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7.彼は誰時のエレジー
81 イカズチと鉄槌
しおりを挟む夕立はいきなりやって来た。雨の勢いは増し、息つく間もなく土砂降りになる。雷鳴がとどろいた。雷が落ちる度に、成清の体にしびれが、刀身に火花が走った。
「お-。最悪な満月だな、おい」
「紫門さん……それ、木刀ですよね」
水たまりをバシャリバシャリと踏む足音。彼女の姿が現れるよりも先に、この場に不釣り合いな、木刀の先がぬっと成清の横に躍り出た。
「そうだぜ? ま、こんな日に振り回していいもんじゃねぇけどなっ」
影斬刀ではないその刀を成清はチラリと見やった。木だろうが、鉄だろうがどちらも変わりなく、雷を通すだろうが、成清は、フルムーンイーターはおろか月喰いさえも斬れない刀を持ってくる紫門の気が知れなかった。
「影斬刀もまあ、同じなんですけどね」
なにをする気なのかわからないが、腕っぷしに自信のある紫門であれば、小者の月喰いぐらいは木刀で昏倒させられるだろう。申し分程度のまじないを成清は、自身の影斬刀と紫門の刀にかけた。
「雷号をはじけ」
彼らの前でひときわ大きな雷が落ちた。しかし、それは天の落とし物ではない。空気が灼ける匂いを感じ取り、成清は紫門を突き飛ばした。瞬間、滝のごとく雷が降り注ぐ。
「くそ、いってぇ……!」
成清は避けきれなかった。左半身に大やけどを負って、彼はうめいた。
「ばっか、もう動くんじゃねぇ!」
周囲がバチバチと音を立てる。紫門はチリチリと痛むのを感じて顔を上げる。雷を角に宿した鹿の姿のフルムーンイーター――サンダーバックが二人の方へ近づいてきていた。紫門は雨に打たれながら、弱っていく成清を抱えて向き合う。
「まじ、かよ」
重症を負った成清を庇いながら戦う余裕は、今の紫門にはなかった。逃げるしかない。だが、相手の足は稲妻が走るように早いはずだ。逃げ切れるだろうか。苦しむ成清を腕に抱きながら、紫門はじりじりと後ずさる。
瞬間、サンダーバックの角のイカズチが途切れた。誰かがフルムーンイーターに影斬刀をふるったのだ。
「ねエちゃ、ン」
「礼、門……!?」
重くなった成清の体。紫門には礼門の声が聞こえた気がした。しかし、見渡せど誰もいなかった。サンダーバックの動きが一瞬止まった。なにかに気を取られたみたいに。そのすきに紫門は一目散に市街地へ駆け戻る。
「だれか、だれか! こんな大ケガしてんだぞ、助けろって!」
ひどい雷雨の夜でどこも医者は空いていない。頼みこんでも、成清の影斬刀を見るなり、裏月の面倒は見れないと相手にしてもらえなかった。
「えも、ん……」
紫門は雷鳴とどろく土砂降りのなか、途方に暮れた。成清はひどい出血と火傷で、もう今にも死んでしまうのではないかと、紫門は心細くて仕方なかった。
「うぅっ……兄貴、成清まで連れて行くなよ」
亡きがらを抱いて泣くのはもうごめんだった。泣きながらさまよい歩いていると、急にガッと肩を掴まれ、紫門は振り向いた。
うつらうつらと船を漕いでいた郁は、腕の中でもち丸がもぞりと動く感触で目を覚ました。完全に起きてしまったようでもち丸は、郁に構ってほしいと言わんばかりに、腕を踏み踏みし始める。
「ん~起きるから、待って……?」
雨音に混じって家の外で足音がした気がして郁は飛び起きた。もち丸も飛び上がって、部屋のドアの方に駆けていった。
両親を起こさないように努めて静かに階下へ郁は下りていく。もち丸は上がり口のところで止まって足をふみふみしていた。「出ちゃダメだからね」ともち丸を撫でながら言いつけて、郁はそっと戸口を引いて、叫び声を上げそうになった。
「紫門さん! こんな大雨の中、どうしてたんですか!?」
戸口の柱にもたれていた紫門はゆるりと顔を向けて答えた。
「満月だから月喰い退治に決まってん……じゃん」
「そ、そんな血だらけで……」
「これか? あーと、成清が……。まー、なんとかなりそうだし、いいか」
紫門の疲労の色が濃い。郁は玄関に入るように紫門に促した。
「あたし、叩きつぶす系の脳筋だから呪符とかわかんねぇーだよな。それにしても、成清が丈夫すぎて腰抜かすかと思ったわな」
「成清くん、また無茶したの?」
「まあ、雷に打たれたぐらい」
「それ、大変な大ケガじゃないですか!」
思わず声が大きくなってしまい、郁は慌てて口を覆った。
「大丈夫だって。あたしなんかより全然できそうな奴に頼んできたからさ」
「成清くん、敵が多そうだし、その人大丈夫なんですか……」
「わっかんないけど、あたしのケガとか治してくれたし、腕は確かだと思う! なんか、全然しゃべんないで不気味な感じはしたけど」
紫門はいつも通り気丈に振る舞っていたが、郁はもう彼女はへとへとなのだと察して、それ以上は口を噤んだ。
「わかりました。とにかく、服を着替えましょう、紫門さん」
戸が閉まると明かりが途絶える。真夜中に近い刻となっても雨が降りしきる。
雨の中、森を歩く者が一人。雨に濡れて、白い肌に黒い髪と服が張りつき、より彼を蒼白に見せた。
「あれ……?」
雫が散って、赤い瞳が背後に向けられる。動く影を見つけて、彼は刀を抜こうとした。
「なんだ、君か」
抜きかけた刀を男は鞘に収めた。覇気のない表情で見上げるその者の額に、男は軽く突き放すように指を当てた。
「君はもういいよ」
ぐらりと倒れたその者を置き去りにして男は去っていく。
「待ち遠しいなあ」
稲妻とともに姿を現す月喰いを閃光が消える間に、息をするように彼は刀で滅した。
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