【R18】アールグレイの月夜 ー双子の妹・輝李編ー

Deceive it.

Deceive it.2

しかし、そんなある日──
その日、輝李は用があり学院を欠席していたようだった。

だからと言って瀾がどういうことはない。
いつもと変わらない帰り際、一人でマンションに向かいながら輝李と乙の事を考えずにはいられなかった。

全く姿を変えた輝李。
それは乙のためだと瀾には、すぐに解った。
合宿旅行で輝李が最後に瀾に吐き捨てた言葉。


≪「乙に何をした…
…今度、乙を傷つけてみろ…
…お前を殺してやる!!」≫


瀾の胸に痛みが走り、また瞳から哀しみの雫が舞い降りた。
結局、あの写真のことも聞けずじまいだった。
やがて踏み切りを横切ると瀾の静かだった携帯が鳴いた。


鞄から携帯を取り出そうとするとその視界には、電車が警笛を鳴らしながら瀾に向かって来ているのが飛び込んできた。
いつの間にか踏み切りのバーが降りていたのだ。
瀾は、大きく目を見開き体が硬直する。


「瀾ｯ!!!」


背後の声に瀾が反応を見せ振り向いたときだ。
声の主は瀾を抱え、押し倒すように重なった。
電車が二人の姿を飲み込んで行く。


号風の音を立てて、その存在を主張するように線路を走る足音は、周りの音すらかき消してしまうほどに辺りを自身の音に染めていく。

激しい振動…

一瞬宙を舞った身体が引き裂かれて２つに別れると、その片割れは跡形もなく生々しく響き渡る悲鳴さえ黙らせるほど激しい爪痕を残していく。 


明らかに何かを跳ねた音が微かに瀾の耳を掠めた。
乙は、瀾の肩を強く抱き締めたまま、その音が過ぎるのを待っている。

抱かれた身体から乙の心拍が伝わってくる。その鼓動は鉄の怪物の足音よりも早く脈打ち、瀾の耳にダイレクトに伝わってくる。


「ｯ…ﾊｧﾊｧ…ﾊｧﾊｧ…」

呼吸の荒さと共に乙の身体は、ガタガタと震えいたのがわかった。それと共に更に抱き締める腕に力が入っていく。


『…震えてる…
先輩の心臓の鼓動が伝わってくるのがわかる。
…凄く早い…
何で…先輩の温もりが、こんなに安心するんだろう…』

そんな時、瀾の鼓動も少しずつ変化があった。


『男の人に抱かれているみたい。
あれ？…私…ドキドキしてる？
どうして…
私は輝李さんが好きなはずなのに、輝李さんを奪ったこの人にどうしてドキドキしてるの？
この温もりを知っているから？
それとも怖かったから？』


瀾の胸に微かに痛みが走った。
そして、誰かの言葉が聞こえた気がした。


『──思い出して…貴女の大切な人を…』


暫くすると、乙の腕の力が少しだけ緩み、瀾に視線を落とした。

…間一髪だった。

線路沿いには乙に押された衝撃で瀾の手から離れてしまった携帯が転がっていた。
真っ二つに体のはぐれた携帯の片方は傷だらけに半身のまま力尽き、もう片方は見る影もなく粉々になっている。

乙は、心の底から安堵の溜め息をつくと抱き締めていた腕で瀾の両肩をつかみ声を荒げた。


「お前!!何やってるんだ!!
あと少しでも遅かったら、あの携帯のようになっていたんだぞ!!
警笛が聞こえなかったのか!!
それとも自殺でもしようと思ってたのか!!」
「…ｯ…」


乙の声に瀾はビクッと肩を跳ねさせた。
自分のためにこんな剣幕で声を荒げた乙は合宿のとき以来だ。
瀾の胸がチクリと痛む。
乙は力なく瀾の方に頭をもたげ、小さくため息混じりに呟いた。

「…俺に復讐したいなら…
直接来いよ…命を絶つ事なんか選ぶな…
お前が死んでも俺は困らない…」




───線路から少し離れた曲がり角の死角には一人の少女が腕を組み、塀に凭れ携帯を口元に当てていた。

「あ～あ…助かっちゃった…」

クスクスと意味ありげに瞳に黒い光を放ち残酷に笑う少女の手の中には携帯が握られていた。


そのディスプレイには…
【発信中… 野中 瀾】
と映されていたのだった。


「お前は僕と乙…どちらを選ぶつもりだ？
ゲームはまだ終わってない…
…野中 瀾…ｸｽｸｽ…ｸｽｸｽ…」

そう言うと〔輝李〕はその場をあとにした────