月負いの縁士

兎守 優

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終章 蒼月のデスパレード

110 月落ちる夜の宴①

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 無音の闇。暗い暗い穴の底で、男はこの時を心待ちにしていた。気を失った郁を抱え、付き従う陽惟を見て、男──永槻ながつき界人は妖艶に笑む。
「やはりこの血は凄まじいな。浄夜の殲滅せんめつ士を手懐けるとは……待っただけのことはある」
 木々が枝を広げ湾曲して、空の受け皿を作ったかのように、視界が開けた場所に、大きな月が輝いていた。

「今夜は月も俺の味方だ」
 掌中に収めれば、引っ繰りかえすことはたやすい。伸ばした右手で月の輪郭をなぞる。
「月が落ちる、どれほどこの日を待ち望んだことか」
 掲げた腕を界人は急に下ろした。「月よ、落ちろ」と念じ振りまいた、血の支配に屈しない者が、ここまで辿りついたのだ。彼は気だるげに振り向くと、陽惟も倣って振り向いた。

「一番乗りが君とはね」
「お前、陽惟さんとルカオになにしやがった」
「ここに今立っていられるだけで、すごいよ、君」
 成清の瞳よりも、深い紅を宿した界人の瞳は毒々しく、揺らめく。彼の手に握られている刀は、成清と同じ影斬刀かげきりとう一本のみ。奪われた日和見刀ひよりみとう闇縫やみぬいの刀は見当たらなかった。「そう易々と扱える代物しろもんじゃねんだわな」と成清は小さくつぶやいた。

「そうか。幸史ゆきひとの、ね」
 立華たちばな幸史ゆきひと──陽惟が探し求めてやまない父の名だ。失踪した父の帰りをさびしさに焦がれながら、陽惟は弥生堂でずっと待ち続けてきたのに。「てめえが陽惟さんの父親を……!」と成清は憤った。

「お前の目的はなんだ」
裏月うらづきを滅ぼして、郁を呪いから解放する」
「めちゃくちゃなこと、言ってんじゃねぇ!」
 譲れない思い、愚かしい願いのために殺し合った‪葉月はづきの血族。結果、成清以外に生き残った者がいるかもわからず、深い傷を負った者だけが、帰る家もなく、血にまみれた過去に縛られ続けているだけだった。

「それでお前だけ生き残って結ばれようって魂胆か。白々しい」
 一人だけ生き残って、幸せになれるはずなどない。成清は孤独の痛みと後悔にずっと苛まれてきた。生き延びてしまった自分を許すことなど、彼には到底、叶わないことだ。

「郁のためなら、俺は死ねる。最後に俺を殺せば、郁の呪いは解ける。それが血の浄化、そうだろう?」
「兄さま……?」
 陽惟の腕の中で、郁がぱちりと目を覚ました。界人は振り向き、努めて微笑んだ。

「あぁ、なにも心配は要らないよ、郁。僕が郁の苦しみを終わらせてあげるからね」
「兄さま、……あ、……」
 陽惟とともに郁はガクンとその場にくずおれる。郁はそれきり、うずくまってしまった。
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