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8.追想のファントムペイン
89 誕生日会③
しおりを挟む夏の盛り。道は燃えるように暑く、紫門は「あちぃな」と手で扇ぎながら、郁の隣を歩いている。はつきは麦わら帽子をかぶって郁の腕を揺らしていた。
カフェ・在り月のベルが鳴った。栞奈はカウンターから出て、来客の姿を認めるなり、ため息をついた。
「あの……なぜいらしたのでしょう……え?」
「こんにちは! はつきです!」
「はつき君がここがいいと言うので」
栞奈は一瞬だけ、はつきに視線を移して目を見開くが、すぐに平素の表情に戻った。
「はるいのニオイがする!」
「まあ、伏せっておられますから」
「はるいはいつもここで甘いの、いっぱい買いこんでる!」
はつきもとい成清を栞奈は、追い返すような無下な扱いはしなかった。
「立華先生を名前で呼び捨てとは小僧、なかなかやるなぁ」
紫門がはつきの頭をかき撫ぜると、はつきはスキップしながら、「はるい、かおる、はるい、かおる~」などと口ずさんで席まで郁を引っ張っていく。郁は顔を引きつらせ、乾いた笑みを浮かべて席に着いた。
「お待たせしました」
テーブルに置かれたのは、フルーツが載ったパフェ、ぜんざい、みたらし団子だった。「はるいはこれ、頼んでた」とはつきが指差したもののなかから、郁と紫門が絞って選んだものだ。陽惟が普段、どれほどの甘味を嗜んでいたのか思い知り、郁は彼の健康が大丈夫か、不安に思った。
「はつき君、五歳の誕生日おめでとう」
「おぉー五歳か。めでたいな!」
はつきは目を輝かせて、郁と紫門を交互に見つめた。それからパフェに視線を移した。てっぺんのアイスクリームをひと掬いして、口に放りこむ。
「うんまいっ!」
はつきは昼間、散々はしゃいで疲れきって、夕方には船を漕いでいた。誕生日の夜、はつきはもち丸と身を寄せ合って眠りについた。同じ格好でうつ伏せに眠る二人を見て、郁はふっと笑みをこぼしながら、そっとブランケットをかぶせた。
「恵門!」
一二三月の屋敷に急に乗りこんできた成清に、屋敷の者は目を見開いた。騒ぎを聞きつけ、中から慌てて、焦茶色の髪をした、成清の意中の者が顔を出した。紅茶の色をした瞳には焦りの色が浮かんでいた。
「ど、どうしたの、成清くん! こんな夜遅くに」
「生きててよかった、恵門」
「本当にどうしたの。僕は生きてるよ」
「成清様がいらっしゃった」と一二三月の屋敷が慌ただしくなったのも一時だった。恵門は人払いをして、成清とともに縁側に腰掛けていた。恵門は「本当はね」と夕闇に言葉を放り出した。
「来てほしいなって思ってたんだ」
「そうなのか」
「僕、勝手に家を出られないから」
恵門は少しだけうつむいた。成清は今度こそちゃんと、事情を聞いてやらねばと思うのに。控えめな態度の彼に強く出て、壊してしまわないか、心配事ばかりが頭をよぎり、成清は当たり障りのない言葉しかかけられなかった。
「なんか、あったのか?」
「えっ、だって……」
一瞬言い淀んだ恵門だったが、彼はそのまま続きを口にした。
「明日は成清くんの誕生日でしょ?」
成清は青ざめた。しかし、恵門は虚空を見つめていて気づかない。
「せっかく仲良くなれたのに、お誕生日をお祝いできないのが、ずっとモヤモヤしててね」
カチリ。二つの針が、頂点で合わさった、そんな音がする。その実、恵門の耳飾りがチャリと揺れただけだったが。
「もう真夜中みたい。お誕生日おめでとう、成清くん」
恵門は成清の方に振り向いた。
「なんで泣いてるの、成清くん。変なの」
そう言われて、成清は自分の目元をガシガシと拭う。涙を拭いたのに、視界に映る恵門も、涙で目元を濡らしていた。
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