月負いの縁士

兎守 優

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10.継承のシャドウ

105 根無し草

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 市街地を取り囲む山々へ、迷いなく入ってくるものの匂いを成清は嗅ぎとった。影を含んだ臭気を漂わせているが、月喰つきくいのものではなく、ヒトの匂いだ。雲の切れ間から月明かりが訪問者の姿を照らし出す。幼い顔立ちに浮かぶ大人びた表情。口は真一文字に結ばれ、立ち居振る居まいが上位一門の所属を思わせる。帯刀していた影斬刀かげきりとうの柄には、ロウバイの家紋が記されていた。

「あんた……睦月むつきの紋の」
「二葉だ。一般人の被害が多いと聞き、我々睦月むつき一門も可能な限り討伐に加わる」
 睦月むつき一門は、裏月の頂点に座しながら、高度な対外交渉を行う者たちの集まりであった。影斬かげきりとしては睦樹むつきはじめが、日和見刀ひよりみとうの使用によって陽退ようたい症が悪化して以来、下位の一門が月喰い討伐の主な役務を担っていたのだ。

「動ける影斬りも減りましたし」
「刑士はもう駄目だからな」
「すみません」
 成清の言葉が虚空に落ちる。どうしたって、助けられなかった人のことが、彼の脳にチラつくのだ。闇縫やみぬいの刀に呑まれた、かつての刑士長、水無月和枝かずえを成清は救うことができなかった。彼女の養女である和紗かずさにも、心に深い傷を負わせたままである。二葉は「いや」と静かに反論した。

「水無月ではない。十二月しわす学園の方だ。あちらは闇縫やみぬいの刀の譲渡に失敗して以降、動きがない」
 成清の鼻が無意識に反応した。地を縫い、這い回る影が急に探照灯のごとく動き出す。
「ルートレスハンターか。影にまとわりつく、厄介なフルムーンイーター」
 突出した地を一瞬で影斬刀かげきりとうが切り裂く。地との縁を斬られたフルムーンイーターの一部は、塵となって消えていった。

「俺、陽惟さんに言われてからずっとこの臭いを追ってみたんですけど」
 散らばる臭気を嗅ぎ集め、成清はずっと考えていた推論を口にする。
「やっぱ、どうも同じなんですよね」
 当主に空席が多い裏月では、ほとんどのフルムーンイーターを確実に仕留めることができなかった。歴戦の中で当主たちが命がけでフルムーンイーターと対峙しても、弱体化させることさえも困難であった。現に、フルムーンイーターは今日に至るまで欠けなく、満月の夜にその姿を現し続けている。

 影斬刀かげきりとうでは歯が立たず、どの個体にも通用する、上位一門が所有する日和見刀ひよりみとう、刑士の闇縫やみぬいの刀を振るう者たちが活躍するも、完全な討伐には至らない。その上、浄化と昇華の刀・日和見刀ひよりみとうと破壊の刀・闇縫やみぬいの刀──それらの使用者は皆短命で、悲惨な最期を迎えることが多かった。

闇縫やみぬいの刀なき今では、夜が明けるまで刻み続けるしかないということだな」
「夜通し男女でいるのはどうかと思いますけど?」
 気配もなくいきなり現れた男。成清は梅見家の例の従者だと思い、姿を確認しなかったのだが。
「み、三葉! あなたという人は全く! いつもどこにいるのですか!」
 彼は梅見丹那になの屋敷の前で、成清が見かけた男──‪睦樹むつき三葉だった。

「あの人に見つかっちって、へへ」
「あらあら。まどろっこしい影ですねえ」
 裏月の最高位、睦月むつき一門に籍を置くにはふさわしくない、軽薄な物腰でヘラヘラする三葉のあとに現れたのは、陽惟だった。
「早く寝ましょう?」
 彼の手元が白く発光し出す。成清は急いで護符を張った。刹那、光の矢が闇夜を焼き尽くす。

「げっ、陽惟さん、なにやってんすか!」
「手慣らしですよ」
 辺りが暗がりに帰す頃、淡く光る小刀が陽惟の手元に収まる。彼の病的なまでに白い肌とその刀は、もう境目の区別がつかなくなっていた。

「そうか。今月か」
「ええ。 蒼 月 ブルームーンがありますので」
 ブルームーン──月に二度目の満月の日。数々の災夜をもたらしてきた因縁深い月だった。

「ホーリーヘアは確実に出るだろうな」
 二葉の言葉から怒気の匂いを成清は感じ取った。ホーリヘアは、本来十二体しかいないはずのフルムーンイーターのなかで、異質で強大な怨嗟えんさのかたまりである、十三体目の満月喰いだ。裏月にとって、ホーリヘアとの闘争は、多くの犠牲と隣り合わせの惨劇だった。

「アレには替えがないのです。おぞましい怨嗟えんさ……日和見刀ひよりみとう、一本で太刀打ちできるかどうか」
 闇縫やみぬいの刀、日和見刀ひよりみとう、裏月の総力をもってしても、ホーリーヘアだけは弱体化させることは叶わなかった。ホーリーヘアが姿を現し、災夜が訪れる度に、裏月にも深い傷が刻まれていった。

「今の冗談は寧にはご内密に」
 息を呑んだ二葉に、陽惟は人差し指で制した。
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