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一 磔刑の狗
手向け
しおりを挟む三日も連絡なしに職場を休んでしまった悠は、重く立ち塞がるドアの前で立ち尽くしていた。このドアノブを回さなければいけない。そして、本来なら、きちんと報告書も持参していなければならない。
揃う全ての状況が悪く、最悪の宣告を覚悟してドアノブに手をかけると、向こう側から先にドアノブが回った。そのまま、彼はつんのめって倒れそうになる。
「! おや、これは東雲さん」
その硬質な声に違う軽快な呼びかけにびくんっと肩を震わせ、何も言えないまま、悠はゆっくり顔を上げる。
「たっ、高城さん……!」
悠がぎこちない動作で急いで一礼しようとすると、高城が止めた。
「まぁ、夜勤のようなものだけど、早勤も被ってくるから、睡眠時間を確保するの、大変だよね」
彼の言っている意味が分からず、きょとんとして悠は相手の顔をまじまじと覗き見てしまうと、高城はウィンクした。
「頃合いを見計らって、報告においで」
ヒラヒラと手を降って、彼は部屋を去っていってしまった。悠は独りぽつんとドアの前で突っ立って、きちんと伸びた背筋を見送っていたが、中から歓喜の声やらが聞こえてきて、ずいっと引きずり込まれてしまった。
夜の町を跋扈する異形の存在。それらは人を襲う。目を背けたくなる事実と世界は向き合わなければならなくなってしまった。その脅威が次第に勢いを増していることに気づいてしまったからである。その闇の存在──「邪異」を取り締まる者たちは、「夜警」と呼ばれ、そのトップには、高城という名の男が君臨している。その堂々たる風貌と眼光、存在感に、夜警の魔王とまことしやかに囁かれ畏怖されていた。
「東雲~。良かった良かった。このところ魔王の機嫌が明らかに悪くて、心臓がもぎ取られそうだったよ」
と誰かが安堵の声を上げ、また誰かが
「……"魔王"呼ばわりはまずいって、さっきまでいらっしゃったんだから」
と咎める。とか何とか言いつつも、皆が思い思いに安堵しきった様子であった。
「こうなったら、報告しにいかなくちゃな」
と別の誰かが言い、数人が立ち上がって、悠を押してどこかへと引っ張っていく。悠は一人、事情が呑み込めていないまま、何を聞いて良いか分からず、そのまま連行されていった。
町の外れの墓地には、多くの墓石が整然と並んでいた。悠の同僚たちは、ある墓の前で立ち止まると、目を閉じて手を合わせた。
「ここはな、あいつを追って帰ってこなかった仲間の墓石なんだよ」
風が吹いて、悠の髪がふわりと揺れる。彼の瞳は驚きやら悲しみやら嘆きやらで、潤んでいた。
突然、花を携えた男が颯爽と現れ、悠たち一行に近づいてきた。
「てめぇ、どの面下げてここに来やがった……っ!!」
一人が殴りかかろうとして、もう一人が制止する。
「何の用だ」
「何って、花を渡しに来たんだよ。見て分からないの?」
「お前が花を手向ける資格はない!」
悠はその男の声に聞き覚えがあった。そして、その声はもうすっかり耳に馴染んでしまっているようで、異質でもあって、心当たりを探すのに手間取ってしまっていた。
「え、君たち、何か勘違いしてない? 俺は……君に花をプレゼントしに来たんだけど」
今にも殴りかかりそうな周囲に構うことなく、男は悠の前にスッと近づいて、真っ赤な花束を差し向けた。
その場にいた一同が驚いて目が点になる。
「どう見てもプロポーズしに来た一市民でしょうよ」
後ずさった獲物を見定め、怯えて揺らめく黒曜石の瞳を見つめて、彼は目を細めて笑う。三日月のように欠けた瞳に悠は恐れおののいた。
「もうすぐ日が暮れるねぇ」と男はキレイな顔を歪めて、さらに笑みを深めて花束を散らす。
「捕まえてごらん、夜巡りさん」
赤い花びらが舞う中で男は悠に語りかける。
「君、落ちこぼれなんでしょ。邪異、殺したことあるの?」
花弁の吹雪の中、黒い蝶が舞う。悠は同僚たちの姿を探して、驚愕の表情を浮かべた。皆、地面に這いつくばってもがき苦しんでいたのだ。
「死者に捧げる祈りはこうじゃなくちゃね」
赤と黒。悠の視界に危険を訴えてくる色に、額に汗がにじむ。神聖なこの場所へは一切の争いも持ち込まない。夜警の慣習が裏目に出たのであった。
赤い点が二つ現れ揺れて、悠に近づいてきた。それは徐々に形を表し、悠にあの夜の追走劇を想起させた。
滲み出た汗が玉のように滴っていく。悠は体を動かすことができなかった。目の前のそれが悠に手を伸ばすと……
花の舞う視界が乱れた。
悠の後ろからヒュンッと風を切るような鋭い軌道が飛んできた。
「ぐっ、日巡りが……!」
吹雪が消え、悠はストンと崩れ落ちた。舞っていた花弁は色褪せ、石化したように落下していき、崩れて灰になった。
「まだ名乗っても、ないのに……! まったく、せっかちだなぁ!」
悠の遥か後方をにらみつつ、ひざまずいて、悠の頬に手を添えた。怯える彼の瞳をのぞき込んで告げる。
「またね。悠」
男の輪郭が燃えるように崩れていく。黒く焼けた花びらがヒラヒラと泳いで、夕闇へと消えていってしまった。
悠はその頬に残る感触を確かめて、体がもう自由なことを知り、いつの間にか止めていた息を忙しなく吐いた。
そして、あの月が隠れていた夜のことを思い返して、ぎゅっと顔を覆った。名前ぐらい、資料に書いてあるだろうに、自分はなぜ覚えられないんだ。ホシの名前を忘れていた、あの日の恥ずかしさも今になって気づき、相まって、悠の顔は真っ赤になった。
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