【R18】アールグレイの月夜 ー双子の妹・輝李編ー

トリプルゲーム

トリプルゲーム4

瀾が部屋を出ると輝李は、由佳を部屋に呼び付けカチャリと静かにドアにロックを掛けた。

｢由佳…久しぶりに一杯付き合ってよ｣
｢…はい｣

二人の間にそれ以上の言葉が交わされる事は、しばらくなかった。
赤ワインを見つめ、輝李がポツリと呟く。


｢底の見えない紅いワイン…
僕に似てる…｣

それだけ言うと、クイッと紅い雫を飲み干した。


｢いつか僕も…
こんな風に飲み込まれてしまう日が来るのかもしれない｣
｢輝李様…｣


寂しげに微笑む輝李を由佳は静かに見つめた。
由佳が来てから一時間程経ったあたりだろうか、ドアのノブを回し、ルームキーに引っ掛かる音かした。
小さな間を明け、やがてノックが遠慮がちに響いた。


｢輝李様、よろしいのですか？
きっと彼女が…｣
｢うん…、構わない…｣


再び弱いノックが響くが、輝李が反応する事はなかった。
しばらくすると人の気配は部屋から遠退いていく。
由佳はそんな輝李に静かに口を開く。


｢野中 瀾…また、発作を起こさないでしょうか…｣
｢…大丈夫だよ。
その前に飼い主が彼女を見つけるよ…
この船は母様の思い出が詰まっている船だもの…
この時間なら、きっとあそこにいる…｣


そう言ったまま輝李は、集会から戻って来たであろう瀾の行方を部屋の中で見送ったのだった。


(『ｱｰﾙｸﾞﾚｲの昼下がり』参照)


その日、輝李がルームキーを開けることはなく、久方ぶりの安眠についた。
思えば、このたった数年の間に数えきれない程の事があった。


金魚のフンのように乙の後を追った幼少時代…。

母の死…。


乙の痛ましい初体験と、笑顔を失った妖艶な眼差しを向けた乙の横顔。

輝李も復讐という形で、後を追うように切らないと約束した長い髪をナイフで切り裂き…、そのファーストを北条に捧げた。


その代価は、乙の側にいたいと…
支えになりたいという、
たった一つの願いだった…。

そして交わされた愛と…絶望…。

小野崎 鈴音…
８－[ｴｲﾄｱﾝﾀﾞｰ]…


初めて垣間見た暗殺と今井が見せた、もう一つの裏の顔。

輝李は、８－[ｴｲﾄｱﾝﾀﾞｰ]トップとして、裏稼業をこなす日々。

リアレイン…


そして…、
野中 瀾との出会いとトラップ。
再会と介護に、今の生活…。

｢…疲れた…｣

ベットに横たわり、小さなため息のように漏れた輝李の瞳には、海に浮かぶ月が見えた。

｢…あの時に…戻りたい…｣

たった一言、その言霊と共に小さな雫が輝李の瞳から落ちた。
その雫は、本来の主人の純粋な色を放っていたのだった…。


『乙…』

微かな眠りに就いた後、輝李がふと目を覚ますと外は朝と言うには少し早く、朝日が顔を覗かせ始めた早暁だった。

不眠症の輝李にとっての眠りは、いつも浅く、悪夢にうなされる事も屡だ。
ゆっくり体を起こし、額に手をあて、その気だるい疲れの残留感に溜め息すら零れる。

乙と違い、輝李の寝起きはいつも即時で鮮明であった。
これは乙が厳しい躾を受けていた幼少の時から変わらず、小さな違和感や雑音でも目が覚めてしまう癖は今でも消える事はない。

こればかりは普段の２人のイメージからは想像が難しく、よく驚かれる事だ。



朝のシャワーを浴び、体を完全にスッキリさせると窓を開け、その清々しい風を浴びていた。
やがて完全に朝が来ると、軽く身支度を済ませ時計を確認した。

｢さて、そろそろプリンセスドールを迎えに行きますか…｣

静かにポツリ呟くと自室を後にし、お目当ての部屋へと向かって行ったのだった。