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終章 蒼月のデスパレード
111 月落ちる夜の宴②
しおりを挟む「かおる、くん……」
陽惟の濁った瞳に、ほんのりと光が射す。しかし、体の自由が利かず、苦しむ郁に、彼は手を伸ばすことができない。
「あんたが自己満足で勝手にルカオを傷つけてるだけだろうが!」
憂いを帯びていた紅い瞳が、怒りに染まった。生々しく荒々しい、むき出しの怒気だ。
「弟が一族からなぶられ続ける苦しみ、お前にわかるのか!」
正面から食らった成清はたじろぐが、怯まなかった。一つの誓いを守り、勝ち取るために、すべてを滅ぼす。虐殺と何ら変わりはない。
成清が犯してしまった忌子殺しの罪。成清の血族が起こした争い。たった一つの望みのために、多くの命が犠牲となった。
「俺は、俺の家族はこんな血のために、葉月の親類を全員殺して俺を残して死にやがった」
譲れない思いがぶつかり合えば、悲劇が生まれる。繋がっていた縁を未来永劫、断ち斬ってしまう、惨劇を裏月は何度、繰り返してきたことだろうか。
「一人残されて楽になれるはずねぇんだよ」
縁に恵まれている者が、すべてを失う痛みは計り知れない。早くから孤独の中に落ちた成清と違い、郁は家族に、友人に、陽惟にと、かけがえのない者たちに囲まれている。
「ルカオは俺なんかよりずっと苦しむ。お前はそんな責め苦、負わせたいのか!」
界人の瞳がカッと見開かれた。
「郁は僕が守るんだ、僕が守ってあげないと、僕が僕が」
周囲で月喰いが次々と溢れ出す。暮れ枯坂の大穴の近くは、元より闇の底から生まれてくる夜ノ怪が跋扈している。月喰いどもは滅さねば、犠牲者が増える。しかし、動けるのは成清だけだ。動けない陽惟と郁を守るため、成清は影斬刀で月喰いを滅しながら、予測不能な界人のなぎ払いをすんでのところですべて受けきる。
月喰いを撃ち抜く閃光が飛んでくる。皮切りに、次々と月喰いが呪詛で作られた光の矢によって、動きを封じられていった。
「郁くん、郁くんっ」
界人に施された支配に抗い、陽惟は辿々しい手つきで空をなぞり、影斬りの印を結ぶ。ほうっと郁の強ばりが解けた。支配の血から解放された郁は、耐えがたい痛みから目覚めた。
「陽惟さん……?」
「あぁ、良かった、郁くん」と言う陽惟は、息も絶え絶えだった。
「どうか成清くんたちを助けてください……」
「陽惟さん……? 陽惟さん!」
郁はぐったりする陽惟を揺さぶり、驚愕した。彼の右目は蝕ばまれ、髪は白んでいっていたからである。
「陽惟さん! 僕、どうしたら……」
彼の懐がほんのりと発光していることに郁は気づく。あまり意識のない陽惟に触れ、彼はその光に手を伸ばした。
蒼白の肌、病的なまでに目元に色濃く刻まれた隈、少年のまま止まってしまった背丈。淡い光を放つ、強い浄化の力を持つ刀──日和見刀を手にしながらも、潰されることなく、彼はこの血に支配された地に堂々と立っている。
「成清。彼は何者だ」
ロウバイの家紋を背負う者たち──睦月の影斬りたちを従えてやってきたのは、睦樹家の当主、一だ。成清の隣に彼は並んだ。陽惟よりも若い見た目の彼だが、少なくとも成清よりは年上であることに違いはなかった。
「長月家の長子です、おそらく」
「永槻界人か」
成清は歯を食いしばる。自分が当主という立場から目を背けてきたせいで、知らないままだったことが徒になっていたのだと。
成清はたった一人残された者が、自動的に当主に上がるなど、納得がいかなかった。だが、早く知っていれば、多くの死を防げたかもしれないと思うと、彼は悔しさで自分をますます許せなくり、地を強く踏みしめた。
「成清くん」
それでも。柵でがんじからめの彼を呼ぶ者がいるから、成清は闇に落ちずに済んでいた。
「おい、ルカオは引っこんでろ。てかなんだ、それは」
郁の手元には光り輝く、小刀が握られていた。一は一瞬息を呑んで、「立華の日和見刀……」とつぶやいた。
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