哀夜の滅士

兎守 優

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1 縁罪

28 朽ちていく名を

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 縁の定まっていない者がかげきりとうをふるうこと、それがいかに危険か、界人は充の言葉で目が覚めた。刀を握るには、仮の縁を結んでいる状態の界人では、力を制御できないかもしれなかった。
 だからと言って何もしないわけではない。『刀をふるわずとも、じゅを極めれば』と志葉に忠言されたとおり、界人は日々、合間を見つけてはじゅの腕を磨いてた。

じゅの調子はどう?」
 旭の部屋をたずねれば、じゅ訓練の経過を聞かれ、界人は身構えた。充に言われたとおり、旭に手本としてじゅを使わせないよう、彼は発言に気をつける。

「日々変化するので、調整が難しいです」
「そっか。気づいたんだね、上出来。じゅは日々の使用者のコンディションに大きく左右されるんだ。心身を強く保つ訓練を積めば、実戦のどんな状況になっても乱れることなく、じゅを使えるようになるってワケ。これに気づけないと、じゅは永遠に攻略できないよ。だから、優秀優秀」
「その都度、心身の状態を素早く把握して、その時点でできうる最善の一手を放つ、しかないですね」
「すごいねぇ。そう、結局、鍛え上げても、平素通りに行くとはかぎらないから、臨機応変に使えないと詰むんだ。ここまでできたのにっていう自負は捨てるべき」

 旭は本当にうれしそうにして、界人の成長をよろこんでいる。だが、界人は複雑な気持ちを抱えた。
 許されるなら、影斬りに戻り、かげきりとうをふるい、つきいを討伐したい。
 つきいを滅することこそが、うらづきの使命であり、大切な人を守ることができる、一番効果的な方法でもあった。
 旭が期待しているのは、十二月学園に残ってもらい、学園の結界術師になってもらうことだろう。しかし、守りは対処療法に過ぎない。

 いつものように、界人は旭と並んでベッドに横になっていた。仮の縁を結ぶと、界人はいつも意識を失うからでもあった。

「アサヒっていう名前、僕はなんだか、好きじゃないんだよね」

 ふいに、つぶやかれた言葉は、行為前の戯れごとにしては、聞き過ごせない重みがあった。
「僕たち影斬りは、生き残ってもいずれはよう退たい症になって、朝日を拝むこともできなくなるっていうのに、皮肉じゃない?」
 どう答えるべきか。界人が悩んだのは一瞬だった。

「では、ナルミというのは? 愛実る者」
「愛ね……字が女性みたいだね」
「うーん。鳴る海で、鳴海などは? 広く誰の手もとって助けようとするあなたにふさわしいかと」
「僕、そこまで聖人君子に見えるのかなあ」

「そうですか……では、実希みのりから一字取って、実り成る者、成実というのは?」

「あはは。いいね。ありがとう。成実か、大事にするよ」

 仮の名前を与えるなど、上辺だけの対処療法に過ぎないだろう。はびこり巣くう問題は根本から解決しなければ、いずれまた芽を出すものだ。
 だが出自は変えられない。生名は親が子に唯一与えられる、証の残る愛である。ときにそれは呪いとなって、身に降りかかり、生涯、子を苦しめる爪痕として残り続けるかもしれない。

「ねえ、界人。君がくれた名前で呼んでよ」
 仮の縁をくれる相手に、仮の名を贈るように、界人はその名を口にする。

「成実、さん……」
 そう呼ばれれば旭はこの上なく、幸せそうに笑みを深めた。
 こんなもので彼の心が安らぐなら、何度でも呼んだっていい。

 するりと界人の腰がなでられる。界人がもう一度、その名を呼べば、旭は界人の首筋に口付けを落とした。
 そうして全てを剥ぎ取って、暴いてしまえばいいのに。旭のなでる手も口付けも、ひどくゆっくりと触れていくから、じれったさが募り募っていく。
 情欲が静かに燃え上がる。導火線に火がついて、すぐに燃え尽き、散った。
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