哀夜の滅士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
13 / 52
1 縁罪

13 私刑

しおりを挟む

 はたりと充は足を止めた。誰かに呼び止められる予感がして。
 金曜の放課後は校内の雰囲気が少しだけ浮き足立つ。下校していく生徒たちを遠目で見送り、充は隣の界人に視線を移す。

「今週の授業、週の途中始めで助かったな」
「そうなんだ?」
 それとなく、充が話を振れば、質問で呼ぶ心づもりは一切なかったようで、不意をつかれたように界人は目を見張っていた。

「疲れるだろ、特に新入生クラスはさ」
「一年生、元気いっぱいだもんね」
「体育はキツかったな」
「楽しんでたように見えましたけど?」
 チグハグな敬語とときおり混じるようになったタメ口。学園での生活にも少しずつ慣れてきた永野。
 だが、まだ長い眠りから目を覚ましたばかりという彼には、自分たちが当たり前に過ごしてきた日常の何もかもが真新しく映り、まだまだわからないことだらけだろう。

 何か、永野は聞きたいことがあるではないか。会話を重ねても、彼は本心をおくびにも出さないので、充は言葉に困った。
「まぁ、楽しいわな」
おぎ
 界人が充を呼んだわけではなかった。充が気づかぬうちに、もう一人、いた。

「は、い?」
どり先生が至急だと」
 そっちだったか。どりの心配性には困ったものだが恩人であるため、無下にはできない。
 内心、悶々としながらも、充が界人を連れ立って行こうとすると、男が行く手を阻む。

「呼んでたのはおぎだけだが?」
先生から永野を頼まれている」
 何となく、金曜という休み前特有の雰囲気に絆されていた充の心がキリリと締め上げられる。
 受け持つ生徒たちが目立った憎悪を向けないから許された気になっていたが、罪人だとはなから決めつけられている、永野界人を見る目、その扱いは、変わらず厳しいものだ。

 面倒だな。充はそう思いながらも、男から視線を外さない。男も男とて、引く気はないらしい。
「大丈夫。先に寮に戻ってるから」
 「すぐそこですので」と指差す界人を尻目に、充はしくったと悔いた。険悪な立ち合いが続けば、そうやって永野が間に入るしかなくなる。
「早く行けよ、どり先生、なんか焦ってたぞ」
 最初からそう仕向けられていたのだ。目の前で永野に嫌がらせをして、罪人として虐げられる者べきだと植えつけ、立場を弁えさせるために。

「永野、寄り道しないでちゃんと戻れよ」
「はい。金曜日だから早く帰らないとなので」
 金曜だから、界人は必ず寄り道をせずに帰る。金曜は帰らなければならない日だから。
 焦るどりの表情を浮かべ、天秤にかけ、充は一人で界人を帰してしまった。


 界人は複数の男に拘束され、離れた旧校舎の地下に連れて行かれていた。乱暴に取り上げられた眼鏡が音を立てて転がる。
「その目、マジだな、罪人じゃねぇか」
「い、ん、んん」
「いいぜ。ここでは大声出しても誰にも聞かれないからさ」
「見えないところにしとけ」
「罪を犯しておいて裁かれないなんてなぁ、浮かばれないよな?」
「俺たちが代わりに刑を執行してやる」
 服を脱がし、靴で肺を踏む。額に脂汗が噴き出る。腕を、足を、腹を。男たちは蹴り、圧をかけて界人を踏み、いたぶる。
「悪くねぇ面だし、いいカラダしてやがるが、性的な暴力はねぇ、しない主義なんだ、俺たち。感謝しな」
けがれが移っちまうしな」
「善人面しやがって。本性出せよ、罪人」
 界人は終始無言を貫く。歯を食いしばって暴行に耐え続けていた。

「コイツ、やべぇな。ぜんぜん意識飛ばねぇぞ」
「おい、殺すなよ。処理が面倒だ」
「じゃ、地獄、見させてやる、よ!」
 鳩尾を抉るように潰され、蹴られ、界人の意識は一瞬、飛んだ。
 灯りが消える。暗闇に彼を残して、男たちは地下から出ていく。
「まぁ、ほっといても月曜には出てこられんだろ?」
 界人は苦痛にあえぐことさえままならない。息のできない夢の出口を求めて、床をかきむしっていた手が力をなくして動きを止めた。


 充は廊下を急ぐ。職員室にどりの姿はなかった。ならばと、充は教員寮へ足を向ける。
 どりには多大な温情がある。あのとき、彼が来なければ今ごろ自分は。

 沈めたはずの過去がどこからか這い出る。震えが手足に伝う。充は縁が絡まる腕を押さえた。
 生まれながら縁が薄かったこの身に奇跡が起きた日のこと。腕と腕にねじれ絡まる花環。ときおり痣のように浮かぶそれは、契った証だった。
 ここに、繋がっていた確かな証がある。それはほとんど目には見えないが充をずっと生かし続けていた。

 血縁で繋がれていないのに、まるで家族のように、目をかけてくれるのは、ありがたいことだ。だが、どりには行き過ぎなぐらい過保護なときがあった。
どり先生、急用とは」
「急用も何も。話があるのはいつものことじゃないか。まったく、おぎくん、いい加減に」
「それはわかっています」
「わかってないよ。立夏寮に戻っておいで。あんなところに居たら君も巻きこまれるかもしれないよ」
「もう巻きこまれる覚悟は……決めました」
「白秋寮のこと、忘れた訳ではないだろう?」

 戸を叩く前に何度も抑えこめたはずの震えが、またわめき出す。
 手をきつく握り締めてこらえる様子の充をどりは苦しそうな目で見つめ、「いいかい」と言い諭してくる。
「まだ犯人も見つかっていない。君の……トラウマにまた遭うかもしれないんだよ」
「俺は、俺、は」
「ちゃんと考えておいで。立夏寮の方が安全だ。君の未来のためにも」
「は、い」
「あと申し訳ないね。彼のこと。きっと君は察してくれて、フォローはしてくれたかもしれなけれど」
「わかってます。永野にはああいう態度を取るしかないんですよね、みんな。どり先生がそんな人間じゃないのはわかっています」
「すまないね……」

 頭を垂れるどりに一礼して、紅葉寮に飛んで帰った充は、のそりと顔を出した人物に肝を冷やした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。 そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。 【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】 そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?! 【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】 ◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。 ◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。 ◆現在・毎日17時頃更新。 ◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。 ◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

処理中です...