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8.追想のファントムペイン
88 誕生日会②
しおりを挟む「わかった。夜ご飯にしよう」
居間に上がれば、恒子がすでに夕飯の支度を終えていた。
「あら、郁ちゃん。ちょうど良かった。満生さんを呼んできて」
「こんにちは!」
紫門に抱えられたままだったはつきは、恒子に元気よくあいさつをした。
「あらまあ、お洋服はどうしたのかしら!」
恒子に言われて、郁と紫門はようやく気がついた。はつきはサイズの合っていないブカブカの布地のなかに埋まっているだけの状態だったのだと。
「郁ちゃんの小さい頃のお洋服、とっておいて良かったわ」
サイズの合った洋服に手を通し、一人で動き回れると知ったはつきは、目を輝かせ、くるくると回る。
「紫門君。その子が手を貸してやりたいって言っていた子なのかな?」
居間に顔を出した満生は困惑して、飛び回るはつきに目を細めた。
「こんにちは! はつきです」
元気のいいはつきに満生はどう接したらいいのか、言葉に詰まってしまった。
「まぁ、そんなとこです、旦那」
紫門は親戚の子だとごまかして、満生と恒子に話を通した。
「さて。晩ごはんにしましょうね」
居間のテーブルのイスによじ登ろうとするはつきを見て、「まあ!」と恒子は声を上げた。
「今日はちゃぶ台の方にしましょう」
満生がちゃぶ台を広げる。恒子と郁、紫門はテーブルに並べられていた食器を移していった。
「うわあ、おいひそう」
食卓に並べられたご飯を見て、はつきは目をきらきらさせる。
「ふふ。はつきくん、どうぞ召し上がれ」
恒子に勧められ、はつきは手を合わせた。
「いただきます!」
はつきは郁に取り分けてもらった野菜炒めを口に運んだ。彼はしゃくしゃくと噛みながら、「おいひぃ~」とうなった。
「おいしく食べてくれてうれしいわ」
「郁だっていつもおいしいおいしい言ってくれるだろう」
「満生さんったら、郁ちゃんで張り合わなくていいのよ、うふふ」
ご飯をよく食べるはつきを恒子はニコニコと見守り、満生は複雑な思いでときおり彼の様子を見ていた。
食器を片づけ終えると、はつきははたりと立ち止まった。彼の目はカレンダーに釘付けになり、やがて肩を落とした。郁はそんなはつきの様子に気づき、声をかける。
「どうしたの?」
「あした……」
それきり、はつきはうつむいて黙りこくってしまった。
「明日は八月一日だね」
郁ははつきの前に屈みこんだ。はつきは指を折って数を数え、右手をグーの形にした。
「五歳になるんだけどね」
「そうなんだ。お誕生日なんだね!」
「でも、何歳になるって、いつもわからないんだ。どうやったら、ぼくにも五歳になったってわかる?」
不安そうに見つめるはつきに、郁はニコリと笑いかけた。家族がいつもそうしてくれるように、これをすれば何歳になったか、郁は把握できていた。
「じゃあ、お誕生日会をしておめでとうってしたら、はつきくんは五歳になったってことにしよう!」
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