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10.継承のシャドウ
103 生まれた日①
しおりを挟む湯呑みの影に、急須のそれが重なる。居間に涼しげな茶の香りが立ちのぼる。満生は小さく礼を言って、しおりを挟み、本を閉じた。
「ふふ。郁ちゃん、とっても楽しそうね」
「私は少し心配なんだがな」
恒子に注がれたお茶を口に運びながら、満生はふっと表情を緩める。
「そう言って。満生さんだって、うれしそうに見えますよ」
「そう見えるか……」
郁は夕方になると陽惟と連れ立って出かけていった。家を出る際の郁がよろこびに顔をほころばせており、祝祭でもらったというバレッタをきらめかせる、その様子があまりにも愛らしくて、満生はその姿を何度も思い出していた。
「良かったわ。郁ちゃんが大事な人と誕生日を過ごせる日が来て。ねえ」
来未通りに行く、と郁は言っていた。このめでたい日になんの因果か、周囲からいつも離されてしまっていた彼にとって、きっとかけがえのない思い出になるはずだ。満生は目頭を押さえて、茶を流しこんだ。
来未通りに降り立つと、そこかしこで甘い香りが漂っていた。郁は自分から陽惟の手を握った。
「ここ、迷子になりやすいんです」
あちこちに甘味の誘惑があり、誘われるままに店を渡り歩くと、帰り道を忘れてしまうそうなのだ。両親に手を繋がれ、通りを歩いた幼少期を郁はじんわりと思い出した。
「僕、手を繋いでもらったら全然離さなかったらしくて、全く迷子にならなくていい子だったって言われました」
「では、私もいい子にしますね、ふふふ」
陽惟が手を揺らすので、郁はそこでようやく自分のしていることに気がつき、肩を跳ねさせた。
「す、すみません! 子ども扱いするつもりはなくて、癖で……」
「いいですよ、私はすーぐ甘味に誘われてしまうので、離さないでください」
日が落ちてもほんのりと明るい通りは、恋人たちの姿も多く行き交う。「さあ、行きましょう」と、照れる郁の手を陽惟は引いて歩き出した。
「ありゃ、立華先生。お子さんは元気かい?」
陽惟に促されるまま入った和菓子屋で、ひょっと顔を出した店主が真っ先に声をかけてくる。陽惟はにこやかなまま、袖で口を覆って答えた。
「ご冗談を。私はその子どもですよ」
「おーこりゃたまげた。いや、あんまりにもお父さんとそっくりで。しかし、あの小っこいのが、こーんなに大人びてなあ!」
はつらつとした店主はニコニコしながら、二人を見てそう言った。郁は困って陽惟を見上げたが、彼の目はもう甘味に夢中になっていた。
陽惟が目を輝かせニヤけながら見つくろった甘味をテーブル席で待ちながら、郁はそわそわして落ち着かない気持ちだった。
「もしや、陽惟さん……常連さんなんですか?」
「いいえ。父がたまに連れていってくれました。それからは一人でもたまーに通いました。大将はいつも、私と父の区別がつかなくて、あんなことを言うんです」
丁度、注文した甘味が運ばれてくる。どれも秋らしい菓子で、素朴な見た目をしていたが、その並べられていく甘味の品数に郁は少し目を丸くした。
「父の方がもっと賢くて素敵な見た目です。大将はからかい上手なだけですよ、もうっ全く」
「いつか、お会いしてみたいです」
会話の流れでそう口にして、郁はハッと口を覆った。
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