哀夜の滅士

兎守 優

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2 罪の正体

37 言えなかった言葉を

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「皆さんおそろいでお待たせいたしました。改めまして、私はうらづき、弥生の当主、月見陽惟でございます」
 月見陽惟と名乗った男の隣で郁が頭を下げる。
「月見郁です」
「みことです。お二階に行った子はうさまるちゃん。ちがった。もち丸ちゃんです」「るいです。この子はなるせくん」
 尊人みこと琉生るいもこてりと頭を畳みにぶつけそうになりながら、陽惟たち真似てお辞儀をした。

「どーも、成清なるせ葉月でーす。ただの部外者でーす」
「お、俺も一応、部外者のおぎ充です……」
 成清なるせがパッと手を挙げれば、充もおずおずと手を挙げ、爆笑が起こった。

「改めまして。私は十二月学園で教員と、紅葉寮の寮長をしております、旭です。この度は永野界人さんと縁を結びましたこと、正式にご報告に参りました」
 向かい合う旭が深々と頭を下げ、かしこまると「まあ、そう固くならずに」と陽惟が口元に笑みを浮かべる。
「兄さま、おめでとう」
「ありがとう、郁」
 界人は郁と見つめ合い、穏やかに微笑んだ。
 「さて、先にお写真を」と陽惟が腕まくりをするので、界人が「準備はお任せください」と立ち上がった。

「郁。お部屋で撮影しても大丈夫なのかな?」
「うん。陽惟はよう退たい症だから、中の方がいいんだ」
 界人のあかい瞳が部屋中を見回していく。窓という窓が閉めきられ、建物内は暗い。郁と縁を結んだ相手である陽惟は、健康とは言いがたい様子だ。
 「そうだね、郁。ここで撮ろう」と界人は郁の頭をなでる。

 旭と充の三人で部屋のスペースを開ける。郁は双子に抱っこをせがまれ、困りながらもよしよしと抱き寄せてあやしていた。
 撮りましょうというときになって、成清なるせの姿が見当たらない。二階からトトトッとうさぎが駆け下りてくる。「成清なるせくん、気をつかったんだな」と郁がつぶやいた。
「これは、俺が撮っても……よろしいのでしょうか?」
 家族写真に映らないのは、この場に充しかいない。
「お願いできるとありがたいんだけど」
 界人から手渡されたカメラを充はいじり、ぎこちなく構えた。
 シャッター音が何度か鳴った。充は何度もうーんとうなり、シャッターを切りながらも、「よし」と言いきり、撮影を終える。
 写真は後日、焼き回しをして送りますと旭が充からカメラを回収していた。
 写真撮影のあとは、お菓子を口にしながらテーブルを囲んで談笑に花を咲かせていた。

永野・・界人、ちょっと表で話、いいか?」
 居間の暗がりから成清なるせがぬっと現れた。
 立ち上がりかけて、充と旭の方を界人は見た。ついていこうと立った充を旭が止める。
 暗がりの通路を抜けて、分厚い覆い布をよければ、外光に界人の目が眩んだ。
 丘の上の草原は、すがすがしい風を通し、さざめいている。
センセ、やっと身を落ち着けるんだな」
 成清なるせがどこへ向けるわけでもなく、空へ放るようにそう切り出した。

「みんなに慕われている旭さんのこと、幸せにできる自信が俺にはないんだ」
 界人の声は力なく、地に落ちる。真冬の外気が懐へ忍びこみ、彼の身を震わせた。
「俺はセツキを助けられなかった。郁にもひどい運命を背負わせて。そんな俺に幸せになる資格なんてない」
「あのさ。蒸す返すようで悪いけど」
 成清なるせは界人から離れて隣に立ち、腰に手を当てる。
「最後に言った言葉、あれは俺に向けてじゃなかったんだって」
 見上げた先、斜め横。界人のあかい目に成清なるせの姿が映った。

「俺にとって呪縛だった、〝幸せになって〟って」

 髪をくしゃりとかきなぜ、遠くを見つめる成清なるせの瞳は、赤く、罪の色を宿している。

「今ならわかる。あれ、ルカオとあんたに言ったんだよ」
「セツキがそんなこと」
「声は届かなくても、こうやってちゃんと届く」

 振り向いた成清なるせと界人は目が合った。成清なるせの瞳孔が細められる。何かを言いかけた彼の口は、界人がこぼした言葉に閉ざされた。
「セツキ……」
 名前を呼べば、『幸せになって、界人、郁』。そう言う声が成清なるせを伝って、界人には聞こえたような気がしていた。

「兄さま、大丈夫?」
 郁が覆いから顔を出し、界人の元へ駆けてきた。
「セツキが俺たちに『幸せになって』って言ってたんだって」
 郁は笑う。界人の手を取って。
「セツキにありがとう、言おうね、兄さま」
 空に向かって、ありがとうと放った言葉の響きが、寒空にしんと伝っていった。


 「お二階へ、どうぞ」と陽惟に導かれた充は、痩せ細った家主の代わりに、先回りし、引き戸を開けた。
「初めまして、おぎ君ですよね?」
「はい。おぎ充と申します」
「何故か君とは遠くない間柄のような気さえしてしまうのは不思議だね」
 勧められた座布団に正座し、閉めきられた部屋で、充は陽惟と向き合う。
「お話が、あります」
「ハツキの養父だということでしょう」
 陽惟は表情一つ変えず言い放ち、充の考えを読み取ってしまった。

「ハツキは上進のために長月の者──セツキ君と言うんだけど、彼を殺めたんだ、六歳の時。最期に彼が言った『幸せになって』という言葉にずっと苦しめられ、幸せに背を向け続けてきたんだ」
 充は舌が乾いていくのを感じながらも、つばを飲みこむ。
「罪に問われるのは十二から、でしたよね」
「そう。だからね、私は『その言葉の意味を理解したとき、君は罪を償い終える』って言ったんだ」
 陽惟はやれやれといった顔で、ため息をこぼした。
「まぁ、死を選ばなかったことはすごいなと思うよ。ほんと、義父さんの言うことを聞かないんだから何年もこんなに」
 充は何度も目を瞬かせ、大きく息を吸いこんで、静かに吐き出す。

「変なことは承知ですが、その……。ありがとうございました」
「ふふ。変なことを言うね、君」
 充は顔を上げられなかった。呼びたいその名がのど元まで出かかって、彼を苦しめる。口を引き結び、こぶしを膝に押しつけ、充はこみ上げる衝動に耐えていた。


 背後で覆いのはためく音がした。
先生ー、外にお届けものでーす」
 成清なるせが郁を中に引きこみ、代わりに旭を引っ張り出してきたのだ。
「話せたみたいだね、良かった、良かった」
 郁が覆いの向こうへ戻ってしまえば、界人は途端に表情を曇らせた。

「俺は、失った家族のこと、救えなかった過去も忘れられないと思います」
 惑う界人の手は、旭に繋ぎとめられる。
「それでいいよ。充君だって、そうなんだから」
「えぇ……?」
 驚いて引きかけた界人の手を旭は強く掴んで離さなかった。

「充君の傷はね、心の奥底に刻まれているんだ」
 界人は目に戸惑いの色を浮かべて、旭を見上げる。
「人は誰しも癒えない傷を抱えてしまうものなんだよ。一度負った悲しみは拭えない。いつまで経っても忘れ去ることなんて無理だ」
「それは旭さんも……?」
 視線に気づいた旭がニコリと界人に笑いかけた。
「ま、僕もそんな感じ、みんなそう! だから、負い目があったって、いいんだよ。いい感じな関係でパトーナー、築いていこうよ」
 界人はにこやかに笑う旭を見つめ続ける。そのまま繋がれた手に指を絡めかけたときだった。「兄さま、外にいて、寒くないかな」「オラ、ルカオ、邪魔すんなよ」と戸口のそばで声がした。
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