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トリプルゲーム
トリプルゲーム7
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朝食が終わり、瀾は部屋に戻って来ると荷物を纏めた。
「瀾ちゃん…。
上手くいかなったら、いつでも戻っておいで」
「…はい」
しかし、返事をした瀾の顔色は、晴れ晴れとしているものではなかった。
そんな瀾の肩を抱き、輝李は優しく言葉を吐いた。
「不安?」
「…少し…、輝李さんと離れるのは入院以来なので…。
それに…私は先輩の事、あんまり知らないし…」
「行くの止める?
無理しなくて良いんだよ。
あれは乙が勝手に言った事で同意したわけじゃないんだし」
「いえ、私が決めた事ですから…
だから…頑張ってみようと思うんです」
「そう…なら何も言わない。
頑張っておいで」
「はい!!」
輝李の言葉に、瀾はやっと意を決したように笑顔で答えると、乙の部屋へと向かって行った。
部屋が静かになると、輝李は携帯で由佳にメールを送った。
由佳が部屋に紅茶を持ってくると、部屋に招き入れる。
輝李の顔は普段のそれではなかった。
「…首尾は?」
「はい、滞りなく。
野中は乙様の部屋へ着いたようです」
「…そう」
紅茶を輝李の目の前に置きながら報告をすると、ノートパソコンを一緒に置いた。
「輝李様、それと足森から連絡が入っております」
パソコンを開くと足森からのメールが届いている。
内容を読むと輝李の瞳は、鈍い光を帯びた。
「…なるほどね。
情報が掴めないわけだ…」
「輝李様…」
「足森には、そのまま続行するように伝えておいて」
「…かしこまりました」
由佳が一礼をして退室しようとすると、輝李の声がそれを止めた。
「ああ、そうだ。由佳」
「はい」
「後で野中 瀾にドレスを届けておいてくれないかな。
野中 瀾がパーティーに着ていくものなんか乙の部屋に用意出来ているわけがない…」
「かしこまりました」
それだけ言うと、由佳は部屋を後にした。
数時間後、由佳は乙の部屋に向かうのだった。
ドレスと一つのジュエルケースを持って…。
それは、かつてメイドの時に使っていた瀾の部屋に置いてあった物だった。
(『アールグレイの昼下がり』参照)
乙の部屋に瀾のドレス一式を届け、由佳はしばしの休憩をとっていた。
勿論、あのジュエルケースを渡した事を輝李に報告する事はしなかった。
ふと、あの日の記憶が由佳の脳裏を擽る。
──8-[エイトアンダー]の任務後、組織の輝李の部屋までたどり着いたまでは良かった。
しかし、自身も重傷を負っていたせいもあり、そこで意識が途絶えたのだ。
そう言えばあの時、誰かが肩を貸していた気がしたが、朦朧とする極限の中、そこまで注意を払ってはいられなかった。
次に目を覚まして最初に見たのは、輝李の泣き顔だった。
《「良かった!!
由佳が、このまま目を覚まさなかったらって思ったら…僕…僕っ!!」》
幼き日と変わらない輝李の眼差しは、由佳の胸に安堵と痛みを与えた。
『奥様…、輝李様の優しさは、今もこうして残っておられます。
でも…あんなにも哀しく笑われるようになってしまったのは…
私達のせい…。
あの頃の奥様と同じ…。
優しく、そして旦那様への寂しさを心の奥に直隠して笑っておられた貴女様と…』
由佳が退院した日…。
屋敷に戻り、表向き研修届けとなっている瀾の部屋を整理している時に偶然、輝李達の母・桜子が持っていたジュエルケースを見つけたのだ…。
『これは、奥様の…。
どうして、これを野中 瀾が持っているの…?』
そんな時、ふと以前に乙がティータイムの紅茶を持って来た由佳に訊ねた事を思い出した。
「由佳、野中 瀾をどう思う?」
「野中…ですか?」
「ああ。新人メイドの教育をしていたんだろう?」
「はい。野中が何か問題でも起こしたのでしょうか?」
「…いや、誰しも仕事をしている時と俺の前にいる時の顔は違うだろ。
それに…ただ専属が決まっていないから候補の1人として聞いておきたいだけだ」
すると、由佳は少し目を伏せて答える。
「乙様、差し出がましいようですが、野中は飲み込みは良い方とは言えませんね。
今だにお屋敷内で迷う事もございますし、乙様に失礼があっては申し訳がたちません。
乙様の専属ならば、もっと長く仕えているメイドが宜しいかと存じますが?」
「例えば由佳みたいな、か?」
クスリと笑う乙に由佳は冷静に姉の様な眼差しを向ける。
「いいえ、私は…」
「解っているさ、由佳は母さんの専属メイドだった。
それに母さんが最初で最後だった事もな」
「申し訳ありません…」
「気にしなくていい。
いつも俺達の姉の様な存在の由佳との関係も壊したくない」
「乙様…」
微かな重い空気を乙は次の言葉で打ち消した。
「しかし、屋敷内で迷うのか。
そんなに日が浅いのか?」
「いえ、もう3ヶ月は居るはずなのですが、どうも空回りしているというか…。
一生懸命なのは伝わってくるのですが、スムーズにこなすのに時間がかかるようです」
「そうか。イメージ的にはどう思う?」
「そうですね、純粋で素直な子だと思いますよ」
「そうか…」
その次の日、乙は瀾を叔父の社交パーティーに連れ出したと情報が入ってきた…───
小さなため息を吐くと、由佳は目の前のマグカップを見つめる。
ジュエルケースを瀾に気付かれないように渡した時の乙は、やはり驚きの顔を隠せない様子だった。
「2人共、不器用な所はそっくりなのね…」
哀しく笑う輝李…。
素直になれない乙…。
どちらも本心は自分の胸に隠し、自分自身を束縛している。
「仕方のない子達…
2人が解り合える日が、また来ればいいのに…」
由佳は複雑な思いを巡らし、また溜め息を吐いた。
「瀾ちゃん…。
上手くいかなったら、いつでも戻っておいで」
「…はい」
しかし、返事をした瀾の顔色は、晴れ晴れとしているものではなかった。
そんな瀾の肩を抱き、輝李は優しく言葉を吐いた。
「不安?」
「…少し…、輝李さんと離れるのは入院以来なので…。
それに…私は先輩の事、あんまり知らないし…」
「行くの止める?
無理しなくて良いんだよ。
あれは乙が勝手に言った事で同意したわけじゃないんだし」
「いえ、私が決めた事ですから…
だから…頑張ってみようと思うんです」
「そう…なら何も言わない。
頑張っておいで」
「はい!!」
輝李の言葉に、瀾はやっと意を決したように笑顔で答えると、乙の部屋へと向かって行った。
部屋が静かになると、輝李は携帯で由佳にメールを送った。
由佳が部屋に紅茶を持ってくると、部屋に招き入れる。
輝李の顔は普段のそれではなかった。
「…首尾は?」
「はい、滞りなく。
野中は乙様の部屋へ着いたようです」
「…そう」
紅茶を輝李の目の前に置きながら報告をすると、ノートパソコンを一緒に置いた。
「輝李様、それと足森から連絡が入っております」
パソコンを開くと足森からのメールが届いている。
内容を読むと輝李の瞳は、鈍い光を帯びた。
「…なるほどね。
情報が掴めないわけだ…」
「輝李様…」
「足森には、そのまま続行するように伝えておいて」
「…かしこまりました」
由佳が一礼をして退室しようとすると、輝李の声がそれを止めた。
「ああ、そうだ。由佳」
「はい」
「後で野中 瀾にドレスを届けておいてくれないかな。
野中 瀾がパーティーに着ていくものなんか乙の部屋に用意出来ているわけがない…」
「かしこまりました」
それだけ言うと、由佳は部屋を後にした。
数時間後、由佳は乙の部屋に向かうのだった。
ドレスと一つのジュエルケースを持って…。
それは、かつてメイドの時に使っていた瀾の部屋に置いてあった物だった。
(『アールグレイの昼下がり』参照)
乙の部屋に瀾のドレス一式を届け、由佳はしばしの休憩をとっていた。
勿論、あのジュエルケースを渡した事を輝李に報告する事はしなかった。
ふと、あの日の記憶が由佳の脳裏を擽る。
──8-[エイトアンダー]の任務後、組織の輝李の部屋までたどり着いたまでは良かった。
しかし、自身も重傷を負っていたせいもあり、そこで意識が途絶えたのだ。
そう言えばあの時、誰かが肩を貸していた気がしたが、朦朧とする極限の中、そこまで注意を払ってはいられなかった。
次に目を覚まして最初に見たのは、輝李の泣き顔だった。
《「良かった!!
由佳が、このまま目を覚まさなかったらって思ったら…僕…僕っ!!」》
幼き日と変わらない輝李の眼差しは、由佳の胸に安堵と痛みを与えた。
『奥様…、輝李様の優しさは、今もこうして残っておられます。
でも…あんなにも哀しく笑われるようになってしまったのは…
私達のせい…。
あの頃の奥様と同じ…。
優しく、そして旦那様への寂しさを心の奥に直隠して笑っておられた貴女様と…』
由佳が退院した日…。
屋敷に戻り、表向き研修届けとなっている瀾の部屋を整理している時に偶然、輝李達の母・桜子が持っていたジュエルケースを見つけたのだ…。
『これは、奥様の…。
どうして、これを野中 瀾が持っているの…?』
そんな時、ふと以前に乙がティータイムの紅茶を持って来た由佳に訊ねた事を思い出した。
「由佳、野中 瀾をどう思う?」
「野中…ですか?」
「ああ。新人メイドの教育をしていたんだろう?」
「はい。野中が何か問題でも起こしたのでしょうか?」
「…いや、誰しも仕事をしている時と俺の前にいる時の顔は違うだろ。
それに…ただ専属が決まっていないから候補の1人として聞いておきたいだけだ」
すると、由佳は少し目を伏せて答える。
「乙様、差し出がましいようですが、野中は飲み込みは良い方とは言えませんね。
今だにお屋敷内で迷う事もございますし、乙様に失礼があっては申し訳がたちません。
乙様の専属ならば、もっと長く仕えているメイドが宜しいかと存じますが?」
「例えば由佳みたいな、か?」
クスリと笑う乙に由佳は冷静に姉の様な眼差しを向ける。
「いいえ、私は…」
「解っているさ、由佳は母さんの専属メイドだった。
それに母さんが最初で最後だった事もな」
「申し訳ありません…」
「気にしなくていい。
いつも俺達の姉の様な存在の由佳との関係も壊したくない」
「乙様…」
微かな重い空気を乙は次の言葉で打ち消した。
「しかし、屋敷内で迷うのか。
そんなに日が浅いのか?」
「いえ、もう3ヶ月は居るはずなのですが、どうも空回りしているというか…。
一生懸命なのは伝わってくるのですが、スムーズにこなすのに時間がかかるようです」
「そうか。イメージ的にはどう思う?」
「そうですね、純粋で素直な子だと思いますよ」
「そうか…」
その次の日、乙は瀾を叔父の社交パーティーに連れ出したと情報が入ってきた…───
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ジュエルケースを瀾に気付かれないように渡した時の乙は、やはり驚きの顔を隠せない様子だった。
「2人共、不器用な所はそっくりなのね…」
哀しく笑う輝李…。
素直になれない乙…。
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2人が解り合える日が、また来ればいいのに…」
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小説が音声と映像で流れ出す!?
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https://www.youtube.com/playlist?list=PL0mziGmecVSUVpSKdpmNMNom6F3FWffNL
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