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終章 蒼月のデスパレード
113 写し身
しおりを挟む「なに笑ってやがる。お前はもう終わりだ」
界人は構わず、光を纏った影斬刀の刃に口づける。口移しの縁の先から、刀身が闇よりも深い黒へと変色していく。意識の混濁していた陽惟は瞬間、覚醒し、目を見張った。地に平伏しながら力の限り叫ぶ。
「刀をしまえ! 奴に、闇縫いに刀身を触れさせるな!」
「兄さま……?」
郁と成清の間に一陣の風が吹く。二人をすり抜け、界人はたちまち影斬りたちに襲いかかり、影斬刀を次々と撫で斬っていく。その破壊の刀──闇縫いの刀に触れられた、影斬刀は急に独りでにガタガタと動き出す。持ち主の意に反して、次々に持ち主を斬ろうと暴走し始めた。
「茶番は楽しかったかい?」
界人の周りには、紅と死へ向かううめき声が渦巻く。黒き夜に染まった地に、広がっていく紅の波紋。淡く仄光る月見草が、根を這い伸ばし、滴り落ちた飛沫を吸い上げ、朱色に染まっていった。
「これは日和見刀を媒介にして、影斬刀の転身を施した……闇縫いの刀だよ」
持ち去られた二つの刀はずっと彼の手に握られていたのだ。闇縫いの刀に及ぶ影斬刀などありはしない。呪詛のみで応戦していた一は、陽惟が頼むまでもなく、日和見刀を抜いた。
「浄化では間に合わん。無力化する!」
一の日和見刀がひと太刀触れるそばから、荒れ狂う影斬刀は形を失っていく。月喰いたちはあざ笑うかのごとく、闇から隆起して次から次へと生まれてきた。
柄だけになった影斬刀の残骸を放った影斬りたちは、呪詛で防衛するしか手立てがなくなってしまった。
「持たざる者は、壇上に上がれやしないんだよ」
「兄さま……兄さま!」
郁は呼びかける。彼が記憶の中で自分を呼んでいた実の兄なのだとすれば、彼を呼び戻せるはずだと。
「若君は本当に弟がかわいくてしょうがないんだね。笑えるよ、健気でほんと」
界人の言葉に郁はゾッとした。目の前の彼は、記憶の声とたがわないのに、中身がまったくの別人のようだった。間合いを取りながら、成清が問う。
「お前、誰だ」
「若君のファン?」
笑いながら首を傾げた界人に、「ほざけ!」と成清は凄んだ。
「誰かなんて、どうでもいいでしょ、そんなの。楽しもうよ、この終わりをさ」
「兄さま、にい……」
「大丈夫。ちゃーんとおにぃー様の魂は送り届けてあげるから」
郁の全身がわななく。兄は誰かに身体を乗っ取られているに違いなかった。
「ふざけたこと抜かしやがって」
成清はただの影斬刀一本のみで、界人に斬りかかった。闇縫いの刀に触れられても、成清の刀の刀身は錆びつかない。
「力もない奴が。無力で足手まといで罪深い葉月の生き残り……」
「殲滅士がいなければ、殺すつもりだっだんだけど、しくったな」と不敵に笑い、界人はぼそりとつぶやく。
「で隣に居るのは君が殺したはずのあの子。じゃあなんで生きてるのかな?」
界人に問われ、成清は青ざめた。暮れ枯坂で手にかけた忌子は、『しあわせに』と吐いて確かに絶命したはずだ。彼はフラッシュバックする記憶に呑まれ、斬撃の手を緩めてしまった。
「……成清くん?」
「ルカオ、お前、なにもんだ」
「どうしたの、成清くん!」
「じゃあ俺が殺したのは……」
憐憫と侮蔑をたっぷりと浮かべた表情で界人は、「君が殺したのはね……」と告げた。
「転身の術で成りかわった、若君と弟くんの異母お兄さん──セツキだよ」
影斬刀に備わる、特別な縁。成り代わるものの代償を払い、姿形を変えることのできる、一度きりの術──転身の術を使い、セツキという者が成清の影斬刀にしがみついてでも隠したかった真実。
「セツ」
郁はその名前を呼びかけると、記憶の中で幼子が最後までその名を口にした。
『セツキ』
見上げる先には、影を被った誰かの姿が。濃い亜麻色の羽織りをかけて、その者は言った。
「郁様。どうかお元気で。お兄様とお会いできますよう、このセツキ、最期までお祈り申し上げます」
背が縮み、そっくりの姿の二人が、月見草の茂る庭でまみえる。月明かりの乏しい夜。邪気をはらい清める月夜。嫌がる子どもの悲鳴が上がる。
『殺せ、ハヅキ。これでこの地位をものにできるぞ、喜べ』
絶叫とともに子どもに止めを刺す幼子。子どもの悲鳴が止まって口が動く。
『……しあわせに』
「ずっと……そこに居たんだね、セツキ」と界人は成清の影斬刀に手を差し向ける。
「俺がころ、したはずだ」
唇を戦慄かせて後ずさり、ついに成清はひざまずいてしまった。
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