哀夜の滅士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
16 / 52
1 縁罪

16 紅い目の秘密

しおりを挟む

 昼の鐘が鳴った。充が昼飯をと思って界人の部屋に声をかけようとすれば、寮の外で旭と誰かの話し声がした。
 界人の部屋が開かないのを尻目に確認してから、充はそっと廊下へ出て聞き耳を立てた。

先生?」
「わ、成清なるせくんじゃないか」
「え、誰」
 ダンスレッスンに行っていた旭と実希みのりが、校内を回っていた成清なるせと鉢合わせをしたといった様子だった。
「お久しぶりですね」
「彼はね、成清なるせ葉月くん。とっても優秀で飛び級で卒業しちゃって寂しかったなぁ」
「あんた、その目」
 実希みのりの声が怒気を帯びる。

「そうだ。六つの時に俺は人を殺してる。その罪証だ」
「てっめ、成人前の犯罪は問われないからって開き直りやがって」
 「開き直るつもりはないが、一つ」と成清なるせは、実希みのりの噛みつく勢いをしている。

「お前、人を目で差別するの、止めろ」
「は? 前科持ちに説教されたかないね」
「お前、目から血を流すほど、泣いたことはあるか?」
「気持ち悪、何の例えだよ」
「生きながら、呪いで自我を縛られ続けたことは?」
「何が言いたいんだよ、あんた」
「この目の発現条件は人によってちがう。そもそも、罪を犯しただけじゃ、こうはならない」
「だって人殺しの罪でやみいの刀で縁を斬られればそうなるって」
「俺はやみいの刀で裁かれてない。人を殺して家族を失った日に、この目が染まった」
「自業自得」
「お前のその偏見のせいで誰かが傷つく。自覚しろって言ってんだよ」
「義父さん、何なの、コイツ」
 まくし立てても立てても、実希みのり成清なるせから反論を食らってしまう。実希みのりは旭に不機嫌さをぶつけていた。

実希みのり、彼の言う通りなんだ。これが真実。学園では絶対に教えてくれない、ね」
 実希みのりが「子ども扱いすんな」と怒鳴る。いつものように、旭に頭をなでられたんだなと充は思った。

「気を悪くさせてごめんね、成清なるせくん。実希みのりは学園の中で長いこと育ってあまり外の事情を知らないんだ」
「じゃ、今知れ。受け入れろ、常識を疑え。そんじゃなきゃ、ここ出たら偏屈で自分の首を絞めることになるぞ」
「う、うるせぇ」
「わー、成清なるせくん、立派になって先生うれしい」
「それなりに、修羅場くぐり抜けてきましたから」
「今日は私がお昼、頑張っちゃおうかなー」
「こんな奴と昼飯食べるのかよ」
 地面を蹴飛ばし、土を抉っている足音。実希みのりがよくやる、不機嫌なときの行動だった。実希みのりは舌打ちを鳴らして、地団駄を踏んでいる様子だ。
「いいんですか?」
「一人暮らしの成果、私に見せてくれる?」
「望むところですよ」

 学園の中でしか育っていない。外の事情を知らない。実希みのりが言われたくない言葉だろう。
 どんなに頑張っても、背伸びしても、実希みのりがまだ子どもで、親の庇護下に置かれる存在だという事実はくつがえらないが、独り立ちができてない駄々っ子のように思われるのも、実希みのりは我慢ならないはずだ。
 「行くよ」と言った旭よりも先に、実希みのりが寮に踏みこんでくる荒々しい足音がした。
 充は慌てて部屋に戻り、旭たちを出迎えた。

「お昼ですよね」
「うん。成清なるせくんも来てくれたことだし、せっかくだから、お昼、ご一緒しようかと」
 旭はうなずきつつも、「あれ、界人くーん?」と部屋を見回し出した。
 旭と成清なるせは、充たちの部屋へ入ってきたが、実希みのりはドア付近で仁王立ちで、立ち往生している。

「あの兄貴、さっきルカオ、じゃなくて郁と」
「誰だよ」
 実希みのりが床を足で踏み鳴らす。彼はますます不機嫌になっていく。
「ルカオのことか? 界人って奴の弟」
 成清なるせが補足するのも、実希みのりは無視を決めこんで聞いていない。

「それじゃあ、充君の部屋でお昼を~」
「やだ」
ゆうせい君も呼んでこないとー」
「仕方ねぇな」
 旭さんがこうと言ったら折れないのを実希みのりはわかっている。
 実希みのりは渋々向かいの部屋のドアを乱暴に開けて、乗りこんでいった。
 「またお邪魔しまーす」と成清なるせが充に頭を下げて言う。充も慌てて、「お構いなく」と返してから、「永野、呼びますね」と背を向けかけて、動きを止めた。成清なるせが台所に行こうとしたからだ。

「米は多めに永野が炊いたのであります」
「へー、あの兄貴、炊事できるんだ」
 充が声をかければ成清なるせの足が止まった。
「すごいんだよ、成清なるせくん。とても美味しいんだ、界人君の料理」
 旭はニコニコとして、話を続けてくれている。
「ハッ。俺、陽惟さんの飯を何年作ったと」
「もしや弥生堂の」
 充はハッとして口を噤んでしまった。
「あー、弥生堂、そうそう」
 成清なるせは特段気に留める素振りもなく、「飯はよそうだけでいっか」と腕を頭のうしろで組んで、伸びをしていた。
「私はテーブルを持ってくるよ」
 部屋を出る旭について、「俺も」と充が言いかけたところで、界人の部屋のドアが開く。

「いい匂いですね」
「お昼ご飯かな」
 月見郁と界人がそろって部屋から出てきた。
「俺も手伝います」
 界人がそう言って成清なるせの方へ行こうとするが、郁と腕を組んでいて、離れられなかった。界人と郁は二人で顔を見合わせ、気づく。
 郁が絡めた腕を解こうすれば、「いや、俺たちがやるから、ルカオとイチャコラしてやがれ」と成清なるせはぶっきらぼうに言い放って、ズカズカと寮の廊下へ行ってしまう。
「じゃあ、配膳の準備。お願いできるかな? 七人分」
 旭が充に目配せを送った。充は意図に気づいて背を正した。界人を一人で放置して部屋を出るなということだ。
「兄さま、僕もやります」
「うん。ありがとう」
 郁と界人は台所に、充はテーブルの位置を直す。
 旭と成清なるせが部屋を出てほどなくして、引きずる音がドアの向こうからした。

「タケオ、やさぐれんな、クソ人見知り。早くしろって」
 「いや、俺は胃の調子が」とゆうせいの悲痛な叫びが聞こえてくる。実希みのりは廊下でうんうんうなっていた。
「動けって。義父さんからおにぎり刑が執行されるから、こ、い!」
 「おや。今日は何の具がいいかなー。おにぎり、おにぎり」と旭がいつものからかいで、はやし立てている。
「ほら、早よ、せい!」
 テーブルとゆうせいを引きずりこみ、七人がそろってテーブルを囲んで開口一番、実希みのりが舌打ちをくれた。

「何、このカオス」
 先に自己紹介を始めたのは、紺桔梗の髪に、赤い目の──
「は、初めまして。月見 郁ですっ」
 充は目を見張る。充が事務室の前で顔を合わせたとき、彼は黒い目をしていたはずだった。
「目、え」
 静かに見定める充とは異なり、実希みのりは無遠慮に、界人と郁を見比べていた。成清なるせが刺すような視線を実希みのりに向けている。
 急いで界人が眼鏡をかけたのは、自分ではなく郁の方だ。

「あれ、またかな。たまに目の色がちがうねって言われるんだ」
 充は界人に目配せした。眼鏡をすべきなのは界人の方だと。
 眼鏡を外して透かし見る郁から、「まちがえちゃって、ごめんね」と界人は眼鏡を受け取ってかけ直す。
 「ルカオとおそろいなんだから、隠すことねぇだろ」と成清なるせが言うが、界人は肩を内に寄せて、充に向かって頭を下げていた。
おぎさん、ごめん、うっかり」
「兄さまは僕のとちがって誰かにやられた呪印だから!」
「いいよ、郁。これはきっと罰なんだから」
 界人は郁の手を取って、あいまいに微笑んでいた。

「兄弟そろって気持ち悪ぃなあ、胸張って生きろよ、罪証にやられても死んでねえんだから」
 成清なるせが〝罪証〟と言い出すので、充は肝を冷やした。実希みのりがボソッと「きょうだ、い……家族とかキモ」と言ったのが充には聞こえた。
 無理やり連れ出されたゆうせいは、実希みのりの隣で顔面蒼白でうつむいている。場の空気が悪い。どうにかして緊張を解かねば。充が何か言おうとしたとき、「さーて、そろそろかな」と旭が手を叩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。 そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。 【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】 そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?! 【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】 ◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。 ◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。 ◆現在・毎日17時頃更新。 ◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。 ◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

処理中です...