月負いの縁士

兎守 優

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8.追想のファントムペイン

92 月の許し

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 眩い光が夜に解け、夜空は煙るように灰色の雲に覆われていく。途端に辺り一帯に熱風が吹き返した。誰かが走って近づいてくる足音を郁の耳は拾う。
「おー、先生、いたいた。急に居なくなったからどうしたもんかと」
「紫門さん! ご無事で」
 「んにゃっ?」と紫門は飛び上がった。起こさないように黙って出てきたはずなのに、寝入っているはずの郁がそこにはいたからである。
「あはは~。立華たちばな先生が助けてくれたから無事かな」

「ねえねえ、お兄ちゃん。なんで怒ってるの?」
 はつきは郁のうしろからぴょこりと顔を出した。礼門は「なル、せ……」と口にする。彼は紫門から離れて歩き出したが、すぐに泣き崩れた。
「ごめんな、さい。俺が弱かったからこんな」
 はつきは郁のそばを離れて、礼門に近づいていく。小さな手を伸ばして、ペシペシとその頭を撫でるように叩いた。

「よしよし。ごめんなさいできていい子」
 はたりと礼門は見上げる。途端に、焦茶色の髪が影に染まっていく。隠れていた月明かりが再び顔を出す頃には、礼門は元の姿に戻っていた。
「はじめまして、はつきだよ。お兄ちゃんは?」
「礼門。‪一二三月ひふみつき礼門」
「れいも……ん」
 はつきは名前を反芻すると、その場にころんと転がって眠ってしまう。陽惟は寝入ってしまったはつきを抱え上げた。

「許しの力というのは、ときとして素晴らしい働きをするものですね」
 「礼門、よかった、元に戻って」と紫門は礼門に抱きつき、また泣き始めた。二人の回りをぽっと顔を出した月見草が囲む。「いい働きをしたでしょう?」とでも言いたげに花弁を振る月見草に、陽惟は人差し指を唇に押し当て、たしなめるように合図を送った。


 紫門と礼門を弥生堂に招き入れ、陽惟は郁とともに深夜の町を歩いていた。外気だけが冷めきらずにもうもうとした熱を含み、寝静まったはずの町に漂っている。

「ハツキはね、死産だったそうです」
 成清の家だというアパートまであともう少しというところで、陽惟がぽつりとこぼした。思わぬ残酷な事実を明かされ、ヒッと郁はのどを鳴らす。
「私の父がどんな方法を使ったのかわかりませんが、揺り戻しと言って特別な祈祷を行い、ハツキを産まれさせたのです」

 父のことを話すとき、陽惟は苦しそうな表情になる。郁の戻りかけの記憶と陽惟の戻らない父の行方とが、ない交ぜになって、郁の心の内に、陽惟へ同情を寄せる気持ちが膨れ上がる。
 陽惟は顔を引きつらせる郁にふっと力なく笑いかけて、成清の部屋に入っていく。
「さて。成清くんは元の姿に戻ると不器用な暴君になるので、私たちは退散しましょうね」
 ぐうぐう眠るはつきにブランケットを掛け、陽惟と郁はアパートを出た。

「陽惟さん、あの」
「なんでしょうか」
「僕の家に……来ませんか?」
 郁は今にも泣き出しそうな気持ちを抑えて、陽惟にそうたずねた。
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