月負いの縁士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
81 / 121
7.彼は誰時のエレジー

81 イカズチと鉄槌

しおりを挟む

 夕立はいきなりやって来た。雨の勢いは増し、息つく間もなく土砂降りになる。雷鳴がとどろいた。雷が落ちる度に、成清の体にしびれが、刀身に火花が走った。

「お-。最悪な満月だな、おい」
「紫門さん……それ、木刀ですよね」
 水たまりをバシャリバシャリと踏む足音。彼女の姿が現れるよりも先に、この場に不釣り合いな、木刀の先がぬっと成清の横に躍り出た。

「そうだぜ? ま、こんな日に振り回していいもんじゃねぇけどなっ」
 影斬刀かげきりとうではないその刀を成清はチラリと見やった。木だろうが、鉄だろうがどちらも変わりなく、雷を通すだろうが、成清は、フルムーンイーターはおろか月喰いさえも斬れない刀を持ってくる紫門の気が知れなかった。
影斬刀かげきりとうもまあ、同じなんですけどね」
 なにをする気なのかわからないが、腕っぷしに自信のある紫門であれば、小者の月喰いぐらいは木刀で昏倒させられるだろう。申し分程度のまじないを成清は、自身の影斬刀かげきりとうと紫門の刀にかけた。
「雷号をはじけ」

 彼らの前でひときわ大きな雷が落ちた。しかし、それは天の落とし物ではない。空気が灼ける匂いを感じ取り、成清は紫門を突き飛ばした。瞬間、滝のごとく雷が降り注ぐ。
「くそ、いってぇ……!」
 成清は避けきれなかった。左半身に大やけどを負って、彼はうめいた。
「ばっか、もう動くんじゃねぇ!」
 周囲がバチバチと音を立てる。紫門はチリチリと痛むのを感じて顔を上げる。雷を角に宿した鹿の姿のフルムーンイーター――サンダーバックが二人の方へ近づいてきていた。紫門は雨に打たれながら、弱っていく成清を抱えて向き合う。

「まじ、かよ」
 重症を負った成清を庇いながら戦う余裕は、今の紫門にはなかった。逃げるしかない。だが、相手の足は稲妻が走るように早いはずだ。逃げ切れるだろうか。苦しむ成清を腕に抱きながら、紫門はじりじりと後ずさる。
 瞬間、サンダーバックの角のイカズチが途切れた。誰かがフルムーンイーターに影斬刀かげきりとうをふるったのだ。

「ねエちゃ、ン」
「礼、門……!?」
 重くなった成清の体。紫門には礼門の声が聞こえた気がした。しかし、見渡せど誰もいなかった。サンダーバックの動きが一瞬止まった。なにかに気を取られたみたいに。そのすきに紫門は一目散に市街地へ駆け戻る。

「だれか、だれか! こんな大ケガしてんだぞ、助けろって!」
 ひどい雷雨の夜でどこも医者は空いていない。頼みこんでも、成清の影斬刀かげきりとうを見るなり、裏月の面倒は見れないと相手にしてもらえなかった。

「えも、ん……」
 紫門は雷鳴とどろく土砂降りのなか、途方に暮れた。成清はひどい出血と火傷で、もう今にも死んでしまうのではないかと、紫門は心細くて仕方なかった。
「うぅっ……兄貴、成清まで連れて行くなよ」
 亡きがらを抱いて泣くのはもうごめんだった。泣きながらさまよい歩いていると、急にガッと肩を掴まれ、紫門は振り向いた。


 うつらうつらと船を漕いでいた郁は、腕の中でもち丸がもぞりと動く感触で目を覚ました。完全に起きてしまったようでもち丸は、郁に構ってほしいと言わんばかりに、腕を踏み踏みし始める。

「ん~起きるから、待って……?」
 雨音に混じって家の外で足音がした気がして郁は飛び起きた。もち丸も飛び上がって、部屋のドアの方に駆けていった。
 両親を起こさないように努めて静かに階下へ郁は下りていく。もち丸は上がり口のところで止まって足をふみふみしていた。「出ちゃダメだからね」ともち丸を撫でながら言いつけて、郁はそっと戸口を引いて、叫び声を上げそうになった。

「紫門さん! こんな大雨の中、どうしてたんですか!?」
 戸口の柱にもたれていた紫門はゆるりと顔を向けて答えた。
「満月だから月喰い退治に決まってん……じゃん」
「そ、そんな血だらけで……」
「これか? あーと、成清が……。まー、なんとかなりそうだし、いいか」
 紫門の疲労の色が濃い。郁は玄関に入るように紫門に促した。

「あたし、叩きつぶす系の脳筋だから呪符とかわかんねぇーだよな。それにしても、成清が丈夫すぎて腰抜かすかと思ったわな」
「成清くん、また無茶したの?」
「まあ、雷に打たれたぐらい」
「それ、大変な大ケガじゃないですか!」
 思わず声が大きくなってしまい、郁は慌てて口を覆った。

「大丈夫だって。あたしなんかより全然できそうな奴に頼んできたからさ」
「成清くん、敵が多そうだし、その人大丈夫なんですか……」
「わっかんないけど、あたしのケガとか治してくれたし、腕は確かだと思う! なんか、全然しゃべんないで不気味な感じはしたけど」
 紫門はいつも通り気丈に振る舞っていたが、郁はもう彼女はへとへとなのだと察して、それ以上は口を噤んだ。

「わかりました。とにかく、服を着替えましょう、紫門さん」
 戸が閉まると明かりが途絶える。真夜中に近い刻となっても雨が降りしきる。
 雨の中、森を歩く者が一人。雨に濡れて、白い肌に黒い髪と服が張りつき、より彼を蒼白に見せた。
「あれ……?」
 雫が散って、赤い瞳が背後に向けられる。動く影を見つけて、彼は刀を抜こうとした。

「なんだ、君か」
 抜きかけた刀を男は鞘に収めた。覇気のない表情で見上げるその者の額に、男は軽く突き放すように指を当てた。
「君はもういいよ」
 ぐらりと倒れたその者を置き去りにして男は去っていく。

「待ち遠しいなあ」
 稲妻とともに姿を現す月喰いを閃光が消える間に、息をするように彼は刀で滅した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

哀夜の滅士

兎守 優
BL
縁を接げぬ君に、癒えぬ傷を残して 言われなき罪過を背負った四面楚歌の影斬り、永槻界人は裏月の影斬りを養成する専門機関・十二月学園で教師としての社会貢献を言い渡される。 仮の縁を結んだ相手で寮長の布施旭、界人の同僚で監視役の荻野充、梅見一門の落ちこぼれの影斬り・梅津雄生、旭の養子で学生の実希、奇妙で歪な縁で結ばれた彼らと界人は教員寮で生活を共にしていく。 大罪を犯したとされる彼を見る目は冷たく、身に覚えのない罪で裁かれる運命にある界人は、死力を尽くして守り通した弟・郁のことが気がかりな日々を送っていた。 学園で起こった不審な事件を追ううちに、 やがて界人は己の罪の正体へ近づいていく。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

処理中です...