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2 罪の正体
34 結べぬもの
しおりを挟む界人は実習生として充の元で教育を学ぶ傍ら、志葉と行動をともにすることも増えた。界人の生活は多忙を極めていたが、当の本人は疲れなど見せず、充から見れば彼はますます生き生きとして見えていた。
「永野、お前。旭さんと縁を結ぶ気、ねぇだろ!」
いきなり乗りこんできた雄生が目を血走らせて、界人の胸ぐらを掴んだ。
「何してんだよ、雄生!」と引き離そうとするも、充は弾かれ、尻もちをついてしまった。
「旭さんと向き合う気がねぇなら止めろ。旭さんには」
「旭さんが望むなら、そうしますよ」
胸ぐらを掴まれたまま、界人が雄生に、あきらめたような目を向けていた。
「どういうことだよ」
「旭さんは恋や愛がわからないと言っていました。僕と向き合って、その感情がどんな味がするのか知りたいと」
「じゃあ何で」
「僕は」
界人の表情がかげっていく。
「もうすでに交わっているんですよ。何人も何人も。来る日も来る日も僕は、縁を結び続けました」
充は自らの出自の幸福さを思い知る。縁が薄く、死にかけだった充を家族は、無理やり誰かと縁を結ばせて命を延ばそうとはしてこなかったからだ。
「悟ったんです。恋も愛も幻想だったのだと」
たくさんの、温かな愛情を注がれて、暗いけれど暖かい部屋で、病床に伏せっていた日々。思い返せば、幸せな時間の記憶はつらく、胸に染みるのに、充にとっては恵まれた時間だったのだと、充は今このとき、身を持って感じ入っていた。
「誰でも何でも。望まれれば僕は応えますよ。誰とだって交われるんです」
「もうやめろ」
充が声を荒らげれば、まるで雄生の言葉が響かない界人を前に、雄生はもうその手を離していた。
「僕は魂まで汚れているから、魂の縁は結べない。それだけだ」
言葉が暗い闇の底に、ぼたりぼたりと落ちていく。流れ出た闇は界人の足先へ落ちていくばかりで、一向に広がってはいかない。
界人の抱える闇は、他者に触れられる前に、すぐさま彼の中へと戻ってしまう。充はどうしても、どうやっても彼の闇に手を触れることができないのだ。
だが、今、触れていた、界人に。雄生は確かに彼の胸ぐらを掴んでいた。
「雄生、お前。なんで、永野に触れたんだ」
青ざめる雄生をよそに、扉が開け放たれた。
「もう、雄生君。しばらく君はお休みしなさい。私が話を通すから、いいね?」
旭が道を開ければ、雄生は一度だけ界人を振り返り、怯えた目をして向かいの部屋に吸いこまれていった。
「二人とも大丈夫?」
界人は衣類の乱れをすでに直しており、問題はなさそうに充からは見えた。
「大丈夫なら、二人とも私の部屋においで」
充と界人は連れ立って、旭の部屋へ。勧められたイスに座り、充は荒れた呼吸を整える。
旭は二人を見回してから話し出した。
「雄生君は生まれながらの結界術師なんだ。体から常に結界術が放出され続けていて、彼を過剰に守ってしまっている。俗に聖領域体質と呼ばれているものだよ」
だから、充は疑問を持ったのだ。雄生は人に触れることはあまりできず、特に強く拒絶するものとはまったくと言っていいほど、接触できない。
雄生は常日頃から界人を目の仇にしていた。それなのになぜ、界人に触れたとき、雄生の結界術が通過されてしまい、彼が界人に触れることができたのかと。
「雄生君は学園に来てからその体質のコントロールを覚えて、自分の体の周りだけは結界の範囲を極力小さくして、触れられると感じられるように訓練したんだ」
だが充の目はとらえていた。確かに雄生はその生身の手で、界人に触れており、雄生自身もそれに驚いて怯えていた姿を。
「飲食もできるぐらいは訓練したけれど、あまり食べられないよ。それに、雄生君の縁に聖領域体質が絡みついているから、彼は」
そうか。そうだったな。雄生がそれほどまでに、縁に固執する理由は。
「誰とも縁を結べないんだ」
誰とも接触を拒む体質が、生まれながら雄生を不幸のどん底に落としていたのだ。
「だから、ごめんね、界人。縁絡みの話になると雄生君は歯止めが利かないし、私との寮生活が長いから、どうも私のことを一番に考えようとするところがあるんだよ」
「わかりました」
界人が返した言葉はその一言だけだ。一言に留めた重みが全てを物語っている。
過去に負ってきた、痛みと教訓は、どちらもまちがってはいない。界人は汚れた身で魂の交わりを結ぶことは相手のためにならないと考えるが、対して雄生は本縁を結ばないのに仮の縁を結び続け、付かず離れずの関係を続けるのは相手にひどい仕打ちだと感じてしまう。
それから、界人の表情にわずかなかげりが差すようになった。旭と仮の縁を結ぶ逢瀬を重ねる度に、その表情は曇っていく。
紅葉寮はギスギスとした雰囲気が続いていた。実希も雄生に気をつかってか、界人の元をたずねる回数が減っていく。雄生と鉢合わせになることはなくなった。
何か打開策がないか。季節が冬へと移り変わったある日、悩む充の元へ、ある一通の手紙が届けられた。
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