【R18】アールグレイの月夜 ー双子の妹・輝李編ー

Silence

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それぞれの想い

それぞれの想い3

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きのとに手を引っ張られ連れられるまま、裏庭から薔薇園に移動する。
手が離れ、そのまま背を向けている乙に、輝李きりは途端に食って掛かった。

「何で止めたのさ!!」

しかしその反面、輝李は表情に出さず、ずっと何かに怯えていた。

『…乙の気配に全く気が付かなかった。
この僕が…
乙は、いつも僕の一歩前を行く。
あのも、レッスンも…
苦痛も…だって…
いつも僕を置いていく。
いくら髪を切ったって…
乙の苦痛の半分を背負ったって
僕は、乙の隣には追い付けない…』


片手をポケットに入れ、乙は静かに口を開いた。

「…自分の手の内は最初に見せるものじゃない」

微かに届く静かな乙の言葉。

『乙は、いつからあそこに居たんだろう…。
もし…ずいぶん前から居たのだとしたら…』

輝李の胸にズキンと不安と恐怖が胸を鳴らした。
そんな心情を乙の悟られまいと、輝李はいつもと変わらず明るく振る舞った。

「あ、そっかぁ!!そうだよね♪
もっと楽しまなくちゃね」

ユラユラと体を揺らし楽しそうに笑う輝李に乙は、

「ああ…そうだな…」

と、静かに答えると輝李に向きを変え、手の甲を飛ばした。

パシッ!!!!

「ウッ!!」


一瞬、時がスローモーションのように流れ、サァーと吹いた風に薔薇の花びらが二人の間を流れてゆく。

「…二度とこんなマネはするな。
…次は無いと思え…輝李」

立ち去る乙を輝李は頬を押さえ、見送るしかなかった。

「…乙が…僕を叩いた…」


『やっぱり乙は、聴いていたんだ。
僕とアイツの話を…
鈴音の消息を…。
それはだと…
知って…しまったんだね。乙…』


輝李は校内を歩きながら、ずっと乙の事を考えていた。

『きっと乙は、僕を二度と許してはくれないだろう…。
例え、どんな理由があったにせよ、愛し合っていた2人を僕は引き裂いたんだ…。
当然の報いだ。
そして、を乙は知らない。
言ったところで今さら、どうにかなるものでもない…』

きのとに打たれた頬がズキズキと痛む。
それは胸の痛みなのか、頬の痛みなのかさえ解らなくなる。
輝李きりが俯きながら廊下を曲がると、誰かとぶつかった。

「アッ!!」
「っと。」

それは乙のクラスメイトの神流かんなだった。
不意に輝李は視線を反らし、静かに口を開く。

「あ…ごめん…」
「!!」

俯く輝李のその頬は赤く、少し腫れていた。
神流は、立ち去ろうとする輝李の腕を無意識に掴む。

「…輝李ちゃん…?」
「何…?僕、少し急いでるんだ…」
「あ…いや、何でもないんだ…」

そういうと神流はスッと手を離した。
今にも泣きそうな顔をしていた輝李を見送ると、小さく溜め息をついてその場から立ち去った。

『例え…乙に嫌われてしまっても僕には、まだやる事がある。
もう…引く事は出来ないんだ…。

乙の笑顔を守るためなら…
僕は…』


輝李きりは、午後の授業を受ける事なくなみの入院する病院へと向かった。
見舞いに行くたびに繰り返される情緒不安定な瀾の言葉…

『何で僕は、こんな奴を助けたんだろう…』

そんな事を思いながら瀾の身体を拭き、物思いに耽っている。
乙が、初めて自分に手をあげた。
あの時の事が頭から離れてはくれなかった。

「今日も、何も思い出せない…。
私…いつまでこんなに苦しまなきゃいけないの…?」
「……」
「…輝李さん…私、どうしたら良いのか解らなくなるんです」
「……」
「ねぇ…、輝李さん。
いつもみたいに答えて…。
私!!どうにかなってしまいそう!!
ねぇ!!輝李さん!!」
「うるさいなぁ!!!!」
「!!!!」

なみの言葉に輝李きりは、急に苛々と声を荒げると瀾はビクッと身体を跳ねさせ俯いて、その瞳には涙を貯めていた。

「…ごめんなさい…」
「…いや、ごめん…。
少し疲れてるんだ…」
「…私のせい…ですよね…」
「…そんな事ないよ…」
「でも…」
「違うって言ってるだろ!!」
「!!!」

再び、輝李の荒い言葉が飛ぶとビクッと怯え瀾は黙って俯いた。

「…ごめん…」

それだけ言うと輝李は病室を出て行った。


8-エイトアンダーの業務をこなし、マンションに帰り食事を済ませ、お風呂からあがると、すっかり夜も耽っている。
ベランダの大きな窓には、月が霞み柔らかい光を部屋へと運んだ。

《「…二度とこんなマネはするな。
…次は無いと思え…輝李」》

不意にきのとの言葉が輝李きりの胸を刺す。
窓越しから見える月を見上げ、思わず輝李は打たれた頬に手を添える。
頬の痛みはもうない。
しかし、その胸に刻まれた痛みは消える事はなかった。
輝李は小さく言葉をついた。

「乙も…同じ月を見てるのかな…?
きっと、もう乙は僕に微笑んではくれないんだね…」

寂しそうに月を見つめるその瞳から、一筋の痛みの欠けらが輝李の頬を撫でて舞い降りていく。

「…乙…」

月に問い掛けるように…
その愛しき名を呼ぶと目を伏せて、輝李は寝室へと消えていった。 
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