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10.継承のシャドウ
107 地下の除け者
しおりを挟む月に二度目の満月、ブルームーンを控え、卯咲にはどことなく緊張感が漂っていた。影斬りたちの多くは出払っており、蒼月が昇りきる前に少しでも月喰いの数を減らしておこうと躍起になって、影斬刀をふるっていた。成清は栞奈にしかと頼まれ、陽惟とともに行動しており、弥生堂は留守だった。
家主の不在に、訪問者が一人、二人。彼らは招かれざる客であるが、朽ちかけの門は彼らを弾くことなく、たやすく通してしまう。弥生堂の守護の門はすでにその効力を失っていたのである。
「へえ。あの男、なかなかやるじゃないか」
「成清よりは役に立ちましたね」
月見草がぽつりぽつりと淡い光を湛えて姿を現しはじめる。
「この臭気、間違いない」
梅重色の瞳は燃えるように煮えたぎっていた。
「そういや地下があるって言ってたような」
従者の足元で月見草が騒ぐ。花弁を振り、花びらの先を赤く染め、小さな怒りのポーズを示していた。女の影斬り──梅見丹那はかまうことなく、地をなぎ払う。地下への隠し扉の一部が現れた。
「あたしがこの時をどれだけ待ったと」
「行きやしょう、お嬢」
従者である木乃目結人は唾を飲んだ。もう彼女は獲物しか見えてはいない。自分が彼女の周囲を守らなければと彼は気を引きしめる。
「まどろっこしい二択かい。選ぶまでもないね」
弥生堂の地下には大きな扉が二つあった。丹那は迷わず、左の扉を選び、鍵と封印を切り裂いた。
「さあ、その醜い姿を現しな、野 兎!」
途端、結人は体が動かないほどの恐怖を感じ取った。これは臭気ではない、怨嗟だ。気の滞留だけで身が蝕まれるほどの、強大な負の力が流れ出す。丹那は暗闇をキッと睨み、刀を構えている。
「お嬢!」
巣穴から出たうさぎは一直線に丹那に襲いかかる。丹那の反応が遅れた。
「ぐああ!」
巣穴に絶叫がこだました。
「逃げられ……た?」
重苦しい空気がなくなった地下に、むせ返る生臭いニオイが広がっていく。
「追って、ください……」
暗がりのなかで滴る水音。丹那は刀を落としそうになった。青ざめる丹那を結人は、残る左腕で強く押し出した。
「必ず倒して、お嬢」
丹那の瞳が怒りに染まる。彼女は走り出した。巣穴から飛び出したホーリーヘアの気配を追って。
止血をできるほど、もう力が入らないことに結人は気づく。亡き前当主、如月双天に誓った言葉が彼の頭のなかを渦巻いていた。そして、もう一人、最期に会いたい思い人の顔を浮かべて、ズルズルとかがみこむ。
「ゆ、いと……?」
居るはずのない者の幻聴がしたように、結人は思えた。走馬灯なのだろうと受け入れていると、また彼を呼ぶ声がした。
ぼやける視界に揺らめくのは、意中の者の姿だ。
「え、せいちゃ……」
「結人!」
結人は激痛と吐き気をこらえて、声を振り絞った。本物だとすれば、ここに引き留めてはけないと。
「バカ! 追えよ、お嬢を守れ」
「ゆゆいと、うで、が」
「早く行け、俺にもうしゃべらせんな、うぐっ」
「ごめん、結人……っ!」
戦慄きながらも聖が去っていくと、ずるりと結人は倒れこむ。初めて彼は思い知った。自身も、丹那と聖の絆の中に、固く結ばれていたのだと。
「あー、せっかくセイちゃんが来てくれたのに」
彼の背後で地の根がうごめく。彼もそれが血だまりを這いずってくる気配を感じ取っていた。
「すみませんね。地下の子たちは血に飢えてしまってねえ」
間延びした声と天人のごとく淡き容貌。地下へ下りてきたのは、彼らが見つかってはならない、弥生堂の家主、立華陽惟だった。
「ですが、あなた方が悪いのですよ?」
陽惟が足を進める度に、這う根が後退していった。
「せっかく助けて差し上げたのに、宇津木さんには困ったものです。あなた方についたのですね」
「フルムーンイーターを飼ってたのは、あんただろ」
「口を慎みなさい。私が知らないとでも思っているのですか。双天さんへの恩義がありますので、あなた方の行動には多少目をつむってきましたが」
「俺たちにだって、特にお嬢はあのホーリーヘアに両親を殺されてるッ」
「わかりませんか。あなた方は宇津木さんにだまされたのですよ」
結人は歯を食いしばりながら目を見開いた。陽惟は笑みを湛えた表情のまま、彼を見下ろす。
「私が匿っていたのは、ハネルです。宇津木さんはあなた方を利用したのですよ」
染み入り広がる血を心底嫌そうに見て陽惟はため息をつく。
「双天さんの名誉のために、これは墓場まで持っていくと寧と約束しましたが、あなた方があまりにも愚かしい復讐をなさろうとするのでお話します」
彼の様子をうかがいながら、引っこんでいた根がおそるおそる血を吸い始めた。
「確かに、双天さんは私と寧――睦樹一をホーリーヘアに吞まれたハネルから庇って重症を負いました。しかし、双天さんは兎化してしまったのです。寧が命を削って浄化して息の根を止めました」
兎化した者は裏月では要処刑対象だ。月喰いに憑かれ、兎化した者はもう人に戻ることもできず、人を襲う化け物となり果てるしかないからだ。
「けが人を前に話が過ぎましたね。十二月学園に引き継ぎます」
陽惟は呪詛を唱えた。右腕を失った結人に護符を巻きつけ止血を施し、呪詛の力で彼を引き上げ、地下を出ていく。
「少し家に戻るつもりがこんな大事になるなんて……はぁ、学園はいつも電話番を置いておかないのでしょうかねえ」
電話をかける陽惟の背後に影が落ちる。忍び寄る人影が濃く色を変える。繋がったままの受話器が、だらんと床に落ちた。
「あぁ。いい夜を迎えられそうだ」
月が昇る。ひときわ大きな蒼白い月が闇の中、凛とした月光を湛えて浮かんでいた。
十 継承の影追い ─完─
終章へつづく
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