哀夜の滅士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
20 / 52
1 縁罪

20 ひと目見たときから

しおりを挟む

 ゆうせいの部屋に押し入ってきた旭は、表情を変えずに立ったまま、ペラペラと胸の内を話し出していた。

「あのね、新学期が始まってソワソワしてるだけだと思ってたんだ。でも、金曜日になると浮かれることに気づいて。あぁ、金曜は永野君が私の部屋に定期報告に来る日なんだ。日中あまり見かけることはないんだけど、気がつくと探してしまっていて、さっきもね、実希みのりとダンスしてる所、盗み見てしまって、もう惚れ惚れてしまって」
「旭さん、ちょっと待って」

 永野がやって来たのはいつだっただろうか。ゆうせいは冷えた思考をめぐらせてカレンダーをさかのぼる。永野が来てから金曜日はまだあまり迎えていないのでは。
 一回は超えた。二回目はおそらくまだ迎えられていないだろう。永野はまさにその昨日、大変な目に遭っていたにちがいないから。
 とすれば、永野にとって旭さんと金曜を迎えたのは一度きり。しかし、旭さんにとってその一度は、永野の思うより長く、日が伸びるほど、膨れ上がるものだった。
 双方の酷いズレは、初手において深刻な溝を生みかねない。だが重要なのは別のことだ。
 旭さんがこういった思いを打ち明けてきたことはまずない。逃してはいけないと。

「こういうこと、おぎ君は耐性ないし、実希みのりにはその……言いにくいし、ゆうせい君にしか相談できないんだ。だから……お願いっ」
「俺、恋愛とか経験はないんですが」
「いいの。良識ある大人な君から、世間一般的な助言が欲しいだけなんだ。私はどうも実希みのり曰く、〝ズレ〟ているそうだから、もうどうしたらいいのか絶望で」
 旭の顔は笑っていたが、全身で落ちこみっぷりを体現しており、ゆうせいは布団を剥いで、ベッドに座り直した。

「まず、落ち着きましょう。旭さんはどうされたいんですか」
「永野君ともっとお近づきになりたい。あーでも、年上過ぎるかな。さすがにおじさんは彼も厳しいかもしれないよね。はぁぁぁ」
「すみません。まずなんですが」
「うん」
 食いつかんばかりに凝視してくる旭に、ゆうせいは言葉を選ばずに、ばっさりと切り捨てる。
「永野が同性、つまり男を好きかどうか、だと思いますが」
 「あっ」と絶望の声を上げて旭は膝をついてしまった。
「そうだよね、そうだよねー。もうキスしちゃったし、嫌だったのかな。あー、私は穴に入りたい」
「ちょっ、旭さん、キキス!??」
 「と言っても仮の縁結びのためだけどね」と旭はくたびれた様子で、イスに腰かけ、額に手を当てている。

「言い方悪いですけどいいですか」
「悪い事? いいよ、大歓迎」
「その関係、利用しましょう」
ゆうせい君、言葉が悪いよ」
「仮の縁を結べているということは少しでもチャンスがあるということですよ。本縁を結ぶまでに持っていければいいということでしょう?」
「いずれはその話はしなくてはと思っているのだが。恐いんだよ」
 旭の指が髪をぐしゃりと掴む。
「私ではない誰かと本縁を結びたいと言われることが」
 無問題。最初に、ゆうせいの頭に浮かんだ考えはそれだった。

「本縁を結ぶ。そういうことは関係がもう少し深まってからにすべきです」
「もう少しって?」
「まず定番は食事に誘うですね。ご飯を食べながらおしゃべりで相手のことを知っていく。いわゆるデートですね」
「それなら、部屋に来てくれたときにごちそうできるよ」
 ゆうせいは頭を振った。
「ちがいます。学園の外で、です。それには相手の好みも知らないとダメです。苦手な物が出てくる店に連れていった日には、そこで関係が終わります」
「それは、避けたい……」
 「好物は……?」とゆうせいが問えば、旭は「うーん。うーん。うーん……」とうなる。
「まずは寮生活の中で相手のことをよく知ることです。それから学園の外でのデートに誘って、お付き合いを申しこんで、大丈夫だったら、同棲して、想いを伝えればいいと思います」
 「その手順、覚えられるかなあ」と天井を見上げる旭に、ゆうせいは釘を刺した。

「まちがってもお付き合いする前から性的な関係を持つのは言語道断ですからね。体が欲しいだけだと思われて、気持ちが離れてしまいますよ」
「キキスは……」
 不安が入り交じり、旭の声は消え入りそうだった。
「合意の上ですか?」
「合意も何も、永野君が生きるために必要なことで」
「まずちゃんと確認を取った方がいいですよ。何か誤解されたままですと、後々あつれきが生じますから」
「ねー、夕飯作ったけど」
 実希みのりが隣の部屋から呼んだ。「今、行くねー」と旭のいつも通りの声が返っていく。
 夢のような話から覚め、現実へと叩き戻される。ゆうせいは身震いをした。

「あの、旭さん」
「ありがとう。これからもよろしくね、ゆうせい君」
 立ち上がった旭を見上げれば、ゆうせいはその張りついた笑みにゾクリとした。


 充が部屋の戸を開ければ、旭と、そのうしろにゆうせいの影があった。
「おい。どの面下げて」
「まぁまぁ、充君。穏やかに」
 「すみません、お風呂お先に失礼しました」と風呂場から出てきた界人を充は体を張って、ゆうせいの視界から覆い隠した。
 「ちょうど夕飯できた。食べよ」と実希みのりが言うが、充は旭だけを通して、ゆうせいを頑なに入れようとしない。
ゆうせい君は私のいいパートナーなんだから、そんな邪険にしなくても」
「は? 何だと? あとで面貸せ、ゆうせい
「まぁまぁ、仲直りして」
 「旭さん、ちょっと距離、縮めすぎですよ」とゆうせいが旭と席を入れ替え、界人の間にゆうせいが割って入れば、「永野の隣、座んな」と充が界人を自分の席と入れ替えた。
 食卓の席で充とゆうせいはいがみ合う。立ち上がりかけた充は勢いそのままに、うしろに引かれ、動かされ、旭の隣へ。
 充は移動させたのは実希みのりだった。実希みのりゆうせいと界人の間に腰を下ろし、待ったをかけた。

「あー、これでもう動かない。配膳終わり。いただきまーす」
 「いただきます?」と戸惑いながら手を合わせる界人に、充は話を振った。
「今日のダンス練習、どうだったんだ?」
「たくさん動くとお腹空くなって思いました」
 「そうそう。たんまり腹ごしらえしろよ」と実希みのりが箸を押しつけ、界人に握らせていた。
実希みのりくん、料理、上手だね」
「ま、ゆうせい以外はみんな料理できるからさ」
 ゆうせいが充をひと睨みしてから、「実希みのり、珍しいじゃないか。名前で呼んでも怒らないなんて」と言った。
「うっせ。だって名字、だから仕方ないじゃん」
「なるほど。永野が呼ぶとどっちも〝さん〟になるな」
 充は頑としてゆうせいから目を逸らして返した。

「何だかんだ仲のいい親子ですよね、お二人は」
 界人がそう笑えば、ゆうせいが口を開こうとした。言わせまいと充が覆いかぶせようとする前に、実希みのりの声が誰よりも先を行った。
「早く自立しな、義父サン」
「高等部を卒業してから言いなさい」
 旭にたしなめられて、実希みのりはほおを膨らませている。
「でも、実希みのりくんが自立してしまうと、寂しくなりますね、さんは」
 界人の言葉に旭は目を丸くして、「そ、そうだね」と目を泳がせた。
「参ったな。考えたこともなかった」
「俺が独り立ちする前にさ、いつまでも気ぃ遣う必要ないんだから、相手作って一緒になっちゃえばいいじゃん」
「いやー、ぼちぼち」
 実希みのりが口に入れたおかずを飲みこんでから、頭を強く振った。

「ダメ。こうやってはぐらかして何年経ったと思ってんの? そろそろ余生考えなよ。いつまでも俺が一緒に居てやれるワケでもないんだしさ」
「大丈夫だ。旭さんの相手は俺が何とかする」
「充、お前、それはどういう意味で」
 充が険しい顔で射抜けば、ゆうせいが立ち上がりかけた。充は首の振りだけで表の方を指した。
「さっきの発言の真意と話の続きだな。飯終わったら外出ろ」
「外で暴れるのはやめろよ。何ピリピリしてんだか知らないけどさ」
 実希みのりに肩を叩かれたが、充は今度こそ引く気がなかった。
「私たちは一時待避しようか」
 食事が終わり、旭が席を立ち、界人を呼んだ。
 「片づけ、頼んだからねー」と実希みのりは充とゆうせいに押しつけていく。

実希みのり。食後のお茶でもどう?」
「うーん。今日はいいや。早く風呂入って寝たいから。おやすみ」
「お休み」
「おやすみなさい」
 旭と界人が部屋を出て行った。残されたのは充とゆうせい実希みのりだ。

「バーカ。あんな雰囲気出してんのに割って入れるワケねぇーじゃん」
 充は実希みのりの頭をなぜる。
「大人になったな、実希みのり
 実希みのりはその手を押し上げて、得意気な顔で生意気な口を利いた。
「大きい子どものケンカ、どうぞ?」
 充が言い返す前に、実希みのりはサッと向かいの部屋へ駆けこんでしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。 そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。 【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】 そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?! 【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】 ◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。 ◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。 ◆現在・毎日17時頃更新。 ◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。 ◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

処理中です...