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5 君がくれた名前
51 癒えぬ傷を抱いて
しおりを挟む新雪の候はとうに過ぎ、地面や外壁に霜が降りる日々が続く。暖房の効いた室内、ベッドで上体を起こした界人の前で充は項垂れていた。
「俺は昔、人の行いに外れる行為を働いたんだ」
充の罪。彼はまるで懺悔のように、自分の過去を話し出した。
「本縁を結んだ相手が俺の目の前で死んだ。血塗れになって倒れて」
膝で握りしめられた充のこぶしは震えている。
「俺は夢中になってその血をかき集めて啜った。そうすれば彼をこの身にとどめておけるなんて、馬鹿げた妄想を抱いていたんだ、きっと」
そうか。この身を捨てて、捕らえようとして絡みつく全ての穢れを引き剥がしてでも、手を伸ばし続け、離れなければ良かったのだと。
「我に返って、自分の浅ましさにひどく苛まれた。それから血も刃物も受け付けなくなった」
この肉体も、思考も、過去も。すべてを剥いで身軽になって、流れに逆らえたのなら、きっと、ずっとそばにいられたかもしれない。
「愛した人をきれいなまま送ってやれたらどんなに良かったか。どうして俺はこんな醜い」
「充」
できやしなかった自分の後悔を断ち斬るように、界人は呼び止めた。充は言葉をそこで切ってから、「俺は」と言う。
「縁の薄い者が縁を結んだ相手に死なれてしまったら、縁は切れてしまうと思っていた」
「僕も、縁が切れてずい分時間が経ったが死なない」
「俺も、死ぬ。そう思っていた」
界人が縁を結んだはずの布施旭は、死んだ。結ばれた縁の先がぷつりと切れて、もうない。
縁の切れている状態で学園に連れてこられた界人には、本縁の相手を失ってしまっては、もう生きる術がない。
「昔、俺の縁はとても短かった。繋いでくれた人がいた」
充の生来からの縁の状態が、界人と同じなのだとすれば。
「もうその人はいない」
充はもうとっくに死んでいるとこになる。
「今でもその人ことを思っている。ずっと、ずっと」
彼は言った。確かな口調で。
「だから、縁は想いとして残っているんじゃないかと俺は思う」
界人に想いがめぐる。
癒えない痛みを覆いかばうには、幸せでは足りない。過去の痛みを塗り替えるには、より強い苦痛が必要だと気づいてしまった。
だから、傷を残した。二度と癒えることない、疵を。
たとえその痛みが身を裂こうとも、忘られない。離れられない。
「俺は本当は月見満月と言うんだ。裏月の葉月の生き残りなんだ。俺は兄の竜生と縁を結んだ。そして、その兄を成清家との戦いで失った。成清家の次期当主、ハツキくんをそそのかし、その惨劇を引き起こさせたのは、俺の父親だったんだ」
充は傷から解放されたように、少しだけ顔を上げた。界人は胸に痛みを感じたが、顔を上げていく彼には笑いかけていた。
胸の痛みに、作った笑みが染みる。心はもうそこに。切れてしまった数多の縁が、檻のように、心を包みこんで捕らえて離さない。心臓を囲む管のように、臓器を守る骨のように、絡みついて閉じこめて離れない。
孤高であることを強いる支配の血が、何人による支配も許さないと、絡みつく縁を切り刻んでしまう。
増えていく痛みと苦しみ。その縁は罰となって刻まれ続ける。
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