25 / 52
1 縁罪
25 溶け合う
しおりを挟む「お、おやじ。今、いい?」
界人のほおをするりとなでて、旭はソファーから降りた。
「どうぞ」
鼻を啜りながら実希が入ってくると界人は立ち上がった。
「実希、もう大丈夫なのか!」
「んー」と返事をしながら実希は、出迎えた旭にぎゅうと抱きつく。
「今夜は一緒に寝るのかな?」
「うん」
頭をなでられても、実希は払い除けず、旭の体に頭を擦りつけている。
「では僕はこれで」
「界人も」
親子二人でと気をつかった界人は、実希に引き止められ、結果、三人で床で寝ることに。
実希は疲れて眠ってしまった。寝つくまで彼をあやしていた旭が、静かに口を開いた。
「年相応に甘えて来ないからさ、甘えていいんだよって頭をなでるんだけど、いつも振り払われてばかりで。僕も戸惑ったけど、君といるようになってから、少しは素直になったみたい」
「大人になりたいっていつも言っていますよ」
「子ども扱いは嫌だって、そういう子だから困っちゃうね」
「いいえ。あなたみたいな大人になりたいって」
「私、みたいにねぇ……」
旭が何の気なしにつぶやいた言葉が、界人の中に波紋を広げる。「旭さん、あなたは」と言いかけ、界人は口を噤む。
「私みたいに、周りに敵を作るようなところを見習ってほしくはないかなあ」
旭は苦笑している。彼はいつも笑みを崩さない。界人は、旭の見せる笑みこそが、障壁を作ってしまう、原因のような気がしていた。
あなたはあなたのままでいいと。実希に言った言葉を界人は、どうしても口に出せなかった。
金曜に体育祭を終えて、土曜を迎え、紅葉寮では打ち上げが行われていた。
「体育祭、おつかれー」
旭の合図で、皆が乾杯をした。
「マジで胃が重かった」
掲げた飲み物を一口飲んでから、最初に口を開いたのは充だった。
グラスを傾けながら、雄生も同意するように、小指を立てた。
「わかる。来賓だから仕方ないけど、界導先生がいると正直、存在感が強すぎてなんかもう」
「失礼ですが、どなたでした、でしょうか」
界導先生というのは、界人にとって初耳だった。
「そうか。永野は入学式には出ていないもんな。知らねぇのも無理はない」
充の平然とした返しに、雄生は身を乗り出しかねない勢いで驚いている。
「嘘だろ? こっち、めちゃめちゃ見てきたじゃんか。あんな教員メンツがピリついてんのに、気づかないとか、図太いな永野は」
「こらこら。界導先生は卯咲の教育長だよ。あまり口悪く言わないの」
黙って食事に手を伸ばしていた旭が見かねて口を出した。
実希はトンと机を指でつつく。
「なにビビってんだよ。身内でキャットファイトぐらい、年がら年中やってるくせにさ。てか、もう俺はダンスレッスンとか一生やんないから」
「彼らは私が指導しておいたからもう大丈夫だよ」
旭はニコリと実希に笑いかける。
「なんか、妙に大人しくなって逆に怖かったけど」
「あまり跳ねているようじゃあ困るからいいじゃない。一般の学校とちがってさ、体育祭以外、もう行事がないからね、ここからはもうあっという間なんだから」
充が界人に目配せを送ってくる。
「一応、前期が座学中心、夏休みはあるが、後期からは剣術指導が入るからもっとキツくなる」
「まあ、十二月学園は一般人にも門戸が開かれた、唯一の影斬り養成学校だからね。刀を扱えないとね」
「それでちょうど初等部三年の後期から刀、を振るうための鍛錬が始まるんだ。と言っても、まずは刀を扱う心構え、精神力を鍛えることから始めるがな」
「初等部三年、八歳からだと正直遅いかなと思うけど、学園の教育方針だし仕方ないかな」
充と旭の会話に、「早くから武器なんて持たせていいこと、ないですよ、正直言って」と雄生が割って入ってくる。
「でもねえ、裏月では十二歳が成年だから、それまでに影斬刀を扱えていないとダメなんだよ。ま、ここの生徒たちは十八で卒業だから、順当に行けば、十八歳までは影斬りにはならない。となるとその辺のさ、裏月の慣習とはあまり関係ないかもだけど」
隣に座り、甲斐甲斐しく実希が取り分けてくれる料理を界人は「ありがとう」と口に入れながら、旭の話を聞いている。
「裏月に何が何でも入りたい子はもうここに入る前から刀を握る覚悟がある。そういう子は普通の学級に入れてもかわいそうだから、私が暮葉先生に報告を上げて、個別指導をつける。優秀であれば飛び級をさせて卒業を早めて、裏月一門への入門に背中を押すってところかな」
「はーん、あのクソ目つき悪い口悪の奴とかね。早く熟れすぎるとあーなのになんのかね」と口をもごつかせながら、実希は悪態をついた。
「それを実希が言うのか」
「んだよ、タケオ。なんか文句あんのか」
「ヘトヘトなんだ、勘弁してくれ」
雄生が煽るグラスからは、祝い酒に似た匂いがしている。界人が成人の儀の際に、口にするはずだったものだ。
宴の席のあたりから界人の記憶は濁っている。永槻一族が壊滅した夜のことを界人は、郁の身代わりとなった雪季を失った悲しみしか覚えていない。
酒を勧められたが界人は断った。あの夜の惨劇を再び招いてしまいそうで。
彼らの平穏無事な生活を壊したくないと思うぐらいには、界人は学園での生活に浸っていた。
体育祭の打ち上げを終え、各々、部屋へ帰っていく。雄生は足元をフラつかせながら、部屋へ引き上げ、実希は「酒くせぇ」と怒りながらもドアを半開きにして閉める。
界人は充と後片づけを済ませてから、旭に呼び出されて、彼の部屋を訪れていた。
二人でいつものように、ベッドの上で並んで横たわる。
「金曜、ごめんね。疲れてるみたいだったから」
「お気づかいありがとうございます」
「体育祭も終わったし、君には剣術は必要ないと思うから、ご希望通り、呪符の基礎、呪詛について少しずつ、教えようね」
「はい……」
会話が途切れ、視線が絡みあう。
「触ってもいいかな」
「大丈夫です」
旭の手がシャツの裾をめくり、界人の背をなでる。界人は弾む息を整えようと視線をさまよわせるが、「界人」と呼ばれ、旭の目を見てしまう。
熱を帯びた彼の目から界人は視線を外せない。どこまで体を明け渡してよいのか。界人は熱にうなされていく頭で必死に考える。
だが界人の思惑に反して、旭は目を逸らさず、素肌を慈しむようになでるばかり。そのままゆっくりと交じりあい、夜が更けていった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる