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1 縁罪
24 闇から掬う声
しおりを挟むこれは何かあると、界人は志葉に目配せを送ると、志葉が生徒に声をかけた。
「先生に他に言っておくことはないかな?」
「なんか、たぶん、ダンス練で……まぁ、実希って生意気なところあるから、なあ」
「根は悪くねぇんすけど、気が強くて、正論叩いてくるし、ムカつかれることもあるっぽいッス」
「わかった。話してくれてありがとう」と界人は生徒たちに礼を述べて、教室をあとにした。
「旧校舎の結界に外から干渉された気配はない」
「それはどういう」
「学園を守る結界の一つを私が任されているから」
湿気で重苦しい廊下を二人は早足で歩く。
「ただ、この学園内の建物では、内側からの干渉には気づきにくい。外堀を埋めるだけで、今の結界術はそれが限度だ」
「それでは学園内の行けるところを片っ端から探します」
「いいや、もう一つ、可能性を潰してからがいい。もし生徒同士の乱闘などが起きて器物損壊があれば、一番にわかる者がいる」
そう言って志葉が界人を連れて行ったのは、校舎から離れた教員寮だった。界人は志葉から離れないようにと前だけを見るのに気を取られ、気づけば、知らない部屋の前にいた。
「志葉です。お時間よろしいでしょうか、暮葉先生」
「どうぞ」
ドアが開き、迎えたのは、眼鏡をかけた細身の男だ。彼は職員室の朝礼で、校長の隣にいつも控えている男だった。志葉は彼に向かって敬礼をした。
「いつもの確認の時間が少々早まり、恐縮ですが、学園内に変わったことはございませんか?」
「ないね。ご苦労さま」
「そうですか。失礼しました」
界人は二人のやり取りを固唾を呑んで見守っており、志葉が部屋を出るまで、終始無言だった。
「暮葉先生は学園内の設備、物品を管理している方だ」
「刑士団長……ですよね」
「知らないのも無理はない。刑士団はほとんど動くことがないからな」と志葉は険しい顔をして言った。
学園の刑士団がほとんど機能していないと言うのは本当のようだ。学園内は四方を巨大な結界に囲まれており、門の外へ出ないかぎりは、大した月喰い絡みの事件は起きない。
しかし、対人の争いごととなれば、ことに生徒同士なら、刑士団など関係なく、見つけ次第、教員が仲裁に入らなければならない。
月喰い討伐には消極的だとしても、生徒を守る、それぐらいの分別は、ほとんどの教員にはあるはずだ。
界人はぼそりとつぶやく。「急務であれば、真っ先に言うはずだ。すぐに言うべきことがないということは、騒ぎは起こっていない……」と。
廊下で界人が考えこんでいると、ドアが開く。暮葉が顔を出した。
「言うべきか迷ったのだが」
「何でしょうか、暮葉先生」
志葉が応えた。界人も顔を上げた。
「ロッカーを叩いている子がいる、気がするんだ。部室棟の方だったから、思春期だから扱いには気をつけた方がいいと考え……まあ、しばらくしたら止んだのだが」
「念のため確かめて参ります」
志葉と界人は教員寮を出て、傘を差さずに、降りしきる雨の中、走っていた。
「もし、ロッカーに閉じこめられているのだとしたら……!」
界人が不安を口にすれば、雨脚が弱まった。雨音でかき消されていた音が、よく通る。その耳に、助けを呼ぶ声が届く。
「こわい、あけてよ、くらい、やだ、ぐすん」
「かすかに泣き声がする。実希!」
部室棟に外付けのロッカーから、泣き声が上がっていた。
「くらいの、やだぁ」
「実希! もう大丈夫だから! 今、開ける」
界人と志葉が二人がかりになっても、ロッカーのドアは開かない。
「カギがかかってるな。酸欠になってしまうじゃないか!」
「まっくら、こわい、ぐすん、こわいよぉ」
「実希、大丈夫。絶対に開けるから」
「仕方ない。壊すしか……」と志葉はつぶやき、コンクリートを踏みしめる。
それは、ダメだ。界人は心の内で強く拒絶する。カギを壊してはいけない。だから。
「頼む、開いてくれ」
界人は強く願った。ガチャリと音が鳴る。
「へ?」と界人は間の抜けた声を出し、志葉は「な!」と驚く。
開いたドアからなだれ落ちるように、実希が倒れてくる。
「えーん、かいとぉ、うぅわぁぁん」
「遅くなってごめんね。頑張ったね、実希」
実希をしかと抱きしめる界人のそばで、志葉は「どう……やって」とこぼした。
どうであれ、実希を無事、救出できたのだ。界人は自分が意図せず使った不思議な力のことなど、今はどうでも良かった。
夜が更けた頃、界人は旭の部屋を訪れていた。
「実希のこと、ありがとう」
「大事にいたる前で良かったです」
「志葉先生は君を疑り深く見ているようだから、監視役としては最適だ。加えて暮葉先生からの信頼も厚い」
界人の体がビクリと跳ねる。
「その件は……勝手に寮をひとりで出てしまい、申し訳ありませんでした」
「君の身にもしものことがあったら、充君が居たたまれないよ」
「そうですね……」
監視が必要な身でありながら、少しの間とは言え、一人で行動してしまった。実希を助けたい一心で身勝手なふるまいをしてしまい、充や旭たちに迷惑をかけてしまったのだ。
界人は身を固くして、頭を下げる。
「もう一人、君の身を案じる者があるんだけどね」
旭の言葉の意図がわからず、界人が見上げれば、旭が近づき、唇をなぞる。今日は金曜ではないのに。界人が顔を赤らめるタイミングで、戸が叩かれた。
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