月負いの縁士

兎守 優

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8.追想のファントムペイン

91 白い闇夜

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「こっちにへんなの、チリチリバチバチしてる!」
「こんなことしたら紫門さんに、ゲンコツされるよ、はつきくん」
 郁は真夜中、揺すり起こされて目を覚ました。はつきが「紫門がいない」と言うので、郁は真っ青になって外に飛び出した。
 もちろんはつきも一緒についてきてしまっており、暗がりで身を潜めていた影が躍り出る度に、はつきがよろこんで追い回していた。飛び出した影は脅かすつもりが、かえってはつきに遊ばれてしまい、身の危険を感じてねぐらへと逃げ帰ってしまう。

 「こっちこっち」とはつきに引っ張られるまま、郁は山に入っていった。奥へ進むにつれて、郁は外気が冷えていくのを感じ取った。
 ピチャンっと音がした。郁は上から聞こえた気がして、おそるおそる見上げる。頭上には、魚影が泳いでいた。ギョロリとした目と目が合った瞬間、魚が急降下して襲いくる。
 はつきが郁の腕を引いた。直撃は免れたが、繋いでいた手の感触がないことに、郁は青ざめ、辺りを見回した。

 魚影は牙を向き、噛みつこうと口を忙しなく上下させている。鮫の群れの中心にいたのは、はつきだった。鮫の突進を身軽にかわして、まるで戯れるみたいに、はつきはよろこんでいた。
「ねえ、なんでおこってるの?」
 くるんと宙返って、はつきは鮫の形をした月喰つきくいにたずねた。

「寝ないと怒られちゃうよ」
 はつきの背後を別の鮫が体当たりで突いた。途端にポーンとはつきは、鮫たちの的の中心に放り出される。
「はつきくん!」
 駆け寄ろうとする郁の手は届かない。投げ出されたはつきに、上へと上へと舞い上がるように、四方八方から月喰いの体当たりが繰り返される。

「やれやれ。いつまでも世話の焼ける子どもですね」
 郁はその声の音に胸を締めつけられた。彼の背後から光の矢が月喰い目がけて飛んでいく。鮫の群れが一瞬で散り、跡形もなく消え去った。
 「わー」とはしゃぎながら落ちてくるはつきを腕に抱えたのは、間違いなく陽惟だった。

「はるい!」
 彼ははつきを下ろして、ゆっくり進みでた。固まる郁に向かってきて、はつきは彼の手を引いた。
「下がっていなさい、ハツキ」
 陽惟は背後に、光の盾を張る。鮫の群れが散ったあとに現れたのは、ひときわ大きな魚影だった。口を開けるだけで、周囲の空気が揺れた。

なりはギャングスタージョン。しかし、またあなたも違いますか」
 再び鮫の群れが集まり、大群となって月明かりを遮った。巨体の月喰いの頭に空いた穴から、満月の明かりが顔を出す。

「私は偽物であろうが、撃ち払いますがね」
 襲いくる影を閃光が貫く。闇夜を白く染め上げ、影を焼き払った。
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