哀夜の滅士

兎守 優

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4 愛が冷えた夜

46 呼び声

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 廊下に人の姿はない。声がしているのは、向かいの部屋、ゆうせい実希みのりが過ごしている部屋からだった。
「おい、ゆうせい、どうし……」
実希みのり!」
 界人は駆け寄り、揺すったが、実希みのりは目を開けたまま、全身を硬直させていた。
「わかんねぇよ、いきなり倒れたんだ」
 ゆうせいは頭を抱えていた。
 動かなくなってしまった実希みのりを抱き上げ、界人はソファーに移して気づいた。

じゅの痕跡がある……」
「言ってくれ、永野」
 界人は顔をしかめながら答えた。
「旭さんのものだ」
 充は途端に背を向けた。

「行くぞ、永野」
ゆうせい実希みのりを見ていてほしい」
 界人はそう頼んで、充のあとを追った。
「誰かに知らせた方が」
「いや、まだ救える。知らせるに適任な暮葉先生は今、うらづきの関連施設の結界を張り直しに、出張に出ていてどの道、頼れないし、人を殺めている可能性がある以上、特に刑士団に知らせれば即処刑だ」
 廊下で充は界人に告げる。
「俺たちだけでやるしかない」
 向かうは旭の部屋だ。

かげきりとう泥棒に遭って以降、刀の持ち出しが厳しく管理されている。だから、じゅで防御と拘束を行うしかない」
 一瞬ためらったのち、充がドアを破れば、旭の部屋はいとも容易く人を通した。二人で部屋中を探したが、旭の姿は見当たらない。
 界人はじゅを使い、旭の形跡を辿ろうと試みて、続く跡を見つけた。
「刀を調達する方法、一つだけある」
 界人が形跡を辿り、充とともに向かったのは、白秋寮だ。旭の痕跡はその中へと続いていた。
 先へ行こうとする彼を充は止めた。
「今だから全て話す。白秋寮の教員は全員、不自然な死に方をして、この寮は閉鎖されているんだ」
「でも、旭さんはここを通っている」
 界人は白秋寮の奥を見つめた。闇が脈打ち、呼んでいる。

「奥にあるよ、あの刀が」
 奥の暗がりから、えんが手を伸ばし、しきりに呼んでいるのだ。
「永野、まさか、それは人の縁を斬る、最悪な刀だぞ!」
「使ったことはある。この刀は使用に耐えうれば、斬る縁を選べる。かげきりとうを容易に持ち出せない今、悪縁を斬るにはこれしかない」
 界人は白秋寮へ足を踏み入れる。旭の跡は奥の部屋に続いていた。
 奥の部屋は閉ざされている。
「紅葉寮の開かずの部屋を再現したようで恐ろしいな」
 震える充を界人は横目で見た。「もし、僕のこの力が試されているのだとしたら」と界人は小さく口にしてから、言った。

「あけ」

 ないはずの風が吹いて、扉が弾け飛ぶように開いた。
「充は自分にありったけの守護符を」
 「それからこれは僕の、ないよりはマシだと思う、結界術だ」と界人は右手を差し向け、充に念を飛ばした。
 目の前には台座の上で、渦巻く漆黒がある。
 界人はそれに近づいた。闇が大きく収縮する。
 彼が触れると、渦を巻いていた闇は形を持ち、やみいの刀となり、彼の手に収まった。

「台座の下、不自然に動かされた跡がある」
 彼は迷わず、「通せ」と口にした。台座が動く。じゅで練った明かりで足元を照らせば、そこには穴があり、下へと道が続いていた。
「ここからは一歩先を照らせる最低限の明かりだけで。僕が痕跡を追うから、会話はなしだ」
 ぎゅるぎゅると手元で歪な音を立てるやみいの刀に、「僕がいいと言うまで干渉するな」と小さく告げれば、奇妙な音が収まっていった。
 坂を下りて行けば、通路に出る。そのまま一本道の地下通路を延々と進み、界人は立ち止まった。
 天井が幾分か高くなり、空間が開けた。

「いる。気をつけて」
 小声でうしろの充に告げる。闇が動いた。
「やぁ、君か」
 途端に、周囲に明かりが灯る。歪む道の向こうに、いつもと変わらず、笑う旭がいた。

「ねぇ、界人」
 もう彼の術中だと界人は身構えた。
「君の本当のお父さんはね」
 刀を振ろうとした界人の動きが遅れた。

かいどういくひとだ」
 一瞬の動揺。斬撃が界人の上半身を斜めに切り裂く。
「ぐぁ、しま、った」
「終わったね。お疲れさま」
 結界術の補正が間に合わない。血しぶきが舞う。充の視界に、それがはっきりと映り、その瞳が怯えで染まった。

「ち、血が、血、界人、血が」
 充は背後で異常に声を震わせはじめ、ドサリと座りこんでしまった。
「みち、る。頼むからしっかり」
「無理だよ。充君は血がトラウマなんだから、もう動けやしない」
 旭がクスクスと笑う。界人はガタガタと震える充から目を背け、彼に背を向けた。
「充。行け」
「だ、めだ。置いていけ、ない」
「誰か、呼びに。行け、充!」
 弾かれたように、充は土を蹴り、走り出した。
 足音が消え、界人の荒い息づかいだけが場を満たす。旭の顔は歪み、恍惚とした笑みを浮かべていた。

「いいなぁ、いいなァ。妬いちゃうなあ」
実希みのりの呪いを解いて欲しい」
 別人のようにニタリと笑う旭を界人は表情を殺し、見つめ続ける。
「それは無理かな」
「どうして」
「解呪の条件が、旭の死だから?」
 旭は舌を出して、首を傾けて、ヒヒヒとあざ笑う。

「まだ戻れます、旭、さん」
「君、僕が発症者じゃないって、わかってる口だなァ」
 ブンッと旭の刀が空を切った。
「その状態じゃあ、やみいの刀は万全には使えないね。防戦一方がいいところじゃない?」
 「ふふ、うふふ」と一人で彼は愉快げに、刀を宙に回して遊ぶ。
「まぁ、そんな深くは斬ってないよ。二人きりで殺し合いがしたかっただけだから」
 「せっかくだからダンスフロアにすれば良かったかな。一曲も踊れなかったし。でも、こっちの方が君と思い出の場所だしいっかー」と旭は手を広げ、ひとりごとを並べている。

「あなたはもう終わりだ」
「ねえ、わかってる? 界人」
 空間がねじれた。場所の形が変わっていく。
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