【R18】アールグレイの昼下がり ー双子の姉・乙編ー

Silence

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ジッと見つめる乙の瞳は、真っ直ぐに瀾を捕える。

「踊ろう」


意外な乙の言葉。
パーティー…てっきりこの場で、そんな雰囲気に成るのかと思っていた瀾は、その言葉に動揺を隠せずにいた。

「あ…でも、私ダンスなんて…」
「大丈夫、俺がリードする。
さぁ、おいで!!」

グイッと手を引かれ、甲板まで連れていかれると丁度12時の時計が鳴いた。

…1回…2回…3回…

…11回…12回…



瀾の脳裏に一瞬、誰かの口元と小さな言葉が流れた。


《「シンデレラみたい?」》


温かく優しい言葉。


『貴方は…誰…?』


小さな頭痛が一瞬、瀾をチクリと刺した。
甲板には、緩やかな時を刻む音楽が包んでゆく。
乙は、瀾の腰に優しく手を添えると自分のもとへ引き寄せた。

「あ…///」

小さな一歩が乙に寄り添う。
そして目の前の紳士のリードは、瀾を華麗に躍らせる。

柔らかな瞳…。
普段の乙からは、垣間見ることがない表情。

「…私…踊ってる…」
「ああ…」
「あ…///」

瀾の言葉に目の前の紳士は、微かだが柔らかに微笑んでいた。
初めて見せる乙の笑顔…。
穏やかで…包まれるような。

潮の微かな香りと乙の温かな体温に、ほのかに香る香水の調べと共に瀾の鼻孔は満たされていく。

「…ずっと、こうして踊りたかった」
「…え?」
「野中と…」
「先…輩…」

間近に見える乙の顔は、穏やかながらも少し寂しそうな印象を受けた。

「野中…」
「…はい?」
「上、見てごらん」

優しくついた乙の言葉に、瀾が空を見上げると…

その瞳に飛び込んできたのは、明かりの少ない夜空にちりばめられた満天の星達だった。

「うわぁ~…」

ため息にも似た歓喜の声は、少女の表情すら眩しく照らしだす。

「綺麗…///」
「ああ…」

くるりと回る少女は月光のスボットライトに照らされ、星達のアクセサリーを身に纏い、まるで月夜の妖精のように乙には映った。

ダンスのリズムに、また乙の元へ戻って来ると乙は瀾を抱き締めた。

「あ…///」
「野中…」

乙の頭は瀾の肩にもたれ、耳元でその声を奏でる。

「一つだけ…俺の願いを叶えてくれないか…」
「…お願い、ですか?」
「ああ…俺の名を…呼んでくれないか?
…乙と…」

キュッと抱き締められた腕の中で瀾は、小さくその名を呼んだのだった。

「…乙…さん…」

その響きに乙は暫くの間、瀾を強く抱き締めていた。


やがて肩が冷えてきた瀾を気遣い、乙は自分の部屋へと案内する。


「悪い…体が冷えてしまったな」
「いえ…」
「浴室…温めておいたから着替えて来ると良い。
今日は泊まっていけよ…。
どうせ輝李の部屋には入れないんだ…」
「ありがとう、ございます…」

瀾は、少し申し訳なさそうに目を反らすと、一礼をしてバスルームに向って行った。

ホコホコと顔を蒸気させて風呂からあがった瀾をベッドルームに案内すると、二つある内の一つを貸し与えた。

乙が、ベッドルームから出ようとすると瀾が心配そうに口を開く。


「あの…」
「…何だ?」
「ベッド、ありがとうございます」
「ああ…」
「それと…先輩は…?」
「俺は、もう少ししたら寝るから、先に休んでいるといい。
疲れただろ…」
「はい…ありがとうございます」

フッとクールな笑みを見せ、ベッドルームを出たが、乙が瀾と同じ部屋で寝る事はなかった。
メインルームのソファーに横になり、目を閉じる。

今夜は乙にとって、つかの間の幸せな夜だった。



しかし…
やはり運命は、乙に容易に安息を与えてはくれなかった…。
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