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痛みの代償
痛みの代償1
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※1)小説『アールグレイの昼下がり ー双子の姉・乙編ー』
〔開かずの扉〕にリンク
翌日も授業を終えた輝李は、瀾の入院する病室へと向かった。
昨日のせいだろうか、二人の間には重苦しい空気が流れる。
いつもと変わらず瀾の体を拭き、輝李が果物の皮を剥いている時だった。
瀾が恐る恐る小さく口を開いた。
「…もう…ここには来てはくれないと思っていました」
「…どうして?」
「…だって、昨日あんな事があったばかりだし。
私、輝李さんに嫌われてしまったと思って…」
「そんな事ないよ」
瀾の瞳は弱々しく、まるで捨てられた子猫のように怯え、輝李の顔色を窺うようだった。
「…どうして私なんかに、そんなに親身になって優しくしてくれるんですか?」
「…どうして?
僕が瀾ちゃんにこうしている事に理由が必要?」
その言葉に瀾は、聞いてはいけない事なのだろうと少し俯いた。
そんな瀾の頬に輝李は、そっと手を添える。
「強いて言うなら僕がそうしたいからだよ。
瀾ちゃんにとって、それは迷惑?」
瀾は、涙目に子供のように思い切り首を振る。
「クス、良かった♪」
そう言うと輝李は、瀾の頬に優しくキスをした。
瀾も少し恥ずかしそうに笑顔が戻った。
「最近、身体の調子はどう?」
「よく…解りません」
輝李の質問に少し顔を曇らせて瀾は俯いた。
「…そっか」
そう簡単に治るわけがない。
半月も目を醒まさず、意識が戻れば錯乱を起こしていたのだ。
しかし、懸命な輝李の看病と見舞いによって、いくらかは落ち着いてきているようだった。
「ねぇ、瀾ちゃん」
「はい?」
「体調も少しずつ回復してきているってドクターも言っていたし、ほんの少し仮退院して僕と一緒に過ごしてみない?」
「え?でも…」
「ずっとこんな所に居たら気も滅入るでしょ?
たまには外の空気でも吸って、お散歩しようよ。
僕のマンション、ここから近いし具合が悪くなったら、すぐドクターに見てもらえるから♪」
「…ご迷惑じゃないんですか?」
そんな瀾の言葉に、輝李はニッコリと笑顔を返す。
「クス。迷惑なら自分から、こんな事言わないよ♪
聞けば瀾ちゃん、お世話に成っていた家の記憶に無いみたいだし、家族ももう居ないって…
あ…ごめん、でも同情とかじゃなくて僕が一緒に居たいんだ」
とても優しく響く輝李の言葉。
瀾の胸は、毎日不安と恐怖に苛まれていた。
そんな時に絶妙なタイミングで輝李の言葉は、いつも瀾に光をさしてゆく。
しかし、輝李は言葉と同時につい先日のドクターの言葉を思い出していた…───
「仮退院…ですか?」
「そう」
ドクターは少し顔を曇らせ息をつくと静かに口を開いた。
「あまりお薦めはできませんね」
「体力も回復してきているんでしょ?
最近は、激しい依存症状もないと言っていたよね?」
「はい…確かに輝李様の看病のお陰で薬への依存症状は落ち着いてきています。
ですが…」
「他に何か問題があるの?」
「野中 瀾さんは、夜中になると院内を徘徊する時があるんです」
「夢遊病って事?」
「…はい。ただ原因が解らないんです」
「原因が解らない…?
薬の後遺症じゃないって事?」
ドクターは小さく頷くと輝李を促した。
「原因が解らない以上、院内から出すのは危険かと…」
「…そう。なら僕が見て確かめる」
「どんな事が起こるのか、保証は出来ません!!」
「僕のマンションは眼と鼻の先だ。
それに、あそこには8-のメンバーしかいない。
何かあれば、すぐにドクターの所に連れてくるから」
輝李の強い意志と8-のトップの命令にドクターは少し考え込むと仕方なく了承した。
「どうなっても知りませんよ。
それと…」
「解ってる。
ちゃんと報告はするよ」 ────
「どう?瀾ちゃん、考えてみない?」
「……」
輝李の言葉に瀾は、少し俯いた。
「やっぱり…無理言っちゃったかな?」
「そんな…。凄く嬉しいです。
ただ…少し怖くて…。
でも、輝李さんがそう言ってくれるなら私、頑張ります」
「クス、頑張らなくていいんだよ。
無理強いはしないから」
瀾は、大きく首を振った。
「私もこのままじゃいけないって思ってましたから…」
「じゃ、決まり♪
僕、もうすぐ夏休みだから、休みに入ったら一緒にマンションに行こう♪
…ずっと一緒にいるから」
「はい…」
輝李の言葉に瀾は、弱々しくはにかんだ。
夏休みが来る頃、いつもの様に帰宅の前に病院へと向うと、瀾は心なしか浮かれているように見えた。
「瀾ちゃん、迎えに来たよ」
「輝李さん♪」
瀾は、前日に輝李の用意した服を身にまとい、病室のベッドの前でモジモジとし、俯きながらチラリと視線を送る。
「凄く似合ってる♪」
「ホ、ホントですか?」
「うん。もちろん」
ニッコリと笑う輝李に瀾は、恥ずかしそうに少し頬を赤らめた。
マンションは、本当にすぐ近くにあった。
歩いて10分程の距離は、リハビリにはちょうど良い。
オートロックの立派なマンションに瀾が戸惑っていると、輝李は瀾の手を取りニッコリと笑顔を送る。
部屋に入ると、またしても瀾はあまりの広さに目を丸くした。
そんな瀾の手を引き、一つの扉を開くと中へ誘導した。
立派なベッドに可愛らしい家具やレイアウト。
その部屋に圧倒され、瀾は思わず息を呑んだ。
「瀾ちゃんの部屋だよ」
「え…でも、私…」
「あ…やっぱり可愛すぎたかな?」
少し照れ気味に輝李が笑うと瀾は大粒の涙を流し、子供のように泣き出した。
「な、瀾ちゃん?」
輝李が心配そうに顔を覗くと、瀾はグスグスとまるで小さな子供のように手の甲で自分から零れる雫を拭っている。
「どうしたの?やっぱり迷惑だった?」
少し困ったように輝李が聞くと、瀾は大きく首を振った。
「グス…私、人からこんなに優しくしてもらったの【初めて】で…
嬉しくて…そしたら、ヒック…何だか…急に…ヒック」
そんな瀾を後から優しくギュッと抱き締めると、柔らかに言葉をついた。
「この部屋は瀾ちゃんが元気になって、また帰って来れるように用意したんだ…。
今は仮退院だけど、ちゃんと退院したら、また僕と一緒に居てくれないかな?」
その言葉に、声に…
瀾は、さらに大粒の涙を止める事が出来ず精一杯頷いた。
輝李は瀾を抱きしめ、コツンと肩に頭を乗せるとニッコリ頬笑んだ。
「な~みちゃん♪」
優しく微笑む輝李は、瀾には天使のような少年の王子に見えた。
フワリと柔らかい笑顔と鳥のさえずりを思わせる優しい声。
いつも瀾を気遣い、手を差し伸べてくれる。
いつしか、瀾の不安は輝李への安心と安らぎに変わっていった。
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翌日も授業を終えた輝李は、瀾の入院する病室へと向かった。
昨日のせいだろうか、二人の間には重苦しい空気が流れる。
いつもと変わらず瀾の体を拭き、輝李が果物の皮を剥いている時だった。
瀾が恐る恐る小さく口を開いた。
「…もう…ここには来てはくれないと思っていました」
「…どうして?」
「…だって、昨日あんな事があったばかりだし。
私、輝李さんに嫌われてしまったと思って…」
「そんな事ないよ」
瀾の瞳は弱々しく、まるで捨てられた子猫のように怯え、輝李の顔色を窺うようだった。
「…どうして私なんかに、そんなに親身になって優しくしてくれるんですか?」
「…どうして?
僕が瀾ちゃんにこうしている事に理由が必要?」
その言葉に瀾は、聞いてはいけない事なのだろうと少し俯いた。
そんな瀾の頬に輝李は、そっと手を添える。
「強いて言うなら僕がそうしたいからだよ。
瀾ちゃんにとって、それは迷惑?」
瀾は、涙目に子供のように思い切り首を振る。
「クス、良かった♪」
そう言うと輝李は、瀾の頬に優しくキスをした。
瀾も少し恥ずかしそうに笑顔が戻った。
「最近、身体の調子はどう?」
「よく…解りません」
輝李の質問に少し顔を曇らせて瀾は俯いた。
「…そっか」
そう簡単に治るわけがない。
半月も目を醒まさず、意識が戻れば錯乱を起こしていたのだ。
しかし、懸命な輝李の看病と見舞いによって、いくらかは落ち着いてきているようだった。
「ねぇ、瀾ちゃん」
「はい?」
「体調も少しずつ回復してきているってドクターも言っていたし、ほんの少し仮退院して僕と一緒に過ごしてみない?」
「え?でも…」
「ずっとこんな所に居たら気も滅入るでしょ?
たまには外の空気でも吸って、お散歩しようよ。
僕のマンション、ここから近いし具合が悪くなったら、すぐドクターに見てもらえるから♪」
「…ご迷惑じゃないんですか?」
そんな瀾の言葉に、輝李はニッコリと笑顔を返す。
「クス。迷惑なら自分から、こんな事言わないよ♪
聞けば瀾ちゃん、お世話に成っていた家の記憶に無いみたいだし、家族ももう居ないって…
あ…ごめん、でも同情とかじゃなくて僕が一緒に居たいんだ」
とても優しく響く輝李の言葉。
瀾の胸は、毎日不安と恐怖に苛まれていた。
そんな時に絶妙なタイミングで輝李の言葉は、いつも瀾に光をさしてゆく。
しかし、輝李は言葉と同時につい先日のドクターの言葉を思い出していた…───
「仮退院…ですか?」
「そう」
ドクターは少し顔を曇らせ息をつくと静かに口を開いた。
「あまりお薦めはできませんね」
「体力も回復してきているんでしょ?
最近は、激しい依存症状もないと言っていたよね?」
「はい…確かに輝李様の看病のお陰で薬への依存症状は落ち着いてきています。
ですが…」
「他に何か問題があるの?」
「野中 瀾さんは、夜中になると院内を徘徊する時があるんです」
「夢遊病って事?」
「…はい。ただ原因が解らないんです」
「原因が解らない…?
薬の後遺症じゃないって事?」
ドクターは小さく頷くと輝李を促した。
「原因が解らない以上、院内から出すのは危険かと…」
「…そう。なら僕が見て確かめる」
「どんな事が起こるのか、保証は出来ません!!」
「僕のマンションは眼と鼻の先だ。
それに、あそこには8-のメンバーしかいない。
何かあれば、すぐにドクターの所に連れてくるから」
輝李の強い意志と8-のトップの命令にドクターは少し考え込むと仕方なく了承した。
「どうなっても知りませんよ。
それと…」
「解ってる。
ちゃんと報告はするよ」 ────
「どう?瀾ちゃん、考えてみない?」
「……」
輝李の言葉に瀾は、少し俯いた。
「やっぱり…無理言っちゃったかな?」
「そんな…。凄く嬉しいです。
ただ…少し怖くて…。
でも、輝李さんがそう言ってくれるなら私、頑張ります」
「クス、頑張らなくていいんだよ。
無理強いはしないから」
瀾は、大きく首を振った。
「私もこのままじゃいけないって思ってましたから…」
「じゃ、決まり♪
僕、もうすぐ夏休みだから、休みに入ったら一緒にマンションに行こう♪
…ずっと一緒にいるから」
「はい…」
輝李の言葉に瀾は、弱々しくはにかんだ。
夏休みが来る頃、いつもの様に帰宅の前に病院へと向うと、瀾は心なしか浮かれているように見えた。
「瀾ちゃん、迎えに来たよ」
「輝李さん♪」
瀾は、前日に輝李の用意した服を身にまとい、病室のベッドの前でモジモジとし、俯きながらチラリと視線を送る。
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「ホ、ホントですか?」
「うん。もちろん」
ニッコリと笑う輝李に瀾は、恥ずかしそうに少し頬を赤らめた。
マンションは、本当にすぐ近くにあった。
歩いて10分程の距離は、リハビリにはちょうど良い。
オートロックの立派なマンションに瀾が戸惑っていると、輝李は瀾の手を取りニッコリと笑顔を送る。
部屋に入ると、またしても瀾はあまりの広さに目を丸くした。
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立派なベッドに可愛らしい家具やレイアウト。
その部屋に圧倒され、瀾は思わず息を呑んだ。
「瀾ちゃんの部屋だよ」
「え…でも、私…」
「あ…やっぱり可愛すぎたかな?」
少し照れ気味に輝李が笑うと瀾は大粒の涙を流し、子供のように泣き出した。
「な、瀾ちゃん?」
輝李が心配そうに顔を覗くと、瀾はグスグスとまるで小さな子供のように手の甲で自分から零れる雫を拭っている。
「どうしたの?やっぱり迷惑だった?」
少し困ったように輝李が聞くと、瀾は大きく首を振った。
「グス…私、人からこんなに優しくしてもらったの【初めて】で…
嬉しくて…そしたら、ヒック…何だか…急に…ヒック」
そんな瀾を後から優しくギュッと抱き締めると、柔らかに言葉をついた。
「この部屋は瀾ちゃんが元気になって、また帰って来れるように用意したんだ…。
今は仮退院だけど、ちゃんと退院したら、また僕と一緒に居てくれないかな?」
その言葉に、声に…
瀾は、さらに大粒の涙を止める事が出来ず精一杯頷いた。
輝李は瀾を抱きしめ、コツンと肩に頭を乗せるとニッコリ頬笑んだ。
「な~みちゃん♪」
優しく微笑む輝李は、瀾には天使のような少年の王子に見えた。
フワリと柔らかい笑顔と鳥のさえずりを思わせる優しい声。
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いつしか、瀾の不安は輝李への安心と安らぎに変わっていった。
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小説が音声と映像で流れ出す!?
厳選されたCV達がお送りする臨場感!!
YouTubeにてボイスドラマ公開中!!
★アールグレイの月夜(YouTube版)
https://www.youtube.com/playlist?list=PL0mziGmecVSUVpSKdpmNMNom6F3FWffNL
★アールグレイの昼下がり(YouTube版)
https://www.youtube.com/playlist?list=PL0mziGmecVSXcYllzM7PGJbwUaHxBfz0L
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★アールグレイの昼下がり(YouTube版)
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