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2 罪の正体
32 期待
しおりを挟む「お前、永野に当てる気だっただろ!」
雄生は否定も肯定もしなかった。充が肩を強く押して揺らせば、ようやく雄生は倦んだ目を向けて睨み上げた。
「だったら何だよ」
「雄生。お前、浄化の力を使えばどうなるか、わかってやったんだな?」
「なんで、永野の心配だけなんだよ、充。実希には直撃してんのにさ」
雄生の顔がさらに歪む。
「永野にどれほどの容疑がかかってんのか、わかってねぇのはどっちだよ、監視役さんよぉ」
「はーい。そこまで、二人とも」
現場に旭が到着し、充と雄生のいさかいを強制的に終わらせた。
「実希には守護符があったから大丈夫。雄生君も充君が界人を守ってくれると見越して実行に移したんだよ。これで終わりね。さあ、この人を運ぶよ」
夜が更ける頃、旭たちが寮へ戻ってくる足音を聞きつけ、充は急いで出迎えた。
うしろには雄生もおり、充はうっと顔をしかめつつも、部屋に通した。
「例の彼、戌月折秋と名乗ったそうだが、師走大学病院で保護されていた間、記録には真原辰弥となっていた。この秋から十二月学園に教員として赴任とあったよ」
「処分には〝ジョウカ〟を使いました」
「ジョウカとは?」と界人が首を伸ばし見上げて問うので、充は雄生にだけは答えさせまいと、答えを分捕った。
「永野。裏月の刀についての知識はあるか?」
「影斬刀が各自一振り。睦月、如月、弥生、卯月、五月雨の上位五家に日和見刀が一振りずつ、水無月の刑士長が扱う闇縫いの刀が一振り」
「現在は日和見刀は三振りしか発動できない。如月と卯月の二振りは融合してしまい、切り離せない状態だ」
「まさか、日和見刀の浄化の力を?」
「うん。五月雨家の日和見刀は学園に保管されているから。使えるのは雄生君ぐらい」と旭が捕捉を入れるの分には、充は許せた。
「ですが、日和見刀の使用は寿命を犠牲にします」
幼気ない姿の界人が心配を口にするので、充はちらりと雄生を見上げて睨めつける。
「俺はそこんところは上手くやれる。寿命は吸われない」
視線に気づいた雄生が、充にガンを飛ばし返してくる。
「まあ、詰まるところ、真原辰弥の体全てと、戌月折秋と名乗った自我全て魂ごと、消したということだよ。彼は死んだ」
旭はそこで話を閉めようとしたが、雄生が聞いてしまった。
「戌月折秋って、裏月のヤバい奴なんですか?」
「うーんとね、ま、長月の継承権第二位の、戌月家のご子息だったみたい。戸籍には、死亡により除籍って書いてあったけど」
「ええ、戌月折秋は死んでいます。彼は次期当主を手にかけようと刀を振るったため、僕の従者だった雪季が殺しまし、た……え?」
充が「あっ」と言う間に、界人の姿が元に戻ってしまう。サイズの合った子ども服は千切れてしまい、今の界人は元の背丈のまま、全裸の状態だ。
「こ、このドヘンタイ野郎が!」と吐き捨て、雄生はすぐに部屋を飛び出してしまった。界人は身を小さくして何度も頭を下げながら、自部屋に入っていった。
「私もちょっとドキドキしちゃったかな」と旭もするりと部屋を抜け、充はひとりになった。
ドカリとソファーに身を沈め、手足を投げ出し、疲労で目を回しながら、充は長く詰めていたかのように、盛大に息を吐き出した。
影斬刀泥棒事件から一週間ほど経ち、実希も目覚め、順当に復活の兆しを見せていた。いつもの強気な態度はなりを潜め、実希は控えめに笑って、界人と充を出迎えた。
「実希。無事で本当に良かったよ」
界人がニコリと笑いかければ、「ご、ごめんなさい」と実希は小さくなってしまう。
「俺、影斬刀も使えないし、呪詛も不適合でまったくできなくて、でも、足手まといは嫌なんだ」
「実希は足手まといじゃない」
実希は涙の幕が張る目で界人を見上げた。
「君にできることをゆっくり探そう」
「界人くーん、居るかな」と旭の声が廊下から呼んだ。「お大事にね」と実希に告げて界人は、充とともに部屋の外に出た。
「旭さん、これからうかがおうと」
「ちょっと面倒なことなったけど、まあだいじょーぶだよ」
「何かあったんですか、旭さん」と問うた充の口が引き結ばれた。
紅葉寮へ入ってきた男、梅津雄生。外の草木の匂いをまとったままの姿で、彼の目は血走っていた。
「俺が報告したからだ。不登校になっている生徒が退学した。実希をいじめていた奴らだ」
「それで?」と充の声に静かな怒りが乗っていく。
「俺は永野と関係が深いと判断して報告を」
雄生に飛びかかりかけた充を旭は羽交い締めにして止める。
「お前、何度も裏切りやがって! 今度ばかりは見過ごせないぞ」
「どうして、怒るんだ、充」
「永野、お前、仲間に売られたんだぞ、悔しいに決まってるだろ、怒りがわくだろ!」
界人の愁いを帯びた目が伏せられる。彼が顔を上げたとき、どちらの反応も正しいのだと言わんばかりに、追及と擁護の視線を振り解き、正面を見据えていた。
「仲間、であっても疑いの目は曇らせないべきだと思う。俺は俺にできる限りで、身の潔白を証明するだけだ」
「信じてくれてありがとう、充」と界人は言葉をかけ、地獄の入り口へ足を向けた。隣を歩くのは旭だ。
二人が向かうのは、朱夏寮。界人と志葉が実希の行方をたずねて、おとずれた場所でもある。
「どうもー、暮葉先生」
「相変わらず、あなたは軽いですね」
今、界人と旭は呼び出され、朱夏寮の師走暮葉の部屋にいた。暮葉は眼鏡を押し上げ、おもむろに目を開いた。
「永野界人。改めて、私は十二月学園、守衛長ならびに、刑士団団長の、師走暮葉だ。君にかけられている嫌疑は複数ある。主だったものは、先の蒼月、ホーリーヘアを扇動し、裏月ならびに卯咲に甚大な被害をもたらしたとされる、首謀者の容疑。そして」
暮葉は二人に口を挟む余地を与えず、口上を述べていく。
「十二月学園における一連の、教員の怪死および生徒の精神錯乱の元凶、または共謀者である容疑」
表情を一切変えず、涼しい顔をしながら、彼は話を流していった。
「私には師走家五男として師走家を支える体がある。だがこの際、腹を割って話そう。私は永野界人、君にかけられたほとんどの嫌疑がでたらめだと考えている」
途端に隣の旭は吹き出した。
「あはは、さすが、暮葉先生ですね」
「教員の怪死は今に始まったことではない。退学するほどの生徒たちはほとんどが心身に不調を抱えている。蒼月の首謀者の件すら、上位御三家が彼は有罪だと言わない。しかし」
暮葉の語気が強まる。
「郷に入っては郷に従え、十二月学園はある意味、裏月の中で最も一門から隔絶された組織でもある。裏月一門の通説がまかり通らないことも多い。そこで」
彼の人差し指が一本、立てられる。
「学園側から師走家、私に近い、新たな監視役として、志葉を付けることにする。これならば兄さま方も、収めてくださるだろう。それから」
界人と旭は顔を見合わせる。界人は息を呑み、旭は目を瞬かせた。
「戌月折秋という者はすでに死亡しており、存在していない。この一件は、真原辰弥の精神錯乱によるものとして処理する」
界人は開きかけた口を噤んだ。
「君には期待しているよ。どうか、外部から入って来た君が、この柵を裏月を脅かす真の首謀者を暴いてくれることを」
暮葉はそう言い終えると二人を解放してしまう。廊下では志葉が二人を待ち構えていた。
「改めて、私は十二月学園刑士団の志葉だ」
志葉から差し出された手に、界人は困ってしまう。
「よろしくってことだからいいんだよ」と旭に背中を押され、界人は志葉の大きな手を握りこみ、握手を交わした。
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