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勿忘草
勿忘草3
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輝李が泣き止む頃、日はかなり空に上がっていた。
もう昼も近いと言うのに二人に会話はなかった。
どのくらい乙の胸に居たか解らない。
乙は痛む肩を無理に動かし自分を引き寄せキスをした。
落ち着かせるためなのか、はたまた乙の中で輝李の存在を認めたからなのかすら解らない。
どちらにしろ安静にしていなければいけない乙に無理をさせたのには変わりはない事実。
それは冷静さを欠いた輝李の胸に突き刺さる。
輝李はソファーに小さく座り、チラチラと乙を見ては再び俯いている。
乙がソファーから立ち上がると、不安そうな顔でハッと口を開く。
「どこにいくの?」
「……。用を足してくるだけだ」
「て、手伝おうか…?」
「いい、一人で出来る」
「そう…」
あれから罪悪感と胸の痛みがずっと消えてはくれない。
乙がトイレから戻ると輝李はソファーから離れており、ソファーの近くでソワソワと乙を待っていた。
やがて、夕刻が訪れても輝李の様子は変わることはなかった。
乙が何かをしようとする度に過敏に反応し、席を立てば少し離れて着いてきたり、ソワソワと部屋に佇んでいる。
乙が再び、ソファーに座ると輝李は、その少し後ろで立ち尽くし不安そうな顔で哀しげに乙を見つめている。
その時だった。
───バン!!!
乙は読んでいた雑誌をテーブルに叩きつける。
輝李の身体がビクリと跳ねた。
「何なんだよ!さっきから!!
よそよそしく人の顔色ばかり伺って何のつもりだ!!
まるで腫れ物にでも触るみたいに、不愉快だ!!」
突然、乙の荒い声が輝李に向けられる。
今の乙は、明らかにいつもとは違っていた。
「…ご、ごめん…なさい…」
忽ち輝李は、顔を青ざめ俯くと小さく口をついた。
「クッ…」
乙は苛立ちぎみにソファーを立つと輝李の横を通り、
「うざったいんだよ…」
と一言溢し歩き出す。
輝李は、また一瞬ハッとしたが黙って俯いてしまった。
『うざったい…そうだよね…
こんな風に顔色ばかり伺ってしまっていたら…
僕は、どうしたら乙に許してもらえるんだろう…』
やがて乙は、首だけ振り向くと冷たく輝李に言葉を投げた。
「体を流したい。
少しでも罪悪感があるなら手伝えよ」
「う、うん…」
輝李は静かにそう答えるしかなかった。
もう、後戻りも修復すら諦めてしまうほどに輝李は己を攻め続け、バスルームに向かった。
輝李は、普段から眠りが浅く、薬を服用するほどの不眠症だ。
翌朝、輝李が目を覚ますと目の前には乙の寝顔があった。
それは乙が風邪を引いたときではなく、まだ輝李が乙と共に時間を過ごしていたあの安らかな寝顔だった。
輝李は体を起こすと、その寝顔を見つめ、遠慮がちに乙の唇に自分を重ねた。
そして、また哀しそうに洗面台へと歩いて行った。
輝李が出ていくと乙の瞳が、その気配を追っていた事を知らないまま。
そう、乙は既に起きていたのだった。
洗面所に来ると鏡に写る自分を輝李は見つめた。
昨晩、乙の体をバスルームで拭いた後、輝李は乙に抱かれた。
それは愛し合っていた頃とは違う荒々しいものだった。
輝李の身体には無数の証が、その肌に生々しく残っている。
それでも輝李はそれを受け止め、乙に身を任せていた。
思わずその証に触れ、目を伏せると胸の痛みに一粒の涙が零れ落ちる。
そんな輝李が、ふと横に綺麗に畳まれ置いてあるフェイスタオルに目を落とすと、タオルの上にひと房花が置かれていた。
輝李は、その花を手に取る。
「ラベンダー…」
そんな時、輝李はある事を思い出した。
幼少の頃、庭に咲いていた花を乙に贈ったことを。
≪「あ…あのさ…、乙、お花好きでしょ…?」
「あ、うん…」
「だからさ…、乙、お勉強で中々お外に出れないし…あの…
お庭に咲いていたのなんだけど…こ、これ…」
「これを…僕に…?」
「う、うん…」≫
あの日、乙が初めて輝李に微笑みかけてくれた事を…。
そして、フォレストと喧嘩が絶えず、輝李が怒った時に乙が花畑で見つけた花をくれた事を…。
船内の部屋にラベンダーは飾られていなかった。
どうやって手に入れたのかは解らないが、これが自分に向けられたものだと不思議と解った。
「ラベンダーの花言葉…
…≪許しあう心≫…」
それは言葉が足りず不器用な乙が、唯一自分の気持ちを伝えられる方法だった。
輝李は、また胸が痛くなったが顔を洗い、大切そうに花を胸に納めた。
すると間もなく乙が洗面所に入ってくる。
輝李は、思わずラベンダーを後ろ手に隠す。
昨日と変わらず気まずいまま乙が顔を洗い、タオルで水分を拭き取ると輝李は遠慮がちに口を開いた。
「そ、それ…さっき僕が使ったタオルだけど…」
「…知ってる、ラベンダーの香りがしたから」
輝李が俯くと、その頭に乙の手が乗り、声が聞こえた。
「飯…食べるぞ」
恐る恐るチラリと見ると、乙は輝李を見つめ不器用なりにも優しい声を奏でていた。
もう昼も近いと言うのに二人に会話はなかった。
どのくらい乙の胸に居たか解らない。
乙は痛む肩を無理に動かし自分を引き寄せキスをした。
落ち着かせるためなのか、はたまた乙の中で輝李の存在を認めたからなのかすら解らない。
どちらにしろ安静にしていなければいけない乙に無理をさせたのには変わりはない事実。
それは冷静さを欠いた輝李の胸に突き刺さる。
輝李はソファーに小さく座り、チラチラと乙を見ては再び俯いている。
乙がソファーから立ち上がると、不安そうな顔でハッと口を開く。
「どこにいくの?」
「……。用を足してくるだけだ」
「て、手伝おうか…?」
「いい、一人で出来る」
「そう…」
あれから罪悪感と胸の痛みがずっと消えてはくれない。
乙がトイレから戻ると輝李はソファーから離れており、ソファーの近くでソワソワと乙を待っていた。
やがて、夕刻が訪れても輝李の様子は変わることはなかった。
乙が何かをしようとする度に過敏に反応し、席を立てば少し離れて着いてきたり、ソワソワと部屋に佇んでいる。
乙が再び、ソファーに座ると輝李は、その少し後ろで立ち尽くし不安そうな顔で哀しげに乙を見つめている。
その時だった。
───バン!!!
乙は読んでいた雑誌をテーブルに叩きつける。
輝李の身体がビクリと跳ねた。
「何なんだよ!さっきから!!
よそよそしく人の顔色ばかり伺って何のつもりだ!!
まるで腫れ物にでも触るみたいに、不愉快だ!!」
突然、乙の荒い声が輝李に向けられる。
今の乙は、明らかにいつもとは違っていた。
「…ご、ごめん…なさい…」
忽ち輝李は、顔を青ざめ俯くと小さく口をついた。
「クッ…」
乙は苛立ちぎみにソファーを立つと輝李の横を通り、
「うざったいんだよ…」
と一言溢し歩き出す。
輝李は、また一瞬ハッとしたが黙って俯いてしまった。
『うざったい…そうだよね…
こんな風に顔色ばかり伺ってしまっていたら…
僕は、どうしたら乙に許してもらえるんだろう…』
やがて乙は、首だけ振り向くと冷たく輝李に言葉を投げた。
「体を流したい。
少しでも罪悪感があるなら手伝えよ」
「う、うん…」
輝李は静かにそう答えるしかなかった。
もう、後戻りも修復すら諦めてしまうほどに輝李は己を攻め続け、バスルームに向かった。
輝李は、普段から眠りが浅く、薬を服用するほどの不眠症だ。
翌朝、輝李が目を覚ますと目の前には乙の寝顔があった。
それは乙が風邪を引いたときではなく、まだ輝李が乙と共に時間を過ごしていたあの安らかな寝顔だった。
輝李は体を起こすと、その寝顔を見つめ、遠慮がちに乙の唇に自分を重ねた。
そして、また哀しそうに洗面台へと歩いて行った。
輝李が出ていくと乙の瞳が、その気配を追っていた事を知らないまま。
そう、乙は既に起きていたのだった。
洗面所に来ると鏡に写る自分を輝李は見つめた。
昨晩、乙の体をバスルームで拭いた後、輝李は乙に抱かれた。
それは愛し合っていた頃とは違う荒々しいものだった。
輝李の身体には無数の証が、その肌に生々しく残っている。
それでも輝李はそれを受け止め、乙に身を任せていた。
思わずその証に触れ、目を伏せると胸の痛みに一粒の涙が零れ落ちる。
そんな輝李が、ふと横に綺麗に畳まれ置いてあるフェイスタオルに目を落とすと、タオルの上にひと房花が置かれていた。
輝李は、その花を手に取る。
「ラベンダー…」
そんな時、輝李はある事を思い出した。
幼少の頃、庭に咲いていた花を乙に贈ったことを。
≪「あ…あのさ…、乙、お花好きでしょ…?」
「あ、うん…」
「だからさ…、乙、お勉強で中々お外に出れないし…あの…
お庭に咲いていたのなんだけど…こ、これ…」
「これを…僕に…?」
「う、うん…」≫
あの日、乙が初めて輝李に微笑みかけてくれた事を…。
そして、フォレストと喧嘩が絶えず、輝李が怒った時に乙が花畑で見つけた花をくれた事を…。
船内の部屋にラベンダーは飾られていなかった。
どうやって手に入れたのかは解らないが、これが自分に向けられたものだと不思議と解った。
「ラベンダーの花言葉…
…≪許しあう心≫…」
それは言葉が足りず不器用な乙が、唯一自分の気持ちを伝えられる方法だった。
輝李は、また胸が痛くなったが顔を洗い、大切そうに花を胸に納めた。
すると間もなく乙が洗面所に入ってくる。
輝李は、思わずラベンダーを後ろ手に隠す。
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