夜威

兎守 優

文字の大きさ
上 下
6 / 39
一 磔刑の狗

手向け

しおりを挟む

 三日も連絡なしに職場を休んでしまったはるかは、重く立ち塞がるドアの前で立ち尽くしていた。このドアノブを回さなければいけない。そして、本来なら、きちんと報告書も持参していなければならない。

 揃う全ての状況が悪く、最悪の宣告を覚悟してドアノブに手をかけると、向こう側から先にドアノブが回った。そのまま、彼はつんのめって倒れそうになる。

「! おや、これは東雲しののめさん」

 その硬質な声に違う軽快な呼びかけにびくんっと肩を震わせ、何も言えないまま、はるかはゆっくり顔を上げる。

「たっ、高城たかしろさん……!」

 はるかがぎこちない動作で急いで一礼しようとすると、高城たかしろが止めた。

「まぁ、夜勤のようなものだけど、早勤も被ってくるから、睡眠時間を確保するの、大変だよね」

 彼の言っている意味が分からず、きょとんとしてはるかは相手の顔をまじまじと覗き見てしまうと、高城はウィンクした。

「頃合いを見計らって、報告においで」

 ヒラヒラと手を降って、彼は部屋を去っていってしまった。はるかは独りぽつんとドアの前で突っ立って、きちんと伸びた背筋を見送っていたが、中から歓喜の声やらが聞こえてきて、ずいっと引きずり込まれてしまった。

 夜の町を跋扈ばっこする異形の存在。それらは人を襲う。目を背けたくなる事実と世界は向き合わなければならなくなってしまった。その脅威が次第に勢いを増していることに気づいてしまったからである。その闇の存在──「邪異ヤイ」を取り締まる者たちは、「夜警」と呼ばれ、そのトップには、高城たかしろという名の男が君臨している。その堂々たる風貌と眼光、存在感に、夜警の魔王とまことしやかに囁かれ畏怖されていた。

東雲しののめ~。良かった良かった。このところ魔王の機嫌が明らかに悪くて、心臓がもぎ取られそうだったよ」

と誰かが安堵の声を上げ、また誰かが

「……"魔王"呼ばわりはまずいって、さっきまでいらっしゃったんだから」

と咎める。とか何とか言いつつも、皆が思い思いに安堵しきった様子であった。

「こうなったら、報告しにいかなくちゃな」

と別の誰かが言い、数人が立ち上がって、はるかを押してどこかへと引っ張っていく。はるかは一人、事情が呑み込めていないまま、何を聞いて良いか分からず、そのまま連行されていった。

 町の外れの墓地には、多くの墓石が整然と並んでいた。はるかの同僚たちは、ある墓の前で立ち止まると、目を閉じて手を合わせた。

「ここはな、あいつを追って帰ってこなかった仲間の墓石なんだよ」

 風が吹いて、はるかの髪がふわりと揺れる。彼の瞳は驚きやら悲しみやら嘆きやらで、潤んでいた。

 突然、花を携えた男が颯爽と現れ、はるかたち一行に近づいてきた。

「てめぇ、どの面下げてここに来やがった……っ!!」

 一人が殴りかかろうとして、もう一人が制止する。

「何の用だ」

「何って、花を渡しに来たんだよ。見て分からないの?」

「お前が花を手向ける資格はない!」

 はるかはその男の声に聞き覚えがあった。そして、その声はもうすっかり耳に馴染んでしまっているようで、異質でもあって、心当たりを探すのに手間取ってしまっていた。

「え、君たち、何か勘違いしてない? 俺は……君に花をプレゼントしに来たんだけど」

 今にも殴りかかりそうな周囲に構うことなく、男ははるかの前にスッと近づいて、真っ赤な花束を差し向けた。
 その場にいた一同が驚いて目が点になる。

「どう見てもプロポーズしに来た一市民いちしみんでしょうよ」

 後ずさった獲物を見定め、怯えて揺らめく黒曜石の瞳を見つめて、彼は目を細めて笑う。三日月のように欠けた瞳にはるかは恐れおののいた。

 「もうすぐ日が暮れるねぇ」と男はキレイな顔を歪めて、さらに笑みを深めて花束を散らす。

「捕まえてごらん、夜巡よまわりさん」

 赤い花びらが舞う中で男ははるかに語りかける。

「君、落ちこぼれなんでしょ。邪異ヤイ、殺したことあるの?」

 花弁の吹雪の中、黒い蝶が舞う。はるかは同僚たちの姿を探して、驚愕の表情を浮かべた。皆、地面に這いつくばってもがき苦しんでいたのだ。

「死者に捧げる祈りはこうじゃなくちゃね」

 赤と黒。はるかの視界に危険を訴えてくる色に、額に汗がにじむ。神聖なこの場所へは一切の争いも持ち込まない。夜警の慣習が裏目に出たのであった。

 赤い点が二つ現れ揺れて、はるかに近づいてきた。それは徐々に形を表し、はるかにあの夜の追走劇を想起させた。

 滲み出た汗が玉のように滴っていく。はるかは体を動かすことができなかった。目の前のそれがはるかに手を伸ばすと……

 花の舞う視界が乱れた。

 はるかの後ろからヒュンッと風を切るような鋭い軌道が飛んできた。

「ぐっ、日巡ひまわりが……!」

 吹雪が消え、はるかはストンと崩れ落ちた。舞っていた花弁は色褪せ、石化したように落下していき、崩れて灰になった。

「まだ名乗っても、ないのに……! まったく、せっかちだなぁ!」

 はるかの遥か後方をにらみつつ、ひざまずいて、はるかの頬に手を添えた。怯える彼の瞳をのぞき込んで告げる。

「またね。はるか

 男の輪郭が燃えるように崩れていく。黒く焼けた花びらがヒラヒラと泳いで、夕闇へと消えていってしまった。

 はるかはその頬に残る感触を確かめて、体がもう自由なことを知り、いつの間にか止めていた息を忙しなく吐いた。
 そして、あの月が隠れていた夜のことを思い返して、ぎゅっと顔を覆った。名前ぐらい、資料に書いてあるだろうに、自分はなぜ覚えられないんだ。ホシの名前を忘れていた、あの日の恥ずかしさも今になって気づき、相まって、悠の顔は真っ赤になった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

嫌がる繊細くんを連続絶頂させる話

てけてとん
BL
同じクラスの人気者な繊細くんの弱みにつけこんで何度も絶頂させる話です。結構鬼畜です。長すぎたので2話に分割しています。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

えっちな美形男子〇校生が出会い系ではじめてあった男の人に疑似孕ませっくすされて雌墜ちしてしまう回

朝井染両
BL
タイトルのままです。 男子高校生(16)が欲望のまま大学生と偽り、出会い系に登録してそのまま疑似孕ませっくるする話です。 続き御座います。 『ぞくぞく!えっち祭り』という短編集の二番目に載せてありますので、よろしければそちらもどうぞ。 本作はガバガバスター制度をとっております。別作品と同じ名前の登場人物がおりますが、別人としてお楽しみ下さい。 前回は様々な人に読んで頂けて驚きました。稚拙な文ではありますが、感想、次のシチュのリクエストなど頂けると嬉しいです。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

処理中です...