【R18】アールグレイの昼下がり ー双子の姉・乙編ー

DOLLオークション

DOLLオークション１

ある朝…静かな朝の光が差し込む中。
シュル…シュル…という音だけが響いていた。

焦げ茶色の髪がブラシの森を静かに流れていく。
透き通る様な肌に、ビー玉のように鈍く霞み光る瞳。
その柔らかな唇には桜のルージュがひかれた。

｢…瀾なみ…｣
｢………｣

乙の声に反応する事もなく瀾なみの瞳は、その向こうの壁を見つめるだけ。

乙きのとは、瀾なみの唇に最後のキスをした。
瀾にメイクアップを誰にも手伝わせる事無く施した。
もう、二度と自分の意志で動く事のない瀾をしばらく見つめると、光の鈍い瞳にポツリと呟いた。

｢ごめんな…｣
｢……｣

それだけ言うと、乙きのとは部屋を後にする。
開かれた別館の部屋のドアの外には今井が待っていた。

｢もう…よろしいんですか？｣
｢…ああ。後は、よろしく頼む…｣
｢…かしこまりました｣

今井は深々と一礼をすると乙きのとを見送った。


乙きのとが出ていった後、光を失い既に自由に動く事のない部屋の中の人形の瞳から、雫が一滴ポタリとスカートの上に落ちた。

｢…き…のと…さ…ま…｣

ゼンマイの切れかかった人形のような表情に途切れ途切れに無意識に出た瀾なみの言葉に気が付くものは、誰もいなかった。


壊されてしまった瀾なみの表情は、乙きのとの瞳に焼き付いて離れようとはしなかった。
別館からの長い道程を屋敷に向かい歩く。

部屋に戻ると、深いため息を吐いてソファーに座り込み天井を仰いだ。

『輝李きりはいつから日本に帰ってきていたんだ。
しかも屋敷に戻って来たのは数日前の一度きりのはず…。
一体どうやって俺付きのメイドになった瀾なみの存在を知る事が出来たんだ…？』

そんな時、乙きのとはフッと、ある事を思い出した。

｢…８エイトアンダーか…｣

もしも、リアレインがこちらに来た時に８エイトアンダーだけではなく、輝李きりも来ていたとしたら…？
そして、編入先の妨害…。
あれがもし、輝李きりの仕業だったとしたら…？

｢それなら調べても何の痕跡が出て来ないのも頷ける｣

乙きのとの中で、今までの不可思議な事が繋がり始めた。