【R18】アールグレイの月夜 ー双子の妹・輝李編ー

Silence

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文化祭

文化祭1(瀾目線)

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― 文化祭当日 ―

あれから乙には会っていない。
演劇部の出し物に乙が出るという噂は耳にしていた。
しかし、瀾が学院祭当日に見に行くことはなかった。
自ら自分の教室の仕事をかって出て極力外には出ないようにした。

昼過ぎになると瀾の教室は賑わいを見せた。
瀾達のクラスは喫茶店をしていた。
暫くすると偶然なのか、はたまた運命の悪戯なのか、女生徒に連れられ、あの人物がやって来たのだった。

(『アールグレイの昼下がり:学園祭2参照)

 


クラスメイトに頼まれた席にメニューを取りに行く。
瀾はその席に座る人物を見て、一瞬足を止めた。
そこに座っていたのは、月影 乙だったからだ。
瀾は、小さな息を吐きだすと意を決し口を開いた。

「…お決まりになりましたか」
「っ!!」

乙は、瀾を見て少し驚いていたようだった。
ここが自分のクラスだと気が付いていなかったのだろうか?
しばらく瀾を見つめていたが、不意に目をそらし乙が口を開いた。

 「…あ…アールグレイティーを…」
「かしこまりました…」

一礼をして瀾が席を離れようとしたとき、乙は不意に立ち上がり瀾のその細い腕を掴んだ。

「!!」
「……」


見ると乙の瞳は、どこか寂しげで置いて行かれる子犬のように見えた。
しばらくの沈黙の後、乙は静かに口を開いた。

「…一緒にお茶に付き合ってくれないか…」
「…」

瀾は、何を言うわけでもなく小さくうなずいた。

 
しばらくして、瀾が紅茶と共にアップルパイを持ってくると乙の前にそっと置く。

 
「お待たせ致しました。
アールグレイティーとアップルパイでございます」

向かい側にもう一つのケーキセットを置くと瀾は、その席に着く。
ふと乙が小さく口を開く。

「それは?」
「アプリコットティーです…」
「そうか…」

 
アプリコットティー…
それは以前、瀾が好んで飲んでいた紅茶だった。
何故かこの紅茶には覚えがあるような気がする。

輝李と一緒に居るときから飲んでいるからというよりは、もっと前から…

どこか懐かしい香りと味。

この紅茶を飲んでいるとき、何故か甘酸っぱく温かい気持ちになれる。
いつから好きだったのか、なぜ懐かしい気持ちになるのか?

それは今の瀾には分からないが、それでもこの香りと味を忘れてはいけないような…

そんな気持ちにさせてくれる不思議な感覚だった。

 

紅茶の水面に何かが見えそうでいつの間にか赤いカップに目を落としていた。
すると乙の静かな声が聞こえた。

「…無理を言ってしまって済まない」
「…いえ…」

 
それからまた静かな時間が続いた。
紅茶を飲み終わると乙は、スッと席を立つ。
瀾が教室の入り口まで送ると、やっと乙は口を開いた。

「美味しかった…ありがとう」
「いえ…」

 
そんな二人を見ていたクラスメイトは、何かの気を利かせたのか瀾に休憩を取るように勧めた。

半ば強引すぎるその勧めに瀾は、仕方なく乙と共に校内を歩くことになった。
特に行く当てもなく、いつの間にか中庭に来ていた。
風がそよぎ、瀾の髪を揺らす。

こんな時、どんな言葉をかければ良いのだろう?

乙を拒絶してしまった自分が今さら、どんな顔でこの人といればいいのか見当もつかない。

自分でもわかっている。
八つ当たりだった。

振り向けば誰だって見えるであろう過去は、自分には見えない。
たった一人、側にいてくれた輝李さえも今は、自分の傍にはいない。

そんな時に現れた救いの手に自分勝手に感情をぶつけてしまった。

罵って、拒絶して…

そんなことを考えると、また胸がチクリと鳴く。
瀾は、小さく口を開いた。

 
「あの…ごめんなさい…」
「え?」
「無理に付き合わせてしまって…
あんなことを言った私と一緒にいても楽しいわけないですよね…」
「…そんなことない…俺の方こそ…」

いつまでも続く沈黙。

「今日は…ありがとう…送るよ、教室まで…」
「いえ、大丈夫です…一人で戻れますから…」
「…そうか」

そういう言うと乙は、何か思い出したように一つの封筒を瀾に差し出した。

 「これ…ずっと返せなかったから…」

 瀾は封筒を受け取り、チラリと中を開ける。
あの写真だった!

乙と過去の自分であろう女の子が笑って写っているあの写真。
瀾が投げたジュエリーボックスから出てきた写真。

どんなに罵っても、拒絶しても乙は大切な時、必ず瀾の側にいてくれた。
それはきっとこの写真に関係があるのは間違いないだろう。

 『この人は、きっと過去の私を知っている…』

 瀾は、少し寂しそうに乙を見つめた。
乙もそんな瀾の表情を言葉にならないもの悲しい瞳で見つめた。

 今、名前を呼べたなら…

自分の疑問と不安を聴くことが出来たら、どんなに満たされるだろう…


そんな想いをグッと抑え、瀾は目を伏せた。

「じゃ…」
「はい…」

 
風に撫でられた髪を揺らし、乙と瀾は反対の方向へ歩いていく。

こうして二人の距離は、また離れていったのだった。

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★アールグレイの月夜(YouTube版)
https://www.youtube.com/playlist?list=PL0mziGmecVSUVpSKdpmNMNom6F3FWffNL 

★アールグレイの昼下がり(YouTube版)
https://www.youtube.com/playlist?list=PL0mziGmecVSXcYllzM7PGJbwUaHxBfz0L 


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