哀夜の滅士

兎守 優

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2 罪の正体

30 あらごと

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 花火を楽しむ実希みのりを界人は微笑んで見ている。蝉の声が遠くなる。まただ。暗い夢に引きずりこまれる。
「界人」
 その声で、界人は目を覚ました。
「良かった。目が覚めたみたいだね」
 界人をのぞきこむのは、旭の穏やかな瞳だ。
「疲れてしまったんだろう。よく頑張ったね。君は優秀だから、少しぐらい休んでも大丈夫だよ」
 界人は全身の気だるさと火照りに気づく。目だけを動かして、状況を把握する。
 実希みのりたちと花火をしている最中に意識を失った。ここは界人に割り当てられた部屋で、まだ蝉の声がする夏の盛りである。眠っていたのは少なく見積もって、数日ぐらいだと。

「少しね、後悔しているんだ、私は。優秀な子は早く送り出してしまえば、学園生活と社会生活との乖離に慣れなくて手間取って、少しは足踏みしてくれると思っていたんだ。でも、浮いた分の期間、余計、いっぱいに頑張らせてしまうだけだった」
 旭はイスを引っ張ってきて、ベッドのそばにつけ、界人を見つめながら言う。
「真面目な子ほど、壊れてしまうよ。君もそう見える。だから、しっかり体を休めなさい」
 旭の目が界人をとらえて離さない。だが、その目が少しだけ、細められる。
「でも、仮の縁を結ぶ行為だけは、頑張るというか、許してほしい、かな」
 あいまいに笑って、立とうとする旭をどうにかして引き留めたくて、界人はかすれた声で呼んだ。

「なる、み……」
 界人が与えた仮初めの名に、旭は反応を示した。ゆっくり振り向き、立ち上がりかけた体を元に戻した。
「君が眠るまでここにいるよ」
 やがて強い眠気が界人を夢の世界へと引き戻そうと襲ってくる。意識が途切れる直前まで、界人は旭のことを見つめ続けていた。


 界人の微熱状態は一ヶ月ほど続き、ようやく落ち着きを見せた。来週から十二月学園は後期に入る。本格的に授業がはじまるまでに体調の回復が間に合った界人は、充にも寛解の報告をしようと彼の姿を探していた。

「充……居ないのかな」
 充の部屋の戸は固く閉ざされている。界人はそろりと部屋を抜け出して、旭の部屋に向かえば、部屋から出ようとしていた旭とちょうど鉢合わせになった。
「これから様子を見に行こうと思ってたんだけど、ちょうど良かった。動けるほどには良くなったみたいだけど、どうかしたかな?」
「あの、充は外出中でしょうか?」
「あぁ、居るよ。今日はたぶん、部屋から出てこない。外出したいのなら、私が付き添うよ?」
「いえ、手を煩わすには及びません。ただ、出てこないとなると、ご飯はどうしようかと」
 惑う界人の肩を抱き、旭は部屋に入るよう促してくる。

「じゃあさ、今日は私と食べよう。私の部屋においで、界人」
 答えをくれない旭に、界人はどうしてだろうと考えをめぐらせながらも、大人しく従って席に着いた。
「今日は、充君のご家族の命日なんだ。今日ぐらい、故人に思いを馳せてもいいと思わないかい?」
 充は界人に、もう会えない家族の話をしたことがあった。界人にとってセツキが兄のような存在であったのと同じように、充にとっても、かけがえのない兄貴分がいた。今も心に傷を残すほど大切な人なんだと界人はしみじみ思う。

「明日には出てくるから大丈夫。君はいつも通り振る舞ってあげてほしい。彼も気にされると塞ぎこんじゃうから」
 思い返せば、不用意に家族の話を聞き出そうとしてこなかった。充は知っているのだ、過去を抉られるつらさを。
 彼も同じような喪失と痛みを過去に負っているのだと、このとき、界人は強く思い知った。


 十二月学園の後期がはじまる。充は平素と変わらぬ様子で、剣道場に立ち、生徒たちを前にしていた。
「これから君たちには刀を握るための心構え、木刀を使った型の習得、訓練を積んでもらう」
「先生、僕、もう使えますよ」
 体の大柄な生徒が一人、手を挙げた。
「ここは学校だ。先へ進みたいだろうが、初めて木刀を扱う生徒のため、授業の進行に合わせてもらう」
 充にたしなめられて不満げに手を下げた生徒を界人は注意深く見ていた。素振りと軽い打ち合いの練習がはじまると、その生徒が動いた。

「うりゃあ」
 木刀の重さによろめき、リズミカルに振り下ろせない子へに向かってその木刀が振り下ろされる。型を教える指導のためにと片手に携えていた木刀を握りしめ、界人はすぐさまその刀に当てて止めた。
「いッ!」
「気がささくれ立っているよ。それでは自分までケガをする。長く握っていられない力加減だ」
 生徒の握っていた木刀が、押される力に負けて、手から落ち、派手な音を響かせた。
「刀を力いっぱい振るうことだけが、剣術ではないよ。いいね?」
 生徒は呆けたように界人を見上げ、うんとうなずく。

「助かった、永野」
 充がすれちがいざまに界人に耳打ちをして、指導に戻っていく。界人が言い聞かせた生徒も、素直に自分のやるべきことを探そうともう心を入れ替え、練習に励む姿に変わっていた。


 急ぎ足で教員寮に帰り、充は廊下の左右を念入りに確認して、界人を部屋に引きこむなり、ドアの鍵を閉めた。
実希みのりはまだだな」
 実希みのりは朝は界人たちの部屋に押しかけて朝食をともにし、授業が終わって寮に戻れば勉強を教えてとせがみに来るのが常となっていた。
 授業は終わったが、実希みのりが帰ってくるまでには時間があった。

「永野が来る前、かげきりとう泥棒事件があったんだ」
 学園は今、その件でピリついており、今朝も界人を見る目が厳しく、充も困るほどだった。何も知らせずにこのまま放置しておくのは、さすがに良くない。そう判断した充は、界人に耳を寄せて小声で伝えようと、急いで戻ったのだった。
「そのときは京兎と取引があって、無かったことになったらしいが」
「京兎と言いますと、確か深月の管轄では?」
「まぁいい。深月のことは、うらづきではどうしようもない。あっちの対応には絶対、口は出せないからな。そよりも」
 充は背伸びをして近づき、より声を潜めて、界人に事情を吹きこんだ。

「また最近、後期には入ってからなんだが、かげきりとうが不審に持ち出されている、らしくて」
「また深月の方ということなら、対応のしようがないのでは?」
「ともかく。気をつけて見ていてくれ。あと、実希みのりには言わないで欲しい」
 「えっと……」と戸惑う界人に、マズったなと充は奥歯を噛んだ。界人は実希みのりととても仲が良い。せっかく良好な仲を築いているのに、心苦しくなるだろうが、充はこの際、全てを伝えてしまうことにした。

「あー。かげきりとう泥棒に手を貸したの、実希みのりなんだ。実希みのりかげきりとうを握れない体質だから、なくなればいいって思ってたみたいで、渡しちまったんだと」
 そう告げれば界人は、事情を飲みこんだようで、コクコクとうなずいている。
「内部犯の可能性もあるから、重々、気をつけてほしい。あと重ねて、実希みのりには」
 ギシリと床のきしむ音がした。充は界人と目を見合わせる。

「マズい。聞かれたかも」
「僕は実希みのりのこともよく見ておきますよ」
「あんなん、もう懲りただろうし、なんかやらかしはしねぇとは思うけど、頼む」
「はい。念のため、実希みのりに守護符を付けます」

 守護符の仕込みをと界人は部屋の観葉植物から、葉を数枚ちぎった。充が見ている間に、界人は構えもせず、ポンッと手のひらで守護符を仕上げてしまう。
 最後の一枚を界人が手のひらに載せたとき、部屋の戸が叩かれた。充はドアの方へ向かう。

だ。いいかな?」
 ボンッと音がして、振り向けばそこに界人の姿が──。
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