哀夜の滅士

兎守 優

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1 縁罪

27 進行

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「界人、いい?」
 実希みのりの声だ。「どうぞ」と界人が招き入れるなり、実希みのりはくいっと裾を引っ張る。
「今日は俺のところで界人と寝たい」
 実希みのりのお願いに、充は強く首を横に振った。
「それはダメだ。俺か旭さんがいない部屋に鍵もかけずに置いておけない」
「じゃあ、僕の部屋で実希みのりと寝るのはいいですか?」
「それは……いい」
 実希みのりは「やった!」とよろこんで、界人に抱きついている。
 実希みのりは同級生にロッカーに閉じこめられ、界人に救出された辺りから、よく界人を訪ねるようになった。勉強を教えてもらうという名目のようだが、実希みのりと界人はあまりにも距離が近く、充は不安を抱えた。


 実希みのりと界人が眠ってしまった夜、部屋の戸が叩かれる。声をかけずに訪ねてくる相手は、ゆうせいしかいなかった。
「んだよ、ヤサオ」
「話がある」
「起きてたら聞こえるぞ」
 充は向こうの部屋でと押し返そうとしたが、「二人とも眠ってる。俺にはわかる」とゆうせいは譲らなかった。
「だけどな、聞かれたくねえ話なら声は潜めろよ」
「私刑を取り仕切っていた……先生がダメになった」
 その一言が、静かに充の胸の内に下りてきて、ざわめかせる。

「…………そうか」
「俺と旭さんですでに処理は済ませた」
「申し訳ない」
 充が詫びるが、ゆうせいはそうじゃないといった様子だ。
「わかってるか、これで立て続けに四人だ。まだ前期も終わってないうちに。前のペースなら一年のうちに数人だった。異常な発症率だ」
「昨年のブルームーンの影響じゃないのか」
「発症したのは」
 ゆうせいはあごをクイと界人の部屋に向けた。
「アイツに手を出した連中だ。これでみんなダメになった」
「俺に声をかけてきた、グルのいわぎり先生はまだ大丈夫そうだが?」
「俺の見立てでは、数週間以内に、なるな。気の振れ幅がおかしくなってきてる」
 ドアの前で声を潜めながら、充はかぶりを振る。

「因果関係を決めつけるのはやめよう。現にダンスレッスンのときに生意気をこいたとかいう、生徒たちの方には何も影響はないじゃないか」
「確かに大人しくはなったみたいだ。この発症要因は不明だが、刀に触れるほどに起こりやすいようだからな。生徒たちには卒業して一門に入るまで真剣を握らせない。それで俺は学園に入って早々に真剣を持った生徒が卒業できた事例を一つしか知らない」
 充が思い浮かべる一つの事例、それは彼──充が会いたくても、顔を合わせられない影斬りだ。

「影斬りは入れ替わりが激しく、一門で最初から育った者ほど、短命だと聞く。俺が生まれた、如月も常に頭に血の上った若い連中ばっかで早死にまっしぐらだ」
 充は気持ち、ゆうせいを廊下側へ押し出す。だがゆうせいは話を止めなかった。
「その点、学園側はどうだ。結界のおかげで、刑士団以外、刀を振るわなくていい。刀への接触が少ないのにこのペースの発症、劇症化は、アイツが来る前にはなかったことだ」
「なんでそこまで頑なに、結びつけようとするんだ」
 押し出されたゆうせいが今度は踏みこみ、充たちの部屋へ入ってきた。静かに彼は戸を閉め、告げた。

「……旭さん、夜になるとおかしいんだ、最近」

 充の心臓が大きく脈打つ。
「気の振れ幅に変化は?」
「あまりない。が、そろそろ発症してもおかしくはない」
「旭さんはなんて?」
「本人は気づいていない。そもそも、本人に自覚なく進行するものだ」
 これ以上は。充は平静を保てそうになく、顔を覆った。

「今日はここまでにしよう。念のため、寮の入り口はいつも以上に警戒を頼む」
「それしか俺には取り柄がないんでね。そこはやるよ」
 ゆうせいが部屋を出たあと、充はソファーでひとり、物思いに沈む。
 本縁を結べば、旭の異変の進行は止まるのか。だが、不安定な状態、中途半端な気持ちのまま繋がれば、その縁は呪いとなってしまう。
 界人に話すべきか。話してしまったら、実希みのりに懐かれている界人は、実希みのりにどう接するようになるのか。
 考えれば考えるほど、充は閉口せざるを得なかった。言いようのない不安を抱えながら、気づけば夏休みが目前に迫る季節となっていた。


 学期末のテストから解放されたのは生徒だけではない。教員の充も、とある場所へ足を向けながら伸びをしていた。
「テスト終わったな。これから夏季休暇、夏休みだ」
 充のルームメイトで実習生でもある界人の手伝いがあって、採点業務は充の見越したよりも早く収まった。
「お休みと言っても、先生たちは働くんですよね?」
「まぁ、ほどほどに」
「このあと、どこに行くんですか?」
 諸々の業務が早く片づくのは良いことだが、新たな別のやるべきことが増える。充は複雑な気持ちで、日差しが降り注ぐ廊下を歩いている。
「後期から始まる剣術指導の場所に。生徒が使わないときは、稽古をしている先生がいるときもある……」
 充は歯切れの悪い答えを口にしてしまい、界人に心配でもされたらたまったものではないと、少しだけ早足になった。

「先客がいるな。また今度に」
「見、たいです」

 「お、い?」と充が止める間もなく、界人は剣道場へ上がっていってしまった。
 竹刀を振り下ろし、素振りを行っていたのは、志葉だった。二人の姿を認めるなり、彼は竹刀を素早く収めた。
おぎと永野か。後期からの剣術指導の下見だろうか」
「お邪魔をして申し訳ありません、志葉先生」
 充は界人をすぐに引き下がらせようと肩を掴みかけたが、彼の勢いを止めるにはいたらなかった。

「その型はあなたのものでしょうか?」
 さすがの充も失礼だと、「おい、永野」とさらに諌めようと動いたが、志葉は構わないといった態度で、界人に向き直る。
「この型を先代から継承した弟子は二人いた。私と、セツキという者だ」

 セツキという名を充もどこかで聞いた覚えがあったが、よくは思い出せない。
「セツキは僕の、大切な人でした」
「その言いぶりではもう彼はいないのだな」
 そうだ。セツキは界人にとって大切な存在で。

「私は十二月学園へ、彼はうらづきへ入門した。それからは顔を合わせてはいない」
 志葉にとってのセツキとは、ともに切磋琢磨し、技を磨いた仲、ただそれだけなのか。充はそれとなく顔を上げて、志葉を見る。
「何故、セツキは死んだ」
「……僕の弟を守って、身代わりに」
「殺した相手はどうなった?」
「セツキを……殺した相手?」
「君の弟を狙っていた輩がいたのだろう? そいつが生きていれば、君の弟はまた何度も狙われることになる」
「そ、それは」

 志葉は何か良からぬことを暴こうとしている。充はこれ以上は止めなければならないと使命感に駆られ、口を出した。

「志葉先生。永野は記憶に著しい損傷があります。あまり負荷をかけないでいただきたい」
 志葉は道場の中で一礼をしてから、歩き出した。
「君が私に頼もうとしていたことは、そういった過去のトラウマについて、呼び起こすことになる。君がそれを克服できないのなら、もう刀を握ることはあきらめなさい。刀をふるわずとも、じゅを極めれば、影斬りに戻ることはできる」
 志葉はそれだけを界人に告げると去っていった。

「永野、まさか、志葉先生に剣術指導を頼むつもりだったのか!?」
 界人は無言でうなずく。充は強くかぶりを振って、彼によく言い聞かせた。
「今はダメだ。不安定な時期にかげきりとうをふるえば、一般人を巻きこみかねない。絶対にダメだからな」
「……わかった」
 そうは言うものの、〝セツキを亡き者にした相手〟を志葉に問われた際の動揺が、界人の中から消えていない。
 今日は寮に引き上げようと、二人は寮までの道を並んで歩いている。お互いに言葉はない。

 充はある者の明かされざる罪を知ってしまっていた。それが今、重なった。
 成人を迎える前、親族にそそのかされ、人を手にかけた者。成人の儀を迎える前の幼少期の罪は罰せられない。ゆえに、その者は自分で自分を罰し続け、その瞳に罪証を負っている。人を斬った刀を携え、影斬りとして、償えぬ贖罪の日々を送る。
 裁かれなかった大罪人だとしても、充にとってその者はかけがえのない存在で。充の中にまた一つ、重しがのしかかった。
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