは静かで、自分の声が反響します。よく見ると、そこは小さな穴蔵のようでした。
入口を垂らした草で遮り、すこしひんやりします。
しかしそんなことを考えている場合ではありません。
「蓮!蓮!どこ!」
この穴蔵から出る勇気はありません。ここがどこかも分からないのです。遠くで鳥のさえずりが聞こえましたが、全く癒されませんでした。
「れっ…」
「ん…」
足元から声がしました。
はっとして下を見ると、そこにいたのは。
「蓮…?」
草を敷き、横になる蓮でした。
きれいな目はどちらもぴったりと閉じられ、自分の腕を枕に眠っているようです。
凛は別の意味で心臓が飛び跳ねそうでした。
いつもは余裕たっぷりに微笑み、うっとりするテノールを響かせる蓮ですが、眠っている姿は驚くほど穏やかで、少し幼くも見えました。
「…蓮、」
そばにそっと座り込み、解れた前髪にそっと触れてみました。思えば蓮の髪を触ったことなどないのです。
驚くほど柔らかな細い金の髪は、凛の指をするりと滑っていきました。風を絡ませて空を飛び立ったこともありましたが、そういえばあの時はそんな余裕はありませんでした。
「…きれい」
薄い光を頬に浴び、少年とも青年とも付かないあどけなさを残した寝顔に、凛は息をするのも忘れてしまうほどです。
ああ、この人のことが好きなんだ…。そう思った途端、ぼんと音がしそうなほど頬に熱が集まりました。
この艶やかな唇がかわいい、大好きだよと囁き、今は閉じられているきれいな目に、どれだけ恥ずかしい姿を晒したことか。
誰も見ていないというのに、凛は慌てて顔を覆いました。顔が熱くなっているのがよくわかり、余計に恥ずかしくなってしまったのです。
「何してるのかな」
目を瞑ったままの蓮が、くすくす笑いながら凛に話し掛けました。思わず叫び出しそうになった凛は寸でのところで口の中で噛み、代わりとばかりに心臓を跳ねさせました。
「起きてたのっ…」
「うん。ねぇ凛、疲れたでしょ。横になりなよ。僕もちょっと疲れちゃった」
自分の横をポンポンと叩き、凛を促します。少し考えた凛は、蓮の言う通りにしました。
正直に言って体はとても疲れていたし、無理矢理目を開いたのでまだ寝足りない気もします。お邪魔します、なんて挨拶をするものですから、蓮は思わず笑ってしまいました。
「おいで」
自分の枕にしていた腕を広げ、おずおずと横になる凛を迎え入れました。
「ふふっ。凛ってあったかいね」
胸にぎゅっと抱き寄せると、凛も恥ずかしそうに、嬉しそうに頬を上げました。蓮の匂いが胸いっぱいに広がっていくようで、そう、月並みに言えば、幸せなのです。
「蓮、だいすきよ」
言わずにはいられませんでした。蓮のジャケットを掴み、男性にしては随分細い腰に手を回します。そういえば蓮はいつジャケットなんて着たのだろうと不思議に思いましたが、考えることは放棄しました。ここでは不思議なことが起こって当たり前なのです。凛にとっての"普通"は通用しないと身をもってしったのでした。
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