哀夜の滅士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
34 / 52
2 罪の正体

34 結べぬもの

しおりを挟む

 界人は実習生として充の元で教育を学ぶかたわら、志葉と行動をともにすることも増えた。界人の生活は多忙を極めていたが、当の本人は疲れなど見せず、充から見れば彼はますます生き生きとして見えていた。

「永野、お前。旭さんと縁を結ぶ気、ねぇだろ!」
 いきなり乗りこんできたゆうせいが目を血走らせて、界人の胸ぐらを掴んだ。
 「何してんだよ、ゆうせい!」と引き離そうとするも、充は弾かれ、尻もちをついてしまった。
「旭さんと向き合う気がねぇなら止めろ。旭さんには」
「旭さんが望むなら、そうしますよ」
 胸ぐらを掴まれたまま、界人がゆうせいに、あきらめたような目を向けていた。
「どういうことだよ」
「旭さんは恋や愛がわからないと言っていました。僕と向き合って、その感情がどんな味がするのか知りたいと」
「じゃあ何で」

「僕は」
 界人の表情がかげっていく。

「もうすでに交わっているんですよ。何人も何人も。来る日も来る日も僕は、縁を結び続けました」

 充は自らの出自の幸福さを思い知る。縁が薄く、死にかけだった充を家族は、無理やり誰かと縁を結ばせて命を延ばそうとはしてこなかったからだ。
「悟ったんです。恋も愛も幻想だったのだと」
 たくさんの、温かな愛情を注がれて、暗いけれど暖かい部屋で、病床に伏せっていた日々。思い返せば、幸せな時間の記憶はつらく、胸に染みるのに、充にとっては恵まれた時間だったのだと、充は今このとき、身を持って感じ入っていた。

「誰でも何でも。望まれれば僕は応えますよ。誰とだって交われるんです」
「もうやめろ」

 充が声を荒らげれば、まるでゆうせいの言葉が響かない界人を前に、ゆうせいはもうその手を離していた。

「僕は魂まで汚れているから、魂の縁は結べない。それだけだ」
 言葉が暗い闇の底に、ぼたりぼたりと落ちていく。流れ出た闇は界人の足先へ落ちていくばかりで、一向に広がってはいかない。
 界人の抱える闇は、他者に触れられる前に、すぐさま彼の中へと戻ってしまう。充はどうしても、どうやっても彼の闇に手を触れることができないのだ。
 だが、今、触れていた、界人に。ゆうせいは確かに彼の胸ぐらを掴んでいた。

ゆうせい、お前。なんで、永野に触れたんだ」

 青ざめるゆうせいをよそに、扉が開け放たれた。
「もう、ゆうせい君。しばらく君はお休みしなさい。私が話を通すから、いいね?」
 旭が道を開ければ、ゆうせいは一度だけ界人を振り返り、怯えた目をして向かいの部屋に吸いこまれていった。
「二人とも大丈夫?」
 界人は衣類の乱れをすでに直しており、問題はなさそうに充からは見えた。
「大丈夫なら、二人とも私の部屋においで」
 充と界人は連れ立って、旭の部屋へ。勧められたイスに座り、充は荒れた呼吸を整える。
 旭は二人を見回してから話し出した。

ゆうせい君は生まれながらの結界術師なんだ。体から常に結界術が放出され続けていて、彼を過剰に守ってしまっている。俗に聖領域体質と呼ばれているものだよ」
 だから、充は疑問を持ったのだ。ゆうせいは人に触れることはあまりできず、特に強く拒絶するものとはまったくと言っていいほど、接触できない。
 ゆうせいは常日頃から界人を目の仇にしていた。それなのになぜ、界人に触れたとき、ゆうせいの結界術が通過されてしまい、彼が界人に触れることができたのかと。

ゆうせい君は学園に来てからその体質のコントロールを覚えて、自分の体の周りだけは結界の範囲を極力小さくして、触れられると感じられるように訓練したんだ」
 だが充の目はとらえていた。確かにゆうせいはその生身の手で、界人に触れており、ゆうせい自身もそれに驚いて怯えていた姿を。
「飲食もできるぐらいは訓練したけれど、あまり食べられないよ。それに、ゆうせい君の縁に聖領域体質が絡みついているから、彼は」
 そうか。そうだったな。ゆうせいがそれほどまでに、縁に固執する理由は。

「誰とも縁を結べないんだ」

 誰とも接触を拒む体質が、生まれながらゆうせいを不幸のどん底に落としていたのだ。
「だから、ごめんね、界人。縁絡みの話になるとゆうせい君は歯止めが利かないし、私との寮生活が長いから、どうも私のことを一番に考えようとするところがあるんだよ」
「わかりました」
 界人が返した言葉はその一言だけだ。一言に留めた重みが全てを物語っている。
 過去に負ってきた、痛みと教訓は、どちらもまちがってはいない。界人は汚れた身で魂の交わりを結ぶことは相手のためにならないと考えるが、対してゆうせいは本縁を結ばないのに仮の縁を結び続け、付かず離れずの関係を続けるのは相手にひどい仕打ちだと感じてしまう。

 それから、界人の表情にわずかなかげりが差すようになった。旭と仮の縁を結ぶ逢瀬を重ねる度に、その表情は曇っていく。
 紅葉寮はギスギスとした雰囲気が続いていた。実希みのりゆうせいに気をつかってか、界人の元をたずねる回数が減っていく。ゆうせいと鉢合わせになることはなくなった。
 何か打開策がないか。季節が冬へと移り変わったある日、悩む充の元へ、ある一通の手紙が届けられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。 そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。 【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】 そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?! 【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】 ◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。 ◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。 ◆現在・毎日17時頃更新。 ◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。 ◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

処理中です...