95 / 121
9.醒めぬ夜のララバイ
95 揺るぎなき意思
しおりを挟むカンカン照りの道を歩き続け、彼はその足で、裏月第二位である如月一門に座す、梅見の屋敷へ向かう。
門の前で打ち水をしていた木乃目結人は人の足音に気づき、顔を上げた。
「お嬢はいないよー、成清くん」
「何するんだい。離しな!」
成清は振り返って声がした方を差した。彼が今しがたやってきた道の向こうで、桃色の髪の女性が声を荒げていた。
「あれ、そうじゃないですか?」
結人は柄杓を放り出して、成清の横を風のごとく通り過ぎていく。梅見丹那と言い争う男の家紋を目に入れたが、彼は臆することはなかった。
「ちょっと君。誰だか知らないけど、お嬢に手を出すならこっちだって本気、出させてもらう」
「おーこわ。この紋見ても怯まないとか、さすが梅見の従者ってか」
男の影斬刀の柄には、ロウバイの花の家紋が刻まれていた。裏月でその家紋を知らない者などいなかった。その家紋は、裏月一位、睦月一門の睦樹家のものであるからだ。
「睦月の紋……」
「そうそう少年。俺は睦樹三葉。君はなんか影斬りっぽそう。知らないけど」
「もの覚え悪くて~」と三葉は成清に向かってケタケタと笑っておどけて見せた。
「ふんっ! 全くいつまでいるんだい。帰りな、畜生が」
あっちに行けと丹那がブンブン振り回す腕は、三葉には全く当たらなかった。成清は三葉のことを横目で見つつも、用があるのは丹那だったので、三葉のことは視界から外して彼女に向かって乱暴に呼びかけた。
「おい、梅見。陽惟さんのこと、なんか知ってるか」
「あのね、成清くん。お嬢のこと、呼び捨てはやめて欲しいかな、うぐッ」
丹那が振り回した手は、結人に直撃してしまう。彼は顔面を覆って、大げさに痛がる振りしてうずくまった。
「知らないよ。時雨のところにいるんだろ」
成清が口を開こうとすると、三葉のドスの利いた声が飛んだ。残暑で蒸す気候なのに、急に彼の纏う空気がひやりとして、身震いを覚える畏怖が各々の体を伝った。
「おい、警告だ、梅見丹那。やめておけ」
「睦月の落ちこぼれに指図される覚えはないよ」
「こっちに貸しがあんだろ、お嬢サン。わかってんだろ」
顔を上げた結人から表情が消える。彼が構えもなく刀を抜く寸前で、三葉はパッと手を挙げておどけた。
「あはー、やべえ。つい熱くなっちった。一様に怒られるぅー。そんじゃ!」
うるさくワーワーと騒ぎながら、三葉は彼らの元を去っていった。彼の姿が見えなくなると丹那は舌打ちを鳴らして、誰に言うでもなく吐き捨てた。
「ああいうのが一匹でもいると、やりにくいだろうにねえ」
「お嬢、お怪我は」
結人の心配を丹那はスルーしていく。がっくりと肩を落とすのに、どこかうれしそうな結人を見て、内心、気持ち悪ぃとつぶやき、成清はまた身震いした。
「そういや、宇津木のこと、なんか知ってますか?」
「お? やっとわかってくれた。成清くんは態度さえ良ければいい子だよね」と結人が手を広げると、成清はパッと飛び退いた。先ほどのような気色悪さに触られるのはごめんだ。話しかけなければよかったと成清は後悔した。
「やっぱいいです。帰ります」
「宇津木さん、なんかあったの?」
「最近、ジジくせえ臭いがしねーなって思っただけです」
成清はスンと鼻を鳴らした。半身振り向いて結人にたずねる。
「いつものあの人、居ないんですか?」
成清の知らぬ間にいつも姿を現しては消える、もう一人の従者が見当たらないのだ。
「あー、聖のこと? 体弱いから寝込んでるんだよねー」
「そーすか。お大事に」
成清はそれだけ言うと、飛ぶようにしてさっさと帰ってしまった。
「やっぱ、成清くん。口さえまともに利ければ、ねえ」
「弥生堂が空だっていうのは本当かい?」
いつの間にか丹那が隣に立っており、結人は内心、心臓が飛び上がる思いだった。
「いや、正直、はっきりとは。守護の門のガードも堅いですし」
「弱ったねえ。刀が錆びつくよ」
丹那は細い指で影斬刀の柄をなぞった。ウメの花が刻まれた家紋を見ると結人は、今でも複雑な思いを抱くのだが。
「へへい。わかりやした」
遠い地で丹那と聖は二人で死線をくぐり抜けてきた。その固く結ばれた絆のなかに、自分は永遠に加わることはできない。
人質となっていた妻子を連れ帰ると梅見の前当主・如月双天は、自分が戻らなければ結人を如月の当主とする遺言まで書いて、混迷の京兎へ赴いた。しかし、娘と彼女の幼なじみの二人しか連れて帰ることは叶わなかった。当主である双天の地位が揺るぎ始めた大きな事件となる。
双天の亡きあとは、如月での結人の立場は弱いものだった。当主の座を受け継いだ、双天の娘である丹那の言葉が結人は今でも忘れられない。
『お前たち、誰に向かって口を利いてるんだい。親父が当主に名を上げた男だ。結人への侮辱は、前当主の娘のこのあたしが許さないよ』
彼女の言葉が肩身の狭い思いをしていた結人を救った。だから、この先、彼女の身にどんな災厄が降りかかろうとも、聖とともに、彼女が歩む道を守っていくと、結人は心に固く誓っている。
「双天様。俺、やりますよ、絶対」
結人は空に向かって手を振る。カラカラとよく晴れた、亡き前当主を思わせる空模様だ。眩しい陽光に咎められている気分に彼はなった。降りそそぐ陽を遮りながら、成清が去った方をしばらく見つめてから、やがて彼は屋敷へ戻っていった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
哀夜の滅士
兎守 優
BL
縁を接げぬ君に、癒えぬ傷を残して
言われなき罪過を背負った四面楚歌の影斬り、永槻界人は裏月の影斬りを養成する専門機関・十二月学園で教師としての社会貢献を言い渡される。
仮の縁を結んだ相手で寮長の布施旭、界人の同僚で監視役の荻野充、梅見一門の落ちこぼれの影斬り・梅津雄生、旭の養子で学生の実希、奇妙で歪な縁で結ばれた彼らと界人は教員寮で生活を共にしていく。
大罪を犯したとされる彼を見る目は冷たく、身に覚えのない罪で裁かれる運命にある界人は、死力を尽くして守り通した弟・郁のことが気がかりな日々を送っていた。
学園で起こった不審な事件を追ううちに、
やがて界人は己の罪の正体へ近づいていく。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
薬師は語る、その・・・
香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。
目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、
そして多くの民の怒号。
最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・
私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
浮気性のクズ【完結】
REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。
暁斗(アキト/攻め)
大学2年
御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。
律樹(リツキ/受け)
大学1年
一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。
綾斗(アヤト)
大学2年
暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。
3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。
綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。
執筆済み、全7話、予約投稿済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる