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三 鳴き夜の子守唄
満つ月 上弦
しおりを挟む積み上がった資料の山を減らしながら、次々と目を通し、志島は目を瞬かせて深いため息を吐いた。
「……志島どうした?」
彼の向かい側に座って同じように黙々と資料に向き合っていた透は顔を上げ、声をかけた。
「こんなになるまで親は何で通報もしてこなかったのか、って……」
「親の気が知れねぇ……」と呆れたように、またため息をついて、彼は背もたれにしなだれかかった。
「そうだな。子どもがいなくなったら、親は普通、すぐにでも探すはずなのに」
「そうなんだよー」と志島は頭を抱えた。
「ぜってぇー親が何か隠してる、で間違えねぇーのになぁ……」
透は作業の手を止めて彼に問いかけた。
「現時点で考えられる親の共通点は?」
彼は背もたれから状態をぐわんと起こして答える。
「……おそらく、"子どもが失踪してもそれをバレるのを良しとしない"連中。それか、"子どもに関しての何か後ろめたいことが露見するのを恐れてる"とか」
「いずれにしろ、共通点としては、"子どもが大事にされてない"可能性が濃厚ということか」
「あぁ。しっかし、こっちに捜索願が出されなきゃ、時間帯を鑑みると夜警の管轄なのによお」
うわぁーと唸って志島は頭をかきむしる。
「そうだな。夜に姿を消しているそうだからな」
「"朝起こしに行ったら部屋にいなかった"っていう証言もあやふやだぞ? すぐ通報しないようなヤツらだからな。いつ子どもが消えてたって、はっきりしないだろうよ」
「警察としては通報があった時間帯が決め手になったんだろうな。それでこれは日警が請け負うと」
志島はしばし考え込んでから、やや口角を上げて言った。
「なぁ、透」
「何だ」
「お前の面貸せよ」
日が落ちる頃、イライラとした様子の少年が一人、ズカズカと大股で街を歩いていた。
なんでこの俺が着任早々、秘密を握らされてるんだ……! しかも、ちゃっかり守って──
『報告すっぞ』
『えー、ダメ』
『はあぁ!?』
『この間の市街地でのこと。あれ、多分、彼らを変に刺激したのが裏目に出たんだと思う』
『夜は家から出るなって時のやつか』
『だから、もし彼らが潜んでいそうなら、下手に突かない方がいいと思う』
『そ、そうだな……!』
『だからね! これは二人だけの秘密ね!』
「くっそ! なんでこの俺が年下のガキに言いくるめらんなきゃなんねーんだ」
怒鳴り散らした少年の声に気づいた悠は声をかけた。
「あっ、ひーら……」
「そこまで覚えてるなら、最後まで言おうな? ひいらぎだ!」
「柊! さぁ、今日も偵察だ!」
コイツ、めっちゃ楽しそうだなと柊はあきれながらもついていく。
暗がりで赤い点が光った。そうして二人の様子をギリリと歯を噛んで影から見つめる姿があった。
その影は二人の後をそっと付け、這うように進んでいった。
「あー、ハルカとそのお兄さん」
チヒロがその姿を見つけて手を振る。
「取り巻きみてぇーに扱いやがって……!」
「チヒロ、今日も舞台に上がるの?」
彼は悠たちの背後をチラリと見遣って答える。
「うーん、残念だけど、今日は終演までずっとここで案内役」
「そっかあ、チヒロもお勤めご苦労さま!」
「ありがとう。終わったらまたイツキとマサルも呼んで行くよ」
「うん!!」
二人が幕の向こう側へと姿を消すとチヒロは険しい顔つきで、暗がりに投げかける。
「お兄さん、申し訳ないんだけど、ここは子ども以外立ち入り禁止なんだ」
ぬっと姿を現した男は闇をまとったような黒い出で立ちに、白い肌、紅く光る瞳と、不気味なくらいその特徴が際立っていた。
「そうなの? あの子、子どもじゃないと思うんだけど?」
彼はニヤリと顔を歪めた。
「あの子は子ども、だよ」
チヒロは険しい表情を崩さず、入り口の前に立ち塞がった。
「違うって」
チヒロが何がと問う前に、「あ、なんだ。その様子だと気づいてないんだ」と言って男はチヒロにゆっくりと近づいていく。
彼は身構えたが、一瞬で距離を縮められ、ガッと頭を掴まれる。
「ぐっ!」
「おい、ガキ」
チヒロがジタバタと暴れると、その男の瞳が見開かれ、その口が脅迫を紡いだ。
「悠に手を出したらタダじゃ済まさねぇーぞ?」
チヒロは頭に加わる力に必死に抵抗を試みる。
「このっ! 離せ……!」
「チヒロ?」
「……いっ、イツキ……っ!」
外の様子に気づいたイツキが入り口から顔を出し、その男の腕を掴んで力を込めた。
「弟に乱暴するなら相手になるけど?」
「チヒロに何する」
チヒロとよく似た顔の子どもがまた一人、姿を現して、チヒロから慌てて手を離した男を威嚇する。
「わー、三匹揃っちゃうとさすがのお兄さんでもこっわーい」
「とっと大人しくねぐらに帰りやがれ、このクソ吸血鬼!」
チヒロを抱き寄せながら、イツキは目の前の男に凄んだ。
「おーこわ。さすが、地獄の番犬」
チヒロの隣でマサルが吠える。
「……黙れ!!」
男はキレイに笑って告げる。
「言っておくけど、あの子は絶対渡さないからね」
イツキとマサルは今にも飛びかからん勢いで、男を睨みつけていた。男はやれやれといった様子で三人にくるっと背を向けて去っていく。しかし、はたりと止まった。
「あー、あと一つ、忠告」
「何だ」
男は振り返らずに忠告する。
「キミたちのママさんに伝えた方がいいよ? 日警が勘づいてるから。後は分かるよね……?」
夜の闇に紛れていくその背中に向かって、チヒロは罵声を浴びせた。
「さっさと失せろ……!」
短剣とレイピアがぶつかりあい、激しい金属音が鳴り響く。
レイピアに弾かれた、緑色の服を着た少年が真っ逆さまに落ちていく。
子どもたちがハッと息をのんだ。
「落ちたか?」
太った格好の少年と片手が義手の少年が耳を澄ませる。
「落ちるのはお前たちだ!」
勇ましい少年の声が再び聞こえ、不意を突かれた義手の少年が、あっという間に海へ真っ逆さまになる。
その下にはギザギザした牙を持つサメが、大きな口を開けて待ち構えていた。しかし落ちた彼は踏ん張り、中々その口の中には入らない。
その様子が滑稽で、観ている子どもたちは、キャハハと笑い合っていた。
緑の少年は捕らわれた仲間たちを解放して、船長以外の敵を懲らしめていく。
無事に元の森の中の家に帰った子どもたちは、それから毎日楽しく暮らしたのであった、と舞台は幕を閉じた。
「劇は楽しくなかったの?」
壇上を下りてきたチヒロは、悠と柊に向けてそうたずねてきた。
「? 僕はとっても楽しかったよ?」
チヒロは悠に近づいていき、その頭を体ごと引き寄せ、抱きしめて、柊にキッと視線を向ける。
「だってキミは子どもじゃないもんね、そうでしょ?」
悠は怪訝な様子で彼を見上げる。柊は焦った様子で何も言わなかった。
チヒロははぁーとあきらめたようにため息をついて、悠の髪に指を通しながら問いかける。
「ねぇ、なんで嘘つくの?」
悠はビクッと体を強ばらせて、もごつく。
「だって……一人はイヤだから」
チヒロの目が見開かれた。悠は涙のようにぽつりぽつりと胸中を吐露し始めた。
「ママはもう居ない。パパはどこに行っちゃったのか分からない。もう一人になりたくない」
マサルとイツキもやってきて、その様子をじっと見つめていた。
「……ここはね。親に見捨てられたり、いじわるされたりして辛い目に遭っている子ども達の拠り所なんだ」
「僕たちも親を知らない」
「でも親代わりに育ててくれた人がいた」
「親のいない僕らにとても優しくしてくれた」
「でもある日突然、居なくなっちゃった」
「だからその人を探してるんだ」
「そういう訳だと、僕らはハルカと一緒だね」
「でもごめんね」
「やっぱり、ここには大人が居たら困る」
「大人がこわい子もいて、怯えちゃうから」
「だから、渉くん」
「キミはこの子のこと、ちゃんと見ていてあげて」
「ここにはもう連れてきちゃダメだ」
三つ子は悠をぎゅっと抱きしめてから、柊の方へ押し戻す。
彼らが去ると、パチパチとまばらで不揃いな拍手が聞こえてきた。
「今日も中々の収穫じゃないか」
「団長……」
「いいのかい? あの子はお前たちの大事な人を知っているよ? 会えなくてさみしいだろ?」
三人はうつむいて答えない。
「……そうか。なら向こうから見つけてもらえるようにすればいい。私に考えがある」
三日月にしなる口が醜く裂けた。
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