37 / 52
2 罪の正体
37 言えなかった言葉を
しおりを挟む「皆さんおそろいでお待たせいたしました。改めまして、私は裏月、弥生の当主、月見陽惟でございます」
月見陽惟と名乗った男の隣で郁が頭を下げる。
「月見郁です」
「みことです。お二階に行った子はうさまるちゃん。ちがった。もち丸ちゃんです」「るいです。この子はなるせくん」
尊人と琉生もこてりと頭を畳みにぶつけそうになりながら、陽惟たち真似てお辞儀をした。
「どーも、成清葉月でーす。ただの部外者でーす」
「お、俺も一応、部外者の荻野充です……」
成清がパッと手を挙げれば、充もおずおずと手を挙げ、爆笑が起こった。
「改めまして。私は十二月学園で教員と、紅葉寮の寮長をしております、布施旭です。この度は永野界人さんと縁を結びましたこと、正式にご報告に参りました」
向かい合う旭が深々と頭を下げ、かしこまると「まあ、そう固くならずに」と陽惟が口元に笑みを浮かべる。
「兄さま、おめでとう」
「ありがとう、郁」
界人は郁と見つめ合い、穏やかに微笑んだ。
「さて、先にお写真を」と陽惟が腕まくりをするので、界人が「準備はお任せください」と立ち上がった。
「郁。お部屋で撮影しても大丈夫なのかな?」
「うん。陽惟は陽退症だから、中の方がいいんだ」
界人の紅い瞳が部屋中を見回していく。窓という窓が閉めきられ、建物内は暗い。郁と縁を結んだ相手である陽惟は、健康とは言いがたい様子だ。
「そうだね、郁。ここで撮ろう」と界人は郁の頭をなでる。
旭と充の三人で部屋のスペースを開ける。郁は双子に抱っこをせがまれ、困りながらもよしよしと抱き寄せてあやしていた。
撮りましょうというときになって、成清の姿が見当たらない。二階からトトトッとうさぎが駆け下りてくる。「成清くん、気をつかったんだな」と郁がつぶやいた。
「これは、俺が撮っても……よろしいのでしょうか?」
家族写真に映らないのは、この場に充しかいない。
「お願いできるとありがたいんだけど」
界人から手渡されたカメラを充はいじり、ぎこちなく構えた。
シャッター音が何度か鳴った。充は何度もうーんと唸り、シャッターを切りながらも、「よし」と言いきり、撮影を終える。
写真は後日、焼き回しをして送りますと旭が充からカメラを回収していた。
写真撮影のあとは、お菓子を口にしながらテーブルを囲んで談笑に花を咲かせていた。
「永野界人、ちょっと表で話、いいか?」
居間の暗がりから成清がぬっと現れた。
立ち上がりかけて、充と旭の方を界人は見た。ついていこうと立った充を旭が止める。
暗がりの通路を抜けて、分厚い覆い布をよければ、外光に界人の目が眩んだ。
丘の上の草原は、すがすがしい風を通し、さざめいている。
「布施センセ、やっと身を落ち着けるんだな」
成清がどこへ向けるわけでもなく、空へ放るようにそう切り出した。
「みんなに慕われている旭さんのこと、幸せにできる自信が俺にはないんだ」
界人の声は力なく、地に落ちる。真冬の外気が懐へ忍びこみ、彼の身を震わせた。
「俺はセツキを助けられなかった。郁にもひどい運命を背負わせて。そんな俺に幸せになる資格なんてない」
「あのさ。蒸す返すようで悪いけど」
成清は界人から離れて隣に立ち、腰に手を当てる。
「最後に言った言葉、あれは俺に向けてじゃなかったんだって」
見上げた先、斜め横。界人の紅い目に成清の姿が映った。
「俺にとって呪縛だった、〝幸せになって〟って」
髪をくしゃりとかきなぜ、遠くを見つめる成清の瞳は、赤く、罪の色を宿している。
「今ならわかる。あれ、ルカオとあんたに言ったんだよ」
「セツキがそんなこと」
「声は届かなくても、こうやってちゃんと届く」
振り向いた成清と界人は目が合った。成清の瞳孔が細められる。何かを言いかけた彼の口は、界人がこぼした言葉に閉ざされた。
「セツキ……」
名前を呼べば、『幸せになって、界人、郁』。そう言う声が成清を伝って、界人には聞こえたような気がしていた。
「兄さま、大丈夫?」
郁が覆いから顔を出し、界人の元へ駆けてきた。
「セツキが俺たちに『幸せになって』って言ってたんだって」
郁は笑う。界人の手を取って。
「セツキにありがとう、言おうね、兄さま」
空に向かって、ありがとうと放った言葉の響きが、寒空にしんと伝っていった。
「お二階へ、どうぞ」と陽惟に導かれた充は、痩せ細った家主の代わりに、先回りし、引き戸を開けた。
「初めまして、荻野君ですよね?」
「はい。荻野充と申します」
「何故か君とは遠くない間柄のような気さえしてしまうのは不思議だね」
勧められた座布団に正座し、閉めきられた部屋で、充は陽惟と向き合う。
「お話が、あります」
「ハツキの養父だということでしょう」
陽惟は表情一つ変えず言い放ち、充の考えを読み取ってしまった。
「ハツキは上進のために長月の者──セツキ君と言うんだけど、彼を殺めたんだ、六歳の時。最期に彼が言った『幸せになって』という言葉にずっと苦しめられ、幸せに背を向け続けてきたんだ」
充は舌が乾いていくのを感じながらも、つばを飲みこむ。
「罪に問われるのは十二から、でしたよね」
「そう。だからね、私は『その言葉の意味を理解したとき、君は罪を償い終える』って言ったんだ」
陽惟はやれやれといった顔で、ため息をこぼした。
「まぁ、死を選ばなかったことはすごいなと思うよ。ほんと、義父さんの言うことを聞かないんだから何年もこんなに」
充は何度も目を瞬かせ、大きく息を吸いこんで、静かに吐き出す。
「変なことは承知ですが、その……。ありがとうございました」
「ふふ。変なことを言うね、君」
充は顔を上げられなかった。呼びたいその名がのど元まで出かかって、彼を苦しめる。口を引き結び、こぶしを膝に押しつけ、充はこみ上げる衝動に耐えていた。
背後で覆いのはためく音がした。
「布施先生ー、外にお届けものでーす」
成清が郁を中に引きこみ、代わりに旭を引っ張り出してきたのだ。
「話せたみたいだね、良かった、良かった」
郁が覆いの向こうへ戻ってしまえば、界人は途端に表情を曇らせた。
「俺は、失った家族のこと、救えなかった過去も忘れられないと思います」
惑う界人の手は、旭に繋ぎとめられる。
「それでいいよ。充君だって、そうなんだから」
「えぇ……?」
驚いて引きかけた界人の手を旭は強く掴んで離さなかった。
「充君の傷はね、心の奥底に刻まれているんだ」
界人は目に戸惑いの色を浮かべて、旭を見上げる。
「人は誰しも癒えない傷を抱えてしまうものなんだよ。一度負った悲しみは拭えない。いつまで経っても忘れ去ることなんて無理だ」
「それは旭さんも……?」
視線に気づいた旭がニコリと界人に笑いかけた。
「ま、僕もそんな感じ、みんなそう! だから、負い目があったって、いいんだよ。いい感じな関係でパトーナー、築いていこうよ」
界人はにこやかに笑う旭を見つめ続ける。そのまま繋がれた手に指を絡めかけたときだった。「兄さま、外にいて、寒くないかな」「オラ、ルカオ、邪魔すんなよ」と戸口のそばで声がした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる