哀夜の滅士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
33 / 52
2 罪の正体

33 覚悟と継承

しおりを挟む

 界人と旭が紅葉寮へ戻れば、廊下で充が座りこんで待ち構えていた。
「なんとかなったよー、あとね、ゆうせい君はもうこのところずっと、浄化の力を使っていて、眠れていないし、疲弊しきっているから少しは勘弁してあげてね」
 旭にそう諭されると、充は膝を抱えてしまった。
「あと充君も少しゆとりができるよ。志葉先生も界人のこと、見てくれるようになったから」
 「志葉先生、割りといい人なんですね」などと充はこぼして、よろよろと立ち上がった。
「ひとまず、良かったな、永野」
「はい。ご心配おかけしました」
 「さ、今日は金曜だから」と旭に小声で告げられ、界人はビクリと肩を跳ねさせる。疲労の色が濃い充に頭を下げてから、界人は旭の元へ駆けた。

「今日はありがとうございました」
「私は何もしていないんだけどね」
「ですが、あさ、成実さんの責任も問われる事態でしたから」
 「いやー、師走家の全員がいるところに呼び出された経験があるから、全然」と界人の背を旭はバシバシと叩いた。
「今日の君には痺れたよ」
 なぜという顔で界人は旭を見る。
「暮葉先生も、志葉先生も取っつきにくい印象があるからさ。でも界人、君、堂々として物怖じしないんだもの」
「同じ、人間……ですから、そこまで気を張るものでもないでしょう」
 クツクツと旭の肩が笑っている。
「そういうところ、君っぽくて好きだな」
 グンッとベッドが跳ねて鳴る。起き上がった界人は、逸る胸を押さえながら、そろりと旭の上に乗り上げた。

「成実、さん……っ!」
 急に上体を起こした旭が、界人を抱きすくめた。
「私は界人の心の準備ができるまで、待つから」
 旭の温もりに包まれて、肩の緊張を下ろした界人は、おずおずと彼の背に手を回していく。
 呼吸が落ち着くまでそうして抱きあっていた。
 互いの体温を移し合うような静かな交わりのあと、唇と唇が触れる。界人の意識はゆっくりと暗闇に溶けていった。


 ぶんっと木刀が空気を切る。剣道場に界人と志葉の姿があった。
 二本の木刀の状態を確かめた志葉が、界人に指導の条件を告げた。
「ここに来ると言うことは覚悟ができたのだろう。君に剣術を教えるには一つ、条件がある。いいか」
 志葉は木刀を二つ持ちながら、界人に向き直った。
「守るために刀を振るうと約束してほしい」
「はい、もちろんです」
 木刀を一つ、界人は受け取る。真剣ではないが、使いこまれており、手に馴染み、ずしりと重みがある。

「永野。君の型や癖をまずは見せてほしい」
 目を閉じ、一呼吸ののち、見開く。刀を抜いたのは一瞬で。舞い踊るように、見えぬ襲いくる敵をいなし、緩急をつけた身のこなしで立ち回る。
 さながら武芸のよう見える体さばきの美しさと、流れるように空を切る技と。型を守り、ときに型を破り、竹刀を振るう勢いで、床が振動していた。
 予備動作なく突き出された志葉の一太刀を受け止めて、界人は動きを止めた。

「あの雪季からよく技を受け継いだものだ」
 界人は少々息を乱しながら、志葉をまっすぐとらえた。
「少し荒々しいが、君の仕上がり具合では二ヶ月ほどで、腕を戻せるだろう」
 志葉が初めて、ふっと笑った。彼の周りの空間が妙にねじれる。界人は彼の動きに違和感を覚えた。
「志葉先生、あなたは刑士だと聞きました。刀は普段、どう持ち歩かれているのですか」
 「あぁ。学園の外へ見回りに行くことも多いから、一般の方に恐怖を与えないよう、私は有事以外は刀を隠しているよ」と志葉は答える。
「どうやって……」
「結界術の一つのようなものだ。自分の周りに結界を張っておいて、刀だけを覆い隠すんだ」
 「ただ、あまりこのように部分的な結界を常時張り続けるのは、難しいぞ」と志葉は何もないように見える腰に手を当てた。

「ご教授いただき、ありがとうございます」
「悪いことに使うなよ」
 志葉に苦笑交じりに念を押され、「悪いことなんて……」と界人はあいまいに微笑んだ。


 界人が教室へ入るなり、「永野せんせー」と生徒が駆け寄ってくる。教室へ送り届けた志葉はもう去っていた。

「本縁の結び方、知ってますか」
「そ、うですね。まず、仮の縁の結び方はわかりますか?」
「ちゅーするやつ。勝手にやったら捕まっちゃうの」
「はい。唇と唇を接触させるまたは唾液を交換し合い、縁を結ぶための準備をします。ここまではわかりましたか?」
「はい!」
「では、仮の縁から本縁を結ぶ行為についてです。よく知られている方法は、三つ。一つは双方に本縁を結ぶ意思を確認したあと、避妊具を使用せずに、相手の体に性器を入れる、または受け入れ、性行為を行います。一般的にはセックスと呼ばれますが」

 「えっちするやつだよ、それ。ママが言ってた」と近づいてきた他の生徒が耳打ちしている。「教科書に載ってってたっけ」と質問をしてきた生徒は考えこみ、頭にグリグリとこぶしを押しつけていた。

「ですがそういった性行為をできない人もいます。そういった方のために、別の方法が二つあります。一つはうらづきの影斬りによる、縁合わせです。本縁を結びたい者同士がうらづきに申請をして、縁が見える影斬りが縁合わせを行います。これが君たちが今、学校で学んでいることですよ」
「もう一つのあるんですか?」
 生徒は興味津々で界人を見上げる。
「はい。それは、本縁を結びたい者同士の血液を──」
 ガタン。大きな物音を立てたのは充だ。

「どうかしましたか?」
「いや、足を引っかけただけだ」
 界人は生徒に続きをせがまれて、話を続ける。
「お互いの血液の一部を交換し合う行為は、大変危険な行為であるので、病院にて検査をして、病院で行う必要があります。血液の拒絶反応がある場合、血液の交換をすると病気になってしまったり、ショックで死んでしまったりする場合があります」
 生徒が「ひゃー」と小さく悲鳴を上げる。界人は努めて怖がらせないよう、優しい表情で生徒の問いに答えた。

「性器を交わし合う行為が何らかの事情でできない場合、病院で血液の交換に問題があった場合、うらづきの影斬りが行う縁結びの方が確実で安全性が高いです」
「影斬りってすごいんだ」
 生徒は感心しきってやる気を出したように席に戻っていった。

「あまり生徒たちに理想を掲げて期待は持たせたくない」
 放課後になり、生徒たちを見送ったあと、充は界人にそう告げた。
「ですが、知識として教えることは惜しみません」
「だが事実を教える必要もある。現に影斬りの仕事は、つきいを倒す、そればかりに傾倒してしまっている。なにせつきいによる被害を食い止めることが急務で、日々それに追われている状態だ」
「ですが、本縁を結びたいという申し出に応える必要もあります。うらづきは自治組織ですが、つきいの討伐や鎮静化だけでなく、縁に干渉する行為も含めて、さきから認定と支援を受けています」
「影斬りによる、周囲をかえりみないつきい討伐のせいで、一般人が巻きこまれている。そのせいで、うらづきへの風当たりは強い。当然、そんな危険な組織に縁結びを任せたくないという人間も多い」
 剣道場での志葉の言葉を界人は反芻していた。一般の方に恐怖を与えないよう、有事以外は刀を隠しているが、自分の周りに常時結界を張り続けるのは難しいこと。
 だとすれば、影斬りは市井を得物を腰に下げて闊歩していることになるのだ。また、つきいと戦うとなれば、こちらも死力を尽くす。その際、一般人の保護に構っていられない場合もあるだろう。

「界人はまちがってはいない。教育として正しい知識を生徒に教えることは大切だ。だが」
 世間一般のうらづきに対する目。風当たり。教科書には載っていない、学園独自の思想統制。学園を巣立っても、うらづきへ入れるのは一握り。さらに生き残り続けるのはもっと少ない。
 社会に出たとき、学園で教えられるがままを鵜呑みしにした生徒たちは、現実との乖離に、苦しむにちがいなかった。

「彼らが学園の外へ巣立ったとき、絶望で塞ぎこんで、人生を棒に振ってほしくないんだ、俺は」
 誰もが素直に事実を受け入れられるわけではない。学園の刑士団は、うらづきの実情を惨劇を受け止めきれなかった者の集まりなのだと界人は感じ取ったし、一般の学校へ転入していく生徒を充とともに何人も見送ってきた。
「永野はよくやってる。あとは生徒のことを考えて、生徒に合わせた指導方法を学んでいったらいい」
 自分の信念や考えをときとして他人に合わせること。自分だけが強ければ、正しくあれば、守りたいものを守れると考えていた界人の心に、波紋が広がっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。 そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。 【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】 そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?! 【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】 ◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。 ◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。 ◆現在・毎日17時頃更新。 ◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。 ◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

処理中です...