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1 縁罪
11 同じ色
しおりを挟む呼ばれた声、視線に気づいた界人は目を瞬かせて、愁いを帯びた唇を開いた。
「俺は永野、界人ですが……?」
「ねえ、一つ教えて」
「何でしょうか」
実希の界人を見る目が、憎悪に燃えている。
「その目、生まれつきなの?」
界人は彼の怒りに触れて、静かに胸の内に、あの日の情動を蘇らせた。
鮮血が全てを塗り替える前の記憶──美しいと母が褒めた瞳、鏡に映った自分の姿。焦茶色の目と目が合う。母と父が持たない色だ。
「いいえ」
「じゃあ、あんたもしかして」
「もう、何を騒いで」
一触即発のいさかいに割って入ってきたのは、寮に戻ったばかりの布施旭だった。
「玄関まで聞こえてたよ?」
「だってコイツ、どう考えても」
「実希、それ以上はダメだよ」
実希が反論を挟む前に、布施はその先を遮り続けてしまう。
「因果関係がまだ明らかになっていない段階で憶測を口にすれば、大切な人を傷つけることになるよ?」
「は? そんな悠長なこと言ってらんないだろ。てかなんでそいつにこだわるワケ? かばう理由は何だよ!」
「実希、ちょっと落ち」
「おい、口が過ぎるぞ、実希」
布施の声に、充の静かな怒りの声が重なる。二人から叱られ、実希の瞳が揺れた。
「バーカ!」
そう吐き捨て、実希は大きな足音を立てて、奥の部屋へ逃げてしまう。声を荒らげた勢いのまま、追いかけようとする充を布施が止めた。
「少し頭を冷やさせよう」
「自分が見ておきます」
「頼むよ、雄生君」
ふてくされてしまった実希を雄生に任せ、旭、充、界人の三人は、向かいの充たちの部屋へ引き上げていた。
「部屋では外すのが習慣になってしまって」
ソファーで身を縮めて、眼鏡をかけ直した界人に、充が首を振った。
「それは俺がいいと言ったことだ」
「バレたものは仕方ない。幸いにも生徒は怖がっていないようだから」
布施も充に同調している。それでも、界人の表情は晴れない。
罪証と呼ばれる赤き瞳が刻まれた、その意味を彼は考えずにはいられなかった。
「俺は……この目は何なのでしょうか」
「何も、覚えてないのか?」
充は思い出せないのかと問うけれども、界人は自分の記憶に自信がなかった。
「成人の儀のあと、弟を連れ出した雪季──いつも一緒にいてくれた人です──と落ち合う予定で、暮れ枯坂に向かうはず、でした」
金属が激しくぶつかり合う音、うるさい心音、手で覆っても抑えきれない震え。声にならない叫びで戦慄く全身。怯え、怒り、悲しみ、ないまぜの激情が呼び起こされる。
過去を問われれば、凄惨な記憶を呼び覚ましてしまう。そしてその奥底に潜む黒い影も、再びの目覚めの時を見計らい、今か今かと目を光らせている。
まるで惨劇の再演を待ちわびているかのような錯覚に陥らせる、底知れぬ闇が隆起していくうごめく。手に負えない獣がのそり、坂の下から這い上ってくる予感が、界人の神経を逆なでる。
「儀式が終わった辺りから記憶があやふやで、次に意識がはっきりしたときに見たものは、暮れ枯坂で息絶えた、弟の姿をした雪季で、う、うぅ」
「もういい、永野。そこまでにしておこう」と、頭を押さえた界人の腕に触れたのは、知り合ったばかりの充だ。それなのに、温かい感触──その温もり、界人には覚えがある。
その腕に、抱いていた、動く小さなもの。あれはたしか。
「赤子……。暗い場所で赤子の鳴き声と温かいものを抱いていた記憶があって」
「赤子……」と充はつぶやき、言葉を切った。充が噤んだ言葉の先を旭が紡いだ。
「だとすると、赤ちゃんもろとも、誘拐の線もあるかもしれないね」
自分はここに。ならばその赤子は今どこに。思い出さないと。解けた糸を手繰り、界人は淀む記憶の海へ、再び潜る。
あれは不思議な体験だった。たゆたう深い夢の中、息ができないほどの急浮上。浅瀬に引き上げられて、急に息を吹き返した。
途切れ途切れの明滅の中、彼ははっきりと覚えていた。どうしてかそれを忘れていけないと。
記憶の断片が飛び散り、眩い光を乱反射させる中、脳が目を背けることを許さない。忘れるなと繰り返し、赤く灯り、知らしめてくる。
──赤子の泣く声が呼んでいたのだと。
「霧が晴れた瞬間、俺は囲まれていて、自分が持った覚えのない刀を握って、戦ってた……」
長い長い眠りから、目が覚めたという感覚。兄を呼ぶ、懐かしい声色が鼓膜を振るわせていた。
大きくなったね。
ずっとずっと会いたかった、触れて安心させたかった弟、郁に手が届く。やっとまた会えたのに、また夢が手を伸ばしてきて。
「自分の意識が遠のきそうで、現実に戻る痛みをと、腹を切った覚えがあって。月喰いの王……フルムーンイーターに呑まれた郁を助けて、それから目覚めたら病室でした」
「郁、とは弟くんのことか?」
「うん」
充に「弟か」とたずねられれば、界人は目元と口元をわずかばかりに緩ませた。
「実は月見陽惟さんからの情報提供と、イレギュラーなフルムーンイーターであるホーリーヘアが出現したあの夜、あの場に居合わせた者たちの証言、特に睦月、如月からの有力な裏は取れているんだ。だから界人が操られていたことは確かだ」
布施の言うこと、界人の記憶が事実ならば。充が口にした可能性は恐ろしいものだった。
「裏月では成人の儀は十二歳で行われますから、それでは十二の時からってことになりますよ?」
「十五年も前となると、当時の関係者に望みが薄いから、調べようがないが、おそらくは」
「そうすると妙です。睦月、如月、弥生の上位三家の絶対的な証言があるにもかかわらず、処分保留なんて。早急な無罪放免が正しいと思いますが」
「そこなんだよ。私も上司たちの真意がわかりかねる。暮葉さんにも、『死以上の償いの在り方だ』とか言われちゃったし、どういうつもりなのやら」
「あ、暮葉さんは十二月家の五男ね」と旭は界人に説明を入れる。界人は黙ってコクコクと首を縦に振って、二人のやり取りを見守るだけだ。
「冤罪にもかかわらず、師走家の事情で即死罪にしたいところを暮葉先生が抑えていると?」
「無慈悲で身勝手な独裁を嫌うのが彼の性分だ。正直、助かったよ。僕も例の刀の継承に失敗したとき、今回はさすがにダメかなと思ったけど、彼のおかげで命拾いしたからね」
「この件は、実希たちにも?」
「実希も雄生君も黙っていられない質だからなー、そのうち。だって、一応これ、緘口令違反だから」
布施は充の肩にトンと触れる。わずかなギィという床の軋む音に、布施の目が動いた。
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