月負いの縁士

兎守 優

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終章 蒼月のデスパレード

118 紅染の縁士

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「にい、さま、にい」
 迎えに行くと約束を果たそうとしていた兄のことを郁は、ようやくはっきりと思い出すことができた。そして、郁は記憶の守護者が誰なのか、やっとわかった。身代わりとなり生かしてくれた従兄セツキは、郁を裏月から護るため、裏月として生まれた記憶を封印してくれていたのだ。
 兄たちは郁のことをずっと守ってくれていた。因縁としがらみから郁を逃がし、結ばれるべき縁を繋ぐために。もう、約束も使命も果たされた。すべて終わったのだ。

 意識が混濁し、倒れて起きる気配のない界人に手を伸ばし、郁は意識を失う。
 届かない二人の手。成清は何度もためらったが、郁の腕を掴んだ。離れてしまった縁──二人を繋ぎ合わせて、わななき、後悔と罪が染みつく因縁のその地に涙を落とした。


 もふりとしたものが成清の尻に触れた。「んだよ、宵っぱりしやがって」と振り向かずに彼は、弥生堂に居つくうさぎである、もち丸のされるがままになっていた。
「そんな言わないであげてよ」
布施ふせ、先生?」
 「このうさぎちゃん、僕の部屋まで入ってきて、跳ねまくって顔を蹴ってきて……」とヨレヨレの布施ふせが言うともち丸は、陽惟の方へ逃げていってしまった。

「成清くん、よく頑張ったね。彼は学園わたしに任せて」
 意識のない界人を布施ふせは抱え上げる。成清は布施ふせを呼び止め、頭を下げた。
「頼みます、先生。俺の、友人の大事な兄貴なんです」
「刑士に頼まれてはいるが、君の頼みだ。善処しよう」
 「ありがとうございます」と成清は小さく礼を言って郁を担いだ。心音が伝う。生きている。今、背負っているのは、自分があのとき、命を摘んでいたかもしれない存在だ。成清は言いようのない、物悲しさを鼻の奥に感じた。

立華たちばなさん? 立華たちばなさん!」
 栞奈かんなの叫ぶ声。ひどく冷たい死の匂いが、成清の鼻腔に忍びこんでくる。
「死ぬのは早ぇーぞ」
 彼も急に体が重くなるのを感じ、郁をそのまま陽惟のそばに下ろしてしまった。もち丸がふらつく成清の背後でそろりと動く。

「ルカオ、もらっちまうからな」
 意識を失っているはずの、陽惟がぴくりと動いた。成清は「しかたねぇーな」と郁の手に、陽惟の手を重ねる。影斬刀かげきりとうを抜き、刃を自身へと向ける。
 この刀は、応えてくれるはずだ。なにか言いたげな栞奈かんなに構わず、浮かび上がった交わらない縁を成清は、その刀身で撫で、仮初めの縁を繋いだ。

 刀を収めた彼は跳んできたもち丸の後ろ足に蹴られ、そのまま疲労困憊で倒れ、伸びてしまう。
 ざわめきが遠退いていく。微睡みに浸かる彼に、ふっと笑いかける、名前も知らない男性の顔が浮かぶ。

 瞬間、がばりと成清は飛び起きた。辺りを見回しても、暗闇と騒音が広がるだけで、微笑んでいる者などいなかった。
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