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1 縁罪
29 散り火
しおりを挟むチリリと火花を散らして、夏の夜を彩る花火。充は花火を楽しむ界人と実希から離れて、二人を見守る旭に気づき、そちらへ足を向けた。
「花火、楽しんでくれていて、何よりだね」
「ええ」と旭に返す充の胸中は穏やかではなかった。充は界人を見ていて、ある結論に達したからだ。
「永野のことが、心配と言いますか、彼はどうも本心をひた隠しにしている節があって」
「怪しいって?」
「旭さんのことも、中途半端ですよ。近づいたくせして、深くは立ち入ろうとしない」
「まぁ、フラれた訳じゃないとは思うんだけどねえ。心までは許してくれないかなあ」
界人に早急に、旭さんと本縁を結べと言いたいわけではない。だが、いずれ本縁を結ぶであろう相手にさえも、心を開かないというのは、さすがに慎重さの度が過ぎるのではないか。
「それって、すごく相手に失礼だと思います」
「充君はさ、自分の感情を悟られないように、うまーく誘導しようとするよね」
充の強く出すぎた言葉に、旭の的を射た言葉が返ってくる。
「でもそれは他人を自分の負の感情に巻きこみたくないから。悪いことじゃない。優しい人間は皆そうする」
旭さんは自分にもこの言葉かけているつもりなのだろう。自分はそんな優しい人間ではない、と充は内心、旭の言葉を拒絶した。
「界人はさ、興味が尽きないという面もあると思うけど、言動がけっこう極端なんだよね」
界人に対してそう思うことはある。剣道場での志葉との一件でもそうだった。しかし、界人のその突拍子もなさと大胆さで、実希の窮地を救ったことがあるのだが。
「色んな気づかいとか考えとかを人より速く頭の中で回しすぎて、ああなっちゃうのかなって考えてみたんだ」
もし、旭さんの言うとおりなのだとしたら。界人はますます自分とはちがう心構えを持った尊い人間にちがいない。
「たぶん、少しずつ、過去を思い出してきてるんじゃないかな。でも、界人は口外できる記憶じゃないから、腹を割らない。私はそれでもいいと思ってるけど、充君どうなの」
得体の知れない、近くにいるようで近づけない界人に、恐ろしさをずっと感じていた。自分の感じた彼への恐怖は、界人の鎧なのかもしれない。そう気づかされたら、充の心は揺れに揺れる。
「実希は永野にすごく懐いてます。だから、永野が凄惨な企ての首謀者であってほしくない。でも、どうしても、どうあっても、俺は監視者です。彼を疑って注視していないといけない」
「生徒を疑うのが仕事なのかな、先生って」
「生徒の、可能性……未来を信じるのが先生の役目です」
花火をしている二人の方ばかり見ていた旭が、一瞬だけ充に視線を向けた。
「私は君に、界人を監視してほしいと言ったことは一度もないよ。先生として、生徒を預かってほしいとお願いしただけ」
そうだった。俺は先生として、永野のことを生徒として託されたんだった。
充は病室で旭から界人を任された日のことを強く思い出していた。
「僕はね、謀らずとも、界人の大切な人と会ってるんだ、過去に」
旭の横顔を充は黙って見つめた。
「玄月雪季。彼から長月一門の系譜書を直接渡されたんだ」
セツキは界人にとって大切な人だ。充にとって大切な人がその命を奪ってしまった存在でもある。
「そこにはね、末端には、雪季としか名前がない。界人と彼の弟君の名前はないんだ」
界人にとってセツキはかけがえのない者であったと同じように、セツキにとっても彼らは守り抜きたい者であったのだ。旭の話から、互いに思い合っていた様をひしひしと感じて、充はますます胸を痛める。
「界人ね、私と外出するとき、行き交う町の人の方にばかり、目がいってしまうようでね」
二人を見つめる旭の目は変わらず、穏やかなままだ。
「彼には誰か、探している人がいるんじゃないかって思ったんだ」
「ですが、デート中に気もそぞろなんて失礼ですよね」
旭は言葉を選ぶように、一度口を結んだ。充の緊張が高まる。
「もし、待ち人と生き別れたとしたら、何が何でも探すんじゃないかな」
チクリとその言葉は充に刺さる。充の胸は痛んだ。生き別れとなった幼馴染みのことを彼は思い浮かべるも、すぐに気を散らした。
「そういえば、永野から父親の思い出とか、話に出たことがない」
「そうか……本当の父親の顔を知らないってどんな気持ちなんだろう」
充が話題を逸らそうと持ち出してしまった話が旭に引っかかってしまい、充は慌てた。
「実希は幸せですよ」
「そうかもしれないけどね」と旭は目を伏せた。
「あの子が生みの親を探したいって言い出したら、どう接すればいいのかなって」
充はそれを自分に重ねて考えた。充が会いたくても会えない相手がもし、充を探し出したらと思うと、彼の心臓は縮み上がった。
「実希のこと、前にも言ったかもしれないけど、巡回していた、暗い洞窟の奥で見つけたんだ」
そうだ。実希がカギのかかった部屋──暗く閉じこめられる場所を極端に怖がるのは、出自のせいだった。
赤ん坊の頃から傷を抱えても、塞ぎこむこともなく精いっぱい、実希はトラウマに立ち向かいながら、生きている。
「そういうところに放置していく親ってどうなのかなってね。もし生きていたとしても、会わない方がいいんじゃないかって思うのは自然なことじゃないかな」
はしゃぐ実希と花火を受け取る界人を充は見つめる。実希は笑い声を上げて、界人も笑っている。
過去など、生まれなど、どうかこの幸せなひとときだけは、邪魔をしないでほしいと充は願う。
界人の体が斜めに傾いた。そのまま地面へ、その体は倒れてしまった。
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