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一 磔刑の狗
疎放
しおりを挟む「悠、寝過ぎて体バキバキなんじゃねぇーの」
透がふらっと入った店について入っていった悠に、席について開口一番にそう切り出してきた。
「どうしたらそんな発言が出るわけ!?」
悠は驚いて身を乗り出す。ゆるいトレーナーにVネックのカーディガンの前を閉めずに着ているので、前が見えそうである。そんな目に毒な悠を肩を押して座らせ、透はメニューを開く。チラッと悠を見遣って、
「肩触ってるから、凝ってるのか、痛いのかと思ったんだが」
と言うと悠がムッと口をつぐんで押し黙ってしまったので、何かまずいことを言ってしまったかと、彼は話題を変える。
「悠は……リゾットがいいんじゃないのか。俺は……」
と透が言いかけて、悠がぼそっとつぶやいてその先を遮った。
「……今のは報告しないで」
透は表情を変えずに、俯いた悠の様子をうかがって、
「わかった」
と短く返事をした。
悠は今の職を外されることを極端に恐れている。彼はとある目的のためには、何が何でもその場所に留まらなければならなかった。その焦りと恐れは、彼の検挙ゼロという実績からも生じているのだった。
「リゾットはね、アルデンテぐらいがいいよ、それでやっぱりチーズは欠かせないんだけど、酒粕の方が味わいが……」
リゾットが運ばれてきてから、ぱくぱくと口に運びつつ、話が止まらない悠にただただ、透は相づちを打っていた。目の前のそれは、どう見ても、悠の言うような調理状態ではない。一体どうやったらそこまで妄想というか、思考が飛躍するのか頭を覗いてみたい気持ちに透は駆られた。
「じゃあ、今度は悠の家で飯に呼んでくれよ、楽しみにしてるからな」
さらりと相づちの間に挟んで、透は悠にそう告げた。
「ばっバカにしてるだろっ……! そんな事思ってもないくせにー!」
と悠につっかがってこられる。しかし、その言葉に嘘はないし、からかったつもりもない。本当は悠の家で食事を摂りたかったが、目の前で楽しそうに語る悠を見て、連れ出して良かったと透は内心、胸を撫で下ろした。
「悠。言っておきたいことがある」
悠は口に運ぼうとしていた一掬いの手を止めた。
「なに? え? どうしたの?」
「俺は日警の端くれだから、高城とはあまり関係ない」
豆鉄砲を食らったような顔をした悠は、その意味を理解して、生ぬるくなったリゾットを口に押しいれる。
「わ、わかってるよ……! 忘れてた訳じゃないよ、いつもうっかり」
「だから、俺はお前の監視役じゃないってことだ。むしろ保護者だ」
透はフォークを突き刺して切り分けずにチキンにかぶりつく。
「なになに? 小父さんって呼んでほしいの?」
「あ、パパ呼びは絶対無理だからね」と悠は透に念を押す。透も負けじと言い返した。
「ふん。何ならおじいちゃんでもいいぞ」
口休めにと流し込んだ水を悠は吹き出しそうになった。
「ケホッ。そこ普通、お兄ちゃんポジションじゃないの??」
きゃぁっ!
女性の悲鳴で、二人の売り言葉に買い言葉な会話は途切れた。
「てめぇ、こんな所に顔出してやがったのか! ヤチョウのくせに……!」
男が青筋を立てて、いきなり女性を蹴り倒して殴りかかろうとしていた。
賑わっていた店内が一瞬で静まり返る。緊張が張り詰める中、悠が動くよりも早く、透が動いた。
振り下ろされた拳は、顔を覆った女性に当たるのことはなかった。なぜなら、透が彼の腕を掴んでいたからである。
「日警だ! 現行犯で逮捕する」
男は拘束から逃れようと抵抗を試みるも、掴まれた腕がビクとも動かせないことに、焦りが滲んでなりふり構わず暴れ始めた。
「はっ、なせ! このっ、ぐ!」
透は男の蹴りが届く前にみぞおちに一発、拳を食らわせ、男を気絶させた。女性を殴ろうとした男を鎮めたことによって、店内に張り詰めていた緊張と混乱が一気に収まった。
透は犯人の手を後ろ手に回し、手錠をかけた。へたり込んで顔を覆ったままの被害者に声をかける。
「今、応援を呼びますので。お怪我は大丈夫ですか?」
女は顔を両手で覆いながら、透の問いかけに答えず、走って店を出て行ってしまった。
「あっ、ちょっとお待ち……」
透は手を伸ばそうとしたが、このままこの男を置いて現場を離れる訳には行かず、困ったように頭をかいた。
「悠、悪いがコイツを見てて……」
透は席に悠の姿がないことに気づいて、心臓が跳ね上がった。
「お姉さーん、お姉さーん、どちらにー」
悠は自然と体が動いて女性の後を追うために店を出ていた。煌々と照らす陽光が眩しくて、一瞬、彼は目を覆った。
「坊やが何の用かしら」
木陰から女の声が悠に語りかけた。悠は声の方へ顔を向けるも、その姿を確認することはできなかった。
「被害者として事情聴取をお願いしたいんです」
さわさわと木の葉が揺れる。少し遅れて女の声が返ってくる。
「いやよ。任意でしょ? それに私、ヤチョウなの。痛客のせいで警察沙汰はごめんだわ」
悠は彼女の耳慣れない言葉に首を傾げた。
「ヤチョ……? まぁ、いいや。それよりもお怪我はありませんか」
尚も姿を現さない木陰に悠はそろりと近づいていく。まるで花にとまる蝶にそーっと近づいていくように。
「坊や、本気で言っているの? ふふ、おもしろい子ね。それじゃあね」
彼女の影のシルエットがふわりと翻った。そして影はヒラリと可憐に舞うように去って行ってしまった。不思議な人だ……としみじみしていると、自分がとんでもないことをやらかしてしまったことに、悠は気づいた。
「透の失態になっちゃう~!!」
悠は急いで透の元へと走って行った。
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