月負いの縁士

兎守 優

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10.継承のシャドウ

104 生まれた日②

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「いいのですよ。私も父にあなたを紹介する日が待ち遠しいです」
 パクリと、陽惟はもちっとした月見団子を口にした。彼は心底幸せそうにほおに手を添え味わって、ときおり、ふふっと笑い声を出していた。

「郁くんのご両親ともち丸にお土産を買いましょうかね」
「あと、成清くんにも……あっ」
 以前、来未くるみ通りに郁が成清と来たとき、彼は甘い匂いが苦手だと言っていた。好きではない物を辛抱して買うのはどうしてなのか、郁はよくわかってはいなかったが。
「ハツキにはそうですね。お土産話でも持っていきましょうかね、ふふ」

 甘味処を出た二人は、帰る道すがら、土産物を見つくろっていた。土産を購入しても、祝祭の景品としてもらった来未くるみ通りの商品券は、まだかなりの枚数、余っていた。
「郁くん」
 商品券をバッグにしまいこんだ郁は、陽惟に呼ばれ、顔を上げる。
「はい!」
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます……?」
「今日は一緒にお祝いもできて、とても楽しかったです」
 先ほどよりもニコニコとうれしそうに笑う陽惟を見て、郁は不思議そうに見つめ返した。

「どうされましたか?」
「えっと……お誕生日って、そんなに特別なものなんですか?」
「ええ。あなたがこの世に縁を紡いだ大切な日です。生まれてきてくれたから、私は郁くんと出会えたのです」

 胸の真ん中がじんわりと温かくなり、むず痒さを郁は覚えた。記憶に乏しいせいか、生まれた日を祝う意味が彼にはずっとわからなかった。しかし、陽惟に『誕生日はこの世に縁を紡いできた大切な日』と言われて初めて、心からうれしいことなのだと郁は思えた。

「そう言われると、特別な日なんだって思えますね! お祝いしてくれて、ありがとうございます」
 郁の髪留めがきらめき、笑みが咲きほころぶ。陽惟もつられて、また満面の笑みを返した。


 門の前で陽惟とわかれ、郁は静かに門を閉めた。ギィと建て付けの悪い音が鳴る。耳をざわめき立てる不快さに郁は身震いした。
 ふと振り返ると辺りは真っ暗なのに、庭の奥がほんのりと明るい。郁はその光景を不思議に思い、しばし見つめた。なにかあるのだろうか。

 見つめ続けると発光する群れがこちらへ近づいてくる錯覚に陥り、彼はハッと我に返る。門の音を聞いたはずの両親をずい分、待たせている。彼らを心配させてはいけないと、彼はガラリと戸を引いて、家に入っていった。

 月見家に、「ただいま」の声が響く。元気な郁の声を聞いて、満生も部屋から顔を出してくる。この日を迎える度、満生はなにがあっても、顔を合わせて言葉にして伝えるといつも決めていた。

「郁。誕生日おめでとう」
「うん。ありがとう」
 心からのよろこびの表れ──こんな笑顔を郁が誕生日に見せたことがあっただろうか。満生は言葉に詰まり、少し驚いた顔をした。恒子は変わらず、朗らかに微笑んでいて、郁の変化に気づかないようだ。

 誕生日会が終わり、片づけを終えた満生は自室に引き上げた。押し入れの引き戸を開け、体を潜らせる。やがて中から、細長い包みを引っ張り出してくる。結んであるひもを解いて、彼は袋から中身を取り出した。現れたのは刀である。

 その得物──影斬刀かげきりとうを黙って満生は見つめた。今は抜くべきときではない。が、郁と恒子の笑顔を守るために、もう一度、この刀を守るためだけに、振るわなければならないときがくるだろう。音に敏感な郁に気取られないようにと満生は、努めて静かに、また押し入れに刀を戻した。

 雨戸で閉めきられた満生の自室の向こうには、庭が広がっている。庭の奥で月見草が揺れている。はたはたと風に吹かれ、葉を花弁を振る様は、まるで祝いの舞を躍っているようだった。
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