【R18】アールグレイの昼下がり ー双子の姉・乙編ー

トリプルゲーム

トリプルゲーム1

【『ｱｰﾙｸﾞﾚｲの月夜』章 トリプルゲームとリンク】



瀾なみは粗方の荷物を纏め終わると、教科書とノート、筆記用具を持って、乙きのとのいるメインルームへとやってくる。

造りは輝李きりの居た部屋と変わりはないが、主の違う部屋はどことなく雰囲気も違うものだ。
怖ず怖ずと立ち尽くしてしまう。
そんな瀾に乙は、穏やかな表情を向けた。

｢そんな所で何しているんだ？｣
｢あ、あの!!えっと…
野中 瀾です！
い、１週間よろしくお願いします！！｣

乙の声に思わず慌てて深々とお辞儀をすると、緊張気味にギクシャクと答えてしまう。
そんな瀾に乙は微笑ましく柔らかい表情を浮かべていた。

｢ｸｽ…知ってるよ。
堅い挨拶はいらない｣
｢…は、はい!!｣

そうは言われても、つい堅くなってしまう瀾に乙はつい笑みが零れる。

｢さぁ、そんな所に立っていないで、こっちに座れよ｣
｢は、はい!!」
｢ｸｽｸｽ…｣

ソファーに向かおうとした瞬間、瀾の脳裏には誰かの口元と、言葉がまた掠めたのだった。


《｢堅苦しい挨拶なんかいらないだろう？
これで充分だ♪｣》


『また…』


つい足を止めた瀾に乙が口を開く。


｢野中、どうした？｣
｢あ、いえ!!｣

瀾はハッとすると、急いでソファーに向かう。
瀾がソファーに座ると乙は、まず数学の教科書を開かせる。

｢今は、どの辺の課題をしているんだ？｣
｢えっと…この辺です｣

緊張気味に答える瀾に、乙は続けた。

｢それで野中は、どれが解らないんだ？｣
｢……ぇっと…｣

乙の言葉が耳に入ると途端に瀾は俯き、か細い声に顔色は曇っていく。

｢野中？｣
｢……ぇ…っと…｣

見ると瀾の顔色は、見る見る青ざめていく。
乙は、少し考えると口を開いた。

｢野中、合宿のために学院から今回のテストの成績表が出ていただろう。
見せてくれないか？｣
｢は、はい…｣

瀾は、陰を落としたまま荷物のある所から成績表を持ってくるとソファーには戻らず、乙の座る隣に俯いたまま立ち尽くしていた。

｢…これは…｣

瀾の成績表を見た乙は、無意識に思わず声を洩らしてしまう。
瀾の成績は赤点どころか、それ以下だったからだ。

｢…ご……なさい…｣

微かに聞こえた小さな声は、震えていた。
チラリと隣を見ると瀾は俯いたまま、スカートの裾を両手でギュッと掴み、その手の甲にポタリと滴が佇んでいた。
乙は、目を伏せると成績表をテーブルに置き、ソファーから立ち上がると少女の前に近付いて頭を撫でた。

頭に乗った乙の手の感触…。
呆れられてしまうと、軽蔑されると思っていた。

｢野中…授業、楽しくなかっただろう｣


しかし、目の前の声は意外にも優しく響いていた。
その包むような声は、プルプルと体を震わせ耐えていた瀾の雫を雨に変えた。

今まで、そんな事を言ってくれる人間は居なかった。
授業にも全く着いていけず、指されても答える事が出来ない歯痒さと、言葉に出さずともクラスメイトや教師から浴びせられる冷たく迫害された視線。

そんな中で唯一、側で笑ってくれていたのは輝李だけだった。


しかし実際は、学院で輝李と居ても、取り巻きから浴びせられる痛い視線は嫉妬と、クラスメイト達と同じ軽蔑すら感じる針のようだった。

瀾の中で、ずっと溜め込んでいた何かが、自分を卑下する者も誰も居ない空間で弾けたのだ。


ヒクヒクと激しく引き付け泣く瀾を、乙は撫でていた頭を胸に引き寄せ、その雨が晴れるまで頭を撫でていた…。