【R18】アールグレイの月夜 ー双子の妹・輝李編ー

トリプルゲーム

トリプルゲーム9

翌日から瀾は乙の部屋に行くことになった。
その間、輝李は久方ぶりに一人の時間を満喫し、仕事をこなした。
誰に邪魔をされるでもなく、ノートパソコンに向かい普段のたまった仕事と書類に目を通してゆく。

そんな合宿から４日目だった。

時刻は夕刻辺りだっただろうか？
日も微かにオレンジ色が差し掛かった頃、一機のヘリが近づいてくるのがその音で解った。

「…うるさいなぁ」


輝李が窓に近づきヘリを眺めた。

「あれは、病院の救護ヘリ？
こっちに向かって来てる…」

不思議に思い、部屋を出て船内を歩き回った。
階段を降り、折り返しに差し掛かった時、下の踊り場には大きな赤黒いシミが出来ている。
ゆっくり降りきると現場にしゃがんだ。

「これ…血…」

途端に数名の走る足音に輝李は、壁際に身を潜めた。
救護班の声が響く。


「怪我人は!!」
「月影 乙、年齢１８歳、女性。
肩に…」


そう由佳の声と共に室内へ消えていった。
輝李は目を見開き、自分が聞いた言葉を疑った。
ヘリが来るほどの事態、ではこの血溜まりのシミは乙のものだというのか。
一体、乙に何があったのか!!

(『ｱｰﾙｸﾞﾚｲの昼下がり』参照)


今すぐにでも医務室に向かいたい気持ちをグッと押さえ、輝李は目を伏せた。

「乙…」

今出ていっても邪魔になるのは必然だった。
輝李は、静かに自室へ戻っていく。
しかし、ヘリの音は決して小さくはない、むしろうるさいぐらいに船内に響き渡っていた。
当然、夕食の頃には食堂はざわめいていた。

『ルームサービスにすれば良かった…』

輝李は、そうも思ったが、この事態も予測出来る当然のことだ。
耳障りなざわめきとルームサービスを取っていなかった乙達の話題、今いない谷川 早希と瀾と乙。

噂好きな彼女達が憶測で騒いでいることは当然、今いない３人の中で何かがあったとまで広がっているが、それは恐らく当たりだろう。

輝李は、あからさまに聞こえる既にざわめきと言うレベルでない雑音に苛立ちを眉間に表すと、テーブルに置いてある今飲んでいたティーカップを床に払った。


──ガシャン!!!


警告にも似た食器が割れる音に、忽ち静寂が訪れ視線を集めると、輝李は無言で席を立ち食堂を後にした。
部屋に戻ると輝李は苛々と部屋中をあてどもなく歩き回った。
入ってくる情報は確信もない憶測ばかり。
由香もバタバタと忙しいらしく、捕まる気配もない。

たかが学院行事の合宿に一体何があったと言うのか？
あの血だまりの量は、決して軽い事ではないことを物語っていた。

もし…何らかの事情で瀾が関係していたとしたら？
今の乙なら自ら犠牲になることを厭わないだろう…。
輝李の中でモヤモヤと巡る思考はさらに苛つきを誘った。

「ｯ…!!」

輝李は、テーブルに置いてあったフルーツバスケットを床に思い切り払った。
宙を舞い、オレンジやマスカットがバラバラに床に散らばる。

「はぁはぁ…くそっ…
…これじゃあ、あの子達と何も変わらないじゃないか…」

輝李は深い溜め息をついてソファーに腰を下ろし、手を組んだ拳に額を落とした。
それは、まるで何かを祈るようだった。

「……ｯ」

輝李の胸には重苦しい痛みと圧迫感がその器を苦しめた。
輝李がその日、眠ることはなかった。

ジッとソファーに座り、ただ時が過ぎるのを暗闇の空間が輝李を包んでいた。