月負いの縁士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
103 / 121
10.継承のシャドウ

103 生まれた日①

しおりを挟む

 湯呑みの影に、急須のそれが重なる。居間に涼しげな茶の香りが立ちのぼる。満生みつおは小さく礼を言って、しおりを挟み、本を閉じた。
「ふふ。郁ちゃん、とっても楽しそうね」
「私は少し心配なんだがな」
 恒子つねこに注がれたお茶を口に運びながら、満生はふっと表情を緩める。

「そう言って。満生さんだって、うれしそうに見えますよ」
「そう見えるか……」
 郁は夕方になると陽惟と連れ立って出かけていった。家を出る際の郁がよろこびに顔をほころばせており、祝祭でもらったというバレッタをきらめかせる、その様子があまりにも愛らしくて、満生はその姿を何度も思い出していた。

「良かったわ。郁ちゃんが大事な人と誕生日を過ごせる日が来て。ねえ」
 来未くるみ通りに行く、と郁は言っていた。このめでたい日になんの因果か、周囲からいつも離されてしまっていた彼にとって、きっとかけがえのない思い出になるはずだ。満生は目頭を押さえて、茶を流しこんだ。


 来未くるみ通りに降り立つと、そこかしこで甘い香りが漂っていた。郁は自分から陽惟の手を握った。
「ここ、迷子になりやすいんです」
 あちこちに甘味の誘惑があり、誘われるままに店を渡り歩くと、帰り道を忘れてしまうそうなのだ。両親に手を繋がれ、通りを歩いた幼少期を郁はじんわりと思い出した。

「僕、手を繋いでもらったら全然離さなかったらしくて、全く迷子にならなくていい子だったって言われました」
「では、私もいい子にしますね、ふふふ」
 陽惟が手を揺らすので、郁はそこでようやく自分のしていることに気がつき、肩を跳ねさせた。

「す、すみません! 子ども扱いするつもりはなくて、癖で……」
「いいですよ、私はすーぐ甘味に誘われてしまうので、離さないでください」
 日が落ちてもほんのりと明るい通りは、恋人たちの姿も多く行き交う。「さあ、行きましょう」と、照れる郁の手を陽惟は引いて歩き出した。

「ありゃ、立華たちばな先生。お子さんは元気かい?」
 陽惟に促されるまま入った和菓子屋で、ひょっと顔を出した店主が真っ先に声をかけてくる。陽惟はにこやかなまま、袖で口を覆って答えた。
「ご冗談を。私はその子どもですよ」
「おーこりゃたまげた。いや、あんまりにもお父さんとそっくりで。しかし、あの小っこいのが、こーんなに大人びてなあ!」
 はつらつとした店主はニコニコしながら、二人を見てそう言った。郁は困って陽惟を見上げたが、彼の目はもう甘味に夢中になっていた。

 陽惟が目を輝かせニヤけながら見つくろった甘味をテーブル席で待ちながら、郁はそわそわして落ち着かない気持ちだった。
「もしや、陽惟さん……常連さんなんですか?」
「いいえ。父がたまに連れていってくれました。それからは一人でもたまーに通いました。大将はいつも、私と父の区別がつかなくて、あんなことを言うんです」
 丁度、注文した甘味が運ばれてくる。どれも秋らしい菓子で、素朴な見た目をしていたが、その並べられていく甘味の品数に郁は少し目を丸くした。

「父の方がもっと賢くて素敵な見た目です。大将はからかい上手なだけですよ、もうっ全く」
「いつか、お会いしてみたいです」
 会話の流れでそう口にして、郁はハッと口を覆った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

朝起きたらぽっちゃり非モテな俺にま○こがついてた……とりあえずオナるか。

丸井まー(旧:まー)
BL
年齢=恋人いない歴のモテないぽっちゃり男アベル(32)に、朝起きたらまんこができてた。アベルはとりあえずオナることにした。 遊び人の色男✕非モテぽっちゃり(ふたなり)。 ※ふたなり♂受けです! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

αなのに、αの親友とできてしまった話。

おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。 嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。 魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。 だけれど、春はαだった。 オメガバースです。苦手な人は注意。 α×α 誤字脱字多いかと思われますが、すみません。

罰ゲームって楽しいね♪

あああ
BL
「好きだ…付き合ってくれ。」 おれ七海 直也(ななみ なおや)は 告白された。 クールでかっこいいと言われている 鈴木 海(すずき かい)に、告白、 さ、れ、た。さ、れ、た!のだ。 なのにブスッと不機嫌な顔をしておれの 告白の答えを待つ…。 おれは、わかっていた────これは 罰ゲームだ。 きっと罰ゲームで『男に告白しろ』 とでも言われたのだろう…。 いいよ、なら──楽しんでやろう!! てめぇの嫌そうなゴミを見ている顔が こっちは好みなんだよ!どーだ、キモイだろ! ひょんなことで海とつき合ったおれ…。 だが、それが…とんでもないことになる。 ────あぁ、罰ゲームって楽しいね♪ この作品はpixivにも記載されています。

処理中です...