哀夜の滅士

兎守 優

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2 罪の正体

38 交われない

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「えー、と。お二人さん、縁結びのために来たんじゃなくて?」
 控えめに出てくる郁に対して、成清なるせは弥生堂の中から堂々と姿を現して言った。
 界人は目をぱちくりと動かし、成清なるせを見やった。
「あなたが縁の見える方、ですか?」
 「まぁ、そうだな。ルカオと陽惟さんのも仮だけどやったことありますし」と成清なるせは髪をかいた。
成清なるせくんの手は煩わせないよ。私たち、本縁は結んだんだ」
 「えぇ。旭さんとセッ」と言おうとした界人の口は旭に塞がれる。

「界人、お義兄さんになる人とも少しだけ話してきなさい」
 「大丈夫。立華いや、今は月見先生か。彼がいる間は監視の必要はないからさ」と旭にぎゅうぎゅうと背中を押され、郁に「どうぞ」と覆いを上げられ、界人はあれよあれよと弥生堂に吸い寄せられていく。
 押し入れられるがまま、界人が居間に顔を出せば、「おそと」「おそと、いく!」と双子に引っ張られ、彼らの相手に苦戦している充の姿があった。「お義兄さん……いえ、陽惟さんは」と界人が問えば、「に、二階だ」と充は双子に手を焼きながらも答えてくれた。
 階上から突然、ピョーンと白いふさふさしたかたまりが飛び降りてくる。界人は驚いて倒れかけた。
 「コラ、もち丸ですね。郁のところへ行っていなさい」と二階から声が飛んでくる。「またあとでね」と界人はもち丸をなでてから、階段を上った。

 わずかに戸のすき間が空いていた部屋から、界人は呼ばれた。戸を引けば座っているのは陽惟、一人だけであるのに、界人は妙な圧迫感を覚えて、かしこまった。
 心がバラバラにされるような不安を感じて、彼は努めてゆっくりと腰を屈め、席に着いた。

「さて界人さん。手短に。不意の出血に見舞われ、困っているのではありませんか?」

 界人の心がそろう前に、相手は話を切り出してくる。
「あなたは過去に一度、ざかで、当時の刑士長だった水無月和枝さんによって、やみいの刀で縁を斬られています。そして」
 界人の浮遊する心の破片に、剥き出しの事実が突き刺さる。

「あなたはホーリーヘアが出現したさい、ご自身の意思でやみいの刀を使い、縁を斬っています」
 刺さった箇所から赤い液体が細長くツウと伸びて落ちていく。

「言ってしまえば、あなたは縁を結べる状態ではありません」
 流れ出た赤い縁の落ちた先は途方もない闇だった。落ちていく縁を真下の闇が食らい続け、左右に飛び散る縁の先までもが鋭利に尖ってざらついていた。

「縁を結ぼうとすればするほど、体が拒絶を起こしてしまう。吐血以前に、心当たりがあるのではないですか?」
 暗闇の中、どこに寄る辺もない。手を伸ばしても、傷をつけることしか叶わない、交わることを拒む、荊の縁。目の前が暗くなり、界人は空おそろしく、胸を押さえた。

「夏になると……微熱で動けないことはありました」
 己の罪を激しく呪う。強い戒めと後悔の念が、界人の中で渦巻く。
 郁を救いたかった。どうしても。
 未来の幸せを投げ出すことになっても、それでいいと。
 幸せを捨てた自分が、愚かしくも旭さんと生涯の縁を結び、これからの幸せをともにしようとしている。
 許されることではない。縁を結んでいられない自分は、早く寿命が尽きてしまうだろう。長い人生をと思っているであろう、旭さんの幸せを自分は踏みにじってしまう。
「縁を拒絶する状態のあなたでも、縁を結べる方法はあるにはあります」
 界人は顔を上げかけた。

「呪いによって繋ぐ方法です」

 それはと言いかけ、打ちひしがされ口を噤んだ界人に、さらなる絶望がのしかかる。
「ですがあなたの、縁を拒絶する力はとてつもなく強い。あなたにその力を跳ねのけるだけの、思いや意思、ときには怨念めいた執念が必要になります」
 陽惟の厳しい言葉が、途方もない傷を抱えこんだ界人の中に染み入っていく。

「必要になったらまたたずねておいで。私たちはもう家族なんですから」

 界人は「ありがとうございます」と頭を下げてから、顔を上げた。目は伏せたまま、陽惟の話の続きに耳を傾ける。
「郁くんは不浄のだと明らかになりましたが、本来なら縁の結べない私たちも、子を成すことで、わずかな間でも、縁を繋げたような心持ちがいたします」
 うらづきにだけ見られる、生来から呪われた者。郁は生まれながらとして、内々に粛清される運命にあった。
 母もであった。ゆえに、うらづきの極刑、河流しに処された。である母の同じ腹から生まれた自分は、郁が背負った過酷な運命を一欠片でも、先に持って生まれてこなかった。

 「同じ母さまから生まれたのに、僕はではなかった」と界人の口からこぼれ落ちる。
「確かに。あなたと郁のお母様であった、ながつき志希さんは、五月雨色葉──不義のでした。うらづきの者と不義のの間には必ず、が生まれる、そう信じられておりました」
 「もしそれが本当なのだとしたら」と続く陽惟の言葉に、界人は心を奪われる。
「あなたのお父様はうらづきの方ではないのかもしれませんね」
 母の待ち人、それは界人の本当の父親だと。確信が、彼の中に膨らんでいった。
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