哀夜の滅士

兎守 優

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1 縁罪

25 溶け合う

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「お、おやじ。今、いい?」
 界人のほおをするりとなでて、旭はソファーから降りた。
「どうぞ」
 鼻をすすりながら実希みのりが入ってくると界人は立ち上がった。
実希みのり、もう大丈夫なのか!」
 「んー」と返事をしながら実希みのりは、出迎えた旭にぎゅうと抱きつく。
「今夜は一緒に寝るのかな?」
「うん」
 頭をなでられても、実希みのりは払い除けず、旭の体に頭を擦りつけている。

「では僕はこれで」
「界人も」

 親子二人でと気をつかった界人は、実希みのりに引き止められ、結果、三人で床で寝ることに。
 実希みのりは疲れて眠ってしまった。寝つくまで彼をあやしていた旭が、静かに口を開いた。

「年相応に甘えて来ないからさ、甘えていいんだよって頭をなでるんだけど、いつも振り払われてばかりで。僕も戸惑ったけど、君といるようになってから、少しは素直になったみたい」
「大人になりたいっていつも言っていますよ」
「子ども扱いは嫌だって、そういう子だから困っちゃうね」
「いいえ。あなたみたいな大人になりたいって」
「私、みたいにねぇ……」

 旭が何の気なしにつぶやいた言葉が、界人の中に波紋を広げる。「旭さん、あなたは」と言いかけ、界人は口を噤む。
「私みたいに、周りに敵を作るようなところを見習ってほしくはないかなあ」
 旭は苦笑している。彼はいつも笑みを崩さない。界人は、旭の見せる笑みこそが、障壁を作ってしまう、原因のような気がしていた。
 あなたはあなたのままでいいと。実希みのりに言った言葉を界人は、どうしても口に出せなかった。


 金曜に体育祭を終えて、土曜を迎え、紅葉寮では打ち上げが行われていた。
「体育祭、おつかれー」
 旭の合図で、皆が乾杯をした。
「マジで胃が重かった」
 掲げた飲み物を一口飲んでから、最初に口を開いたのは充だった。
 グラスを傾けながら、ゆうせいも同意するように、小指を立てた。
「わかる。来賓だから仕方ないけど、かいどう先生がいると正直、存在感が強すぎてなんかもう」
「失礼ですが、どなたでした、でしょうか」
 かいどう先生というのは、界人にとって初耳だった。

「そうか。永野は入学式には出ていないもんな。知らねぇのも無理はない」
 充の平然とした返しに、ゆうせいは身を乗り出しかねない勢いで驚いている。
「嘘だろ? こっち、めちゃめちゃ見てきたじゃんか。あんな教員メンツがピリついてんのに、気づかないとか、図太いな永野は」
「こらこら。かいどう先生はさきの教育長だよ。あまり口悪く言わないの」
 黙って食事に手を伸ばしていた旭が見かねて口を出した。
 実希みのりはトンと机を指でつつく。

「なにビビってんだよ。身内でキャットファイトぐらい、年がら年中やってるくせにさ。てか、もう俺はダンスレッスンとか一生やんないから」
「彼らは私が指導しておいたからもう大丈夫だよ」
 旭はニコリと実希みのりに笑いかける。
「なんか、妙に大人しくなって逆に怖かったけど」
「あまり跳ねているようじゃあ困るからいいじゃない。一般の学校とちがってさ、体育祭以外、もう行事がないからね、ここからはもうあっという間なんだから」
 充が界人に目配せを送ってくる。

「一応、前期が座学中心、夏休みはあるが、後期からは剣術指導が入るからもっとキツくなる」
「まあ、十二月学園は一般人にも門戸が開かれた、唯一の影斬り養成学校だからね。刀を扱えないとね」
「それでちょうど初等部三年の後期から刀、を振るうための鍛錬が始まるんだ。と言っても、まずは刀を扱う心構え、精神力を鍛えることから始めるがな」
「初等部三年、八歳からだと正直遅いかなと思うけど、学園の教育方針だし仕方ないかな」
 充と旭の会話に、「早くから武器なんて持たせていいこと、ないですよ、正直言って」とゆうせいが割って入ってくる。

「でもねえ、うらづきでは十二歳が成年だから、それまでにかげきりとうを扱えていないとダメなんだよ。ま、ここの生徒たちは十八で卒業だから、順当に行けば、十八歳までは影斬りにはならない。となるとその辺のさ、うらづきの慣習とはあまり関係ないかもだけど」
 隣に座り、甲斐甲斐しく実希みのりが取り分けてくれる料理を界人は「ありがとう」と口に入れながら、旭の話を聞いている。

うらづきに何が何でも入りたい子はもうここに入る前から刀を握る覚悟がある。そういう子は普通の学級に入れてもかわいそうだから、私が暮葉先生に報告を上げて、個別指導をつける。優秀であれば飛び級をさせて卒業を早めて、うらづき一門への入門に背中を押すってところかな」
 「はーん、あのクソ目つき悪い口悪の奴とかね。早く熟れすぎるとあーなのになんのかね」と口をもごつかせながら、実希みのりは悪態をついた。
「それを実希みのりが言うのか」
「んだよ、タケオ。なんか文句あんのか」
「ヘトヘトなんだ、勘弁してくれ」

 ゆうせいが煽るグラスからは、祝い酒に似た匂いがしている。界人が成人の儀の際に、口にするはずだったものだ。
 宴の席のあたりから界人の記憶は濁っている。ながつき一族が壊滅した夜のことを界人は、郁の身代わりとなった雪季を失った悲しみしか覚えていない。
 酒を勧められたが界人は断った。あの夜の惨劇を再び招いてしまいそうで。
 彼らの平穏無事な生活を壊したくないと思うぐらいには、界人は学園での生活に浸っていた。


 体育祭の打ち上げを終え、各々、部屋へ帰っていく。ゆうせいは足元をフラつかせながら、部屋へ引き上げ、実希みのりは「酒くせぇ」と怒りながらもドアを半開きにして閉める。
 界人は充と後片づけを済ませてから、旭に呼び出されて、彼の部屋を訪れていた。
 二人でいつものように、ベッドの上で並んで横たわる。
「金曜、ごめんね。疲れてるみたいだったから」
「お気づかいありがとうございます」
「体育祭も終わったし、君には剣術は必要ないと思うから、ご希望通り、呪符の基礎、じゅについて少しずつ、教えようね」
「はい……」
 会話が途切れ、視線が絡みあう。

「触ってもいいかな」
「大丈夫です」
 旭の手がシャツの裾をめくり、界人の背をなでる。界人は弾む息を整えようと視線をさまよわせるが、「界人」と呼ばれ、旭の目を見てしまう。
 熱を帯びた彼の目から界人は視線を外せない。どこまで体を明け渡してよいのか。界人は熱にうなされていく頭で必死に考える。
 だが界人の思惑に反して、旭は目を逸らさず、素肌を慈しむようになでるばかり。そのままゆっくりと交じりあい、夜が更けていった。
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