月負いの縁士

兎守 優

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終章 蒼月のデスパレード

112 月落ちる夜の宴③

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「僕は兄さまをあきらめたくない」
 日和見刀ひよりみとうを手にした者は、その時点でまず生死を決する。淡く光を放ち、人の寿命を食らうその刀を持つことのできるもう一人の者である、はじめは静かに言い放つ。

「資格者とはいえ、それは容易く扱える代物ではないぞ、長月の縁者!」
 郁が、目の前の刺客、永槻ながつき界人の実弟なのだとしても。裏月の者であっても、その刀を扱える者が限られる。使用者の思いに応じて、日和見刀ひよりみとうは形を変えるからだ。適切ななりでなければ、悪縁を浄化する効力を発揮することはできない、扱いがたい代物である。

「僕は兄さまを助ける。そのためにこの刀に応えてもらうだけです」
 郁の思いに呼応するように、光が広がる。郁の手の中で、短刀の刀身が三日月の刀へと変わった。しっとりとした月明かりの儚さだけでなく、真昼の太陽を思わせる、力強さと気高さが、その刀から放たれる。

「ち、土壇場でものにしやがって。普通はな、十二月しわす学園で十二年は最低でも経験積まなきゃ扱えないんだぞ」
 裏月で影斬りが成年に達するのは、齢十二。修学年齢の六歳になれば十二月しわす学園で、影斬りとして修行を積む。修行に励んだとしても、影斬刀かげきりとうを扱えるようになれるかさえもわからず、険しい道だ。

「待っていたら大切な人を失う」
 順当な手段など、今は選んでいられない。綱渡りの中で手探りで、ものにして、立ちはだかる影を討ち払うしかないのだ。
「行こう、成清くん」
「上等だ、ルカオ」
 成清の紅染べにぞめの瞳が灯火を宿す。冷たい輝きの中に、血に濡れたあかたたえて。月から落ちてしまった者を滅し、闇に葬ってしまうだけの過去の過ちは、もう繰り返してはならない。
 今度こそ。この灯火を届けて、思い通わせ、裏月は惨劇の歴史から解き放たれなければなかった。

 蒼き冷えきった月を覆い隠すがごとく、群れた月喰いの壁が天高く築かれていく。はじめと成清が斬り伏せようと動いたとき、黒い壁がよじれ、左右に散った。
「小童どもに、いい所ばっか持ってかせるわけには、いかないんじゃないか?」
 月明かりにうっすらと光りはためく、かや色の袖。道を空けたのは宇津木うつぎ正吾しょうごだった。

「ジジイ、やっぱ生きてたのか!」
「早く行きなよ、ハヅキ君」
「二人とも行きなさい」
 郁と成清に背を向け、はじめ日和見刀ひよりみとうを鞘に収めた。「すまない」と言って、落ち葉をはじめつ、拾う。彼が念をこめると周囲の枯れ葉が舞い上がる。
「我ら‪睦樹むつきが裏月一門として名に恥じぬよう、月喰いどもを討つ」

 影斬りたちが、生まれてくる月喰いを滅する背後で、郁と成清は界人と向き合う。影斬刀かげきりとうでは敵わない、発光する三日月の刀を見ても、男は憂いの笑みを絶やさなかった。
「郁。そんなもの向けたら危ないだろう? 兄さまに渡しなさい」
 三日月が膨らんでいく。郁の手の中で、日和見刀ひよりみとうは花弁になって花開いた。「あれは……忌子きこの!」と声が上がる。

「ンだと?」
 郁の足元に、月見草の群れが舞い踊っていた。成清の顔が青ざめる。彼が幼き日、永槻ながつきの屋敷に咲き誇ったそれらを眺めて、急いで家に走った記憶がよみがえる。
「よしなさい。郁ではその力は使いこなせないよ、っ」
 界人の足元に光の輪が広がり、花開く。彼は輪の中から動けなかった。

「僕は兄さまを助ける!」
 光の花は回転を起こしながら、界人の見えぬ悪縁との境界を切り裂く。暖かな光が広がり、彼を包みこんだ。
「にぃ……さ、ま?」
 淡い輝きは消え失せ、辺りに夜が立ち戻る。邪気の類は消え去ったはずだ。天を仰いだまま、界人はゆっくりと口を開いた。

「……終わりだねえ、裏月は」
 夜空を流れちぎれ雲が散り、蒼月が冴え渡る。月明かりを被り、穏やかに微笑む界人に、成清は刀を構えた。
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