哀夜の滅士

兎守 優

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3 隠された謀

44 伏せられた系譜

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 学園中がやみいの刀のえんに汚染された事件のあとから、充は界人に違和感を覚えていた。
「永野。なんか、旭さんとあったのか?」
 界人の動作がぎこちないのだ。心なしか、彼はやつれているように、充には見えていた。
 それも、本縁を結んで上手くいっているはずの、旭のところから帰ってくる度に、彼はひどく疲弊しているようなのだ。
「旭さんのところから帰ってくると、つらそうに見えるんだが……悩みがあるなら聞くぞ?」
「ちょっと、ね……。強いというか……」
「旭さんに暴力でも振るわれているのか?」
 恐ろしい確信が一つ、充の中に生まれる。

「充……なにか、知っているの?」
 きちんと話さなければ、ならない。充は重い口を開いた。
「学園の先生が定着しない理由がある」
 充は界人の目を直視できない。
「だんだん、おかしくなって、しまうんだ。それで」
 いつもゆうせいと旭がやっていたこと、充は実際にどうなされるのか現場を知らないが、拘束して浄化という処置を施す。その行為の意味することを彼は理解していた。
「生徒に危害を加えないよう、処理をするん、だ」
 処理という言葉は充にも重くのしかかる。
「旭さんも発症していてもおかしくない」
 旭は志葉の死後、結界術を担う量が倍になっていた。彼の消耗は計り知れない。急速に、症状が進んでしまっていても、おかしくはなかった。

「永野。教えてくれ。頻繁に書庫に出入りしたり、かいどう先生の家に行っていたりした訳を」
 生前、志葉を頼っていた界人は、いったい何を暴こうとしていたのか。志葉の怪死の件は、彼らの行動にあると充は睨んでいた。
「僕の……本当の父親を探しているんです」
 界人の声が震えていた。

「母には待っている人がいた。僕はその人こそ、僕の本当の父親なんだって思ったんだ」

 旭が、界人が誰かを探している風にしている、と言っていたのを充は思い出す。
ながつきのみならず、うらづきの全家系図に通じる資料が断片的でもいいから、片っ端から欲しかった。だから、書庫に行って情報を集めていたんだ」
「それで? 何か、わかったのか」
 脳内で止めろと叫んでいる。それなのに、界人への追及が止められなかった。

「学園にある系譜書は表向きと裏向きのものがあった」
 それは暴いてはいけない、ものだ。
「表向きはおそらくうらづきから抜けた者、と思われる者、それらすべてを抜いた樹形図」
 知ってはいけない、隠された真相が次々と、語られていく。

「裏向きのものは、とされる者を抜いた、すべての樹形図だった」
 聞くな、止めてくれと、充は制止の声を出せない。

かいどう先生の邸宅の書庫に、書き加えられる前の系譜書があった。学園には残っていない、五月雨家、文月家のものもあった」
 充の心臓が異常に跳ね上がる。
「不自然な失踪者が多くいて、そのうち意図的に伏せられている存在がいることもわかった」
 どうして、こんな。
 充は恐怖と混乱で、ますます声を出せなくなる。

「一人は五月雨色葉。おそらくは僕の母、ながつき志希だった人。僕の弟の郁と同じように、だと聞いた」
 知られてしまっただろうか。
「五月雨家では血の浄化が起こったんだ、きっと。それで継ぐ者が誰一人おらず、継承の目処が経っていない」
 何をどこまで暴こうとしているんだ。だが真実は白日の下に、明るみに出さなければ。
 充は己の内で相反する気持ちに、身が裂けそうになる苦しみを覚える。

「次に卯月余。死亡したのであれば、系譜から削除されないはずだ」
 やめろ、やめてくれ。消してはいけない、消されようとしている、名もなき者たちを。
 充は自分の中に渦巻くぐちゃぐちゃな感情に呑まれていた。
「そして水無月家も一度、継承者が途絶えている。鳴雷という者が生まれたあとに」
 そんな、知らない、知りたくもない。事件の真相を、解かねば。無念に死んでいった者たちが浮かばれない。
の発生条件は、うらづきであること、うらづきの者ととの間に生まれるのは、必ずになる。だから」
 だから、何だというのだ。そうだ、殺しは、名を呼べないあの子の一生の傷で罪で。

「僕の父親はうらづきの人間ではない」
 キィと廊下の床が鳴った。誰か──ゆうせいだろう──が話を聞いているのだと充は気づいた。
「僕の名前は裏向きの方にだけ、名前があった」
 もう終わりだ、何もかも。もう、何もかもが。過去の傷が抉られる、膨れ上がる苦しみと、キリキリとした痛みと、尽きない悲しみとが誘発剤になって。
 吐き気を催す限界まで充は追い詰められていた。

うらづきを嫌煙する、かいどう先生の書庫の方に、僕の名前がない。あったのは雪季と郁の名前……」
「いい加減にしろ!」

 その叫びが、怒りなのか、怯えなのか、充にはわからなかった。
「悪ぃ。頭冷やしてくる」
 彼は界人の顔を見られないまま、自分の部屋へ入ってしまった。
 一人、部屋で頭を抱える。
 過去の傷がジクジクと痛む。だが、今はそれどころではない。
 旭さん。彼は発症したのか。症状が進行してしており、もう手遅れなのか。
 残される実希みのりは。慕っているゆうせいは。何よりも、縁を繋いだ界人はどうなる。
 充の自問は尽きなかった。


 残された共用部屋で、界人は棒のように立ち尽くしていた。
「ねえ、なんか、すごい声がしたんだけど?」
 廊下から実希みのりの心配そうな声が聞こえてくるなり、界人は動き出した。
「大丈夫だよ、実希みのり
 ドアを開けて、界人は実希みのりを迎え入れた。
「界人は刀を握るの?」
 実希みのりは学園の異常に気づきはじめているのかもしれない。界人はそう感じ取って、努めて穏やかな笑みを浮かべて答えた。

「どうかな……僕にはまだ許されていない行為だと思うから」
 実希みのりの頭をなでれば、彼は界人にすり寄ってくる。
 子どもは絶対に巻きこんではダメだと界人は固く、心に決め、実希みのりをひしと抱きしめた。
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