月負いの縁士

兎守 優

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終章 蒼月のデスパレード

116 ワタシノカワイイコ

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「イタイ、イタイ、の跳んでけ」
 真っ白な長い髪がたっぷりとたゆたう。小さな背丈の細身の少女は、闇の中を漂っていた。

「あなたがハネルさん?」
「ハネル、ぴょんぴょん、はねる」
 彼女に声は届いているのだろうか。しかし、郁には確信があった。この内に巣くう主が誰であろうと、その主が欲したものが自分、ただ一人であったということに。

「狙ったのは兄さまじゃなかった。僕を食らう必要があったんでしょう?」
 耳の聡い郁に聞こえないはずがなかった。日和見刀ひよりみとうを使ったときに聞いた、『あれは……忌子きこの!』という言葉。そして、自身の負の感情が洗われていく理由と。

「だから、僕を完全に取りこめばあなたの苦しみは終わります」
 郁は、自分が裏月における〝忌子きこ〟で、怒りや悲しみ、苦しみといった負の感情を祓い清めることができる存在なのだと思い至った。
「朝までみんなが抑えてくれれば、フルムーンイーターごと消滅します」

「ソレデ アナタハ イイノ カシラ」
 どこからかこだまする音。夢に落ちたとき、郁が聞いた声に、それは似ていた。界人が「母さま」と呼んでいた女性に違いなかった。
「陽光に焼かれればきっと」
 月喰いを含むヨルと呼ばれる異形の存在は、夜の闇の中でしか生きられない。朝の光は彼らにとって、負を清め、滅びをもたらす強い正のエネルギーであるからだ。

「ワタシノ カワイイコ」
 母は繰り返し呼びかける。誰に宛てるわけでもなく、愛と慈しみが波紋を広げ続ける。
 はたりと愛子を求める歌がやんだ。

「ワタシタチハ 不義ノ忌子きこ アナタハ 不浄ノ忌子きこ
「呪われた人間だって、僕はいい。誰も憎くなんてない。これが僕自身だから」
「不浄ノ忌子きこノ タマシイ ハ キエナイ」
「消えないならどうなるんですか」
「ワタシタチ ハ サマヨウノ ナガイナガイ トキヲ 不死ノ忌子きこヨリハ ミジカイケレド」
 少しだけ、声は続きをためらった。

「〝ナルカミ〟 モ ソウ ニクタイヲ ノリツイデ イキテイルノ」
「ナルカミとは誰ですか」
「アナタハ イイワネ ヒトリジャナイ モノ」
 暗闇の揺籃ようらんが大きく揺れた。途端に声はまた歌い出した。

「コロサナキャ アノコヲ ワタシノカワイイコドモタチ」
 声が大きくなる。外から誰かの声が郁を呼んでいた。
「ルカオ、おい、ルカオ!」
 白い少女は、その音を真似て言った。

「るかお、るかお。かえりたい」
「え……」
 口がはっきりと形づくり、言葉を話した。
「しょうごのとこにかえりたい」
 刹那、閃光が郁の目の前を斬り裂く。ザシュッと気味の悪い切れる音がするとともに、地に足のついていた郁の足場が揺らぎはじめた。

「マタネ」
 郁は「待って、あなたも一緒に!」と少女に手を伸ばす。しかし、強い力で郁は引っ張り出されてしまった。
「ルカオ、黙ってねぇで返事しろ、ルカオ!」
 成清が強く揺さぶると郁は現実に引き戻された。郁が動いたのを確認すると界人は、闇縫やみぬいの刀を手に、ホーリーヘアに一刀を浴びせた。
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